↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話 悪党どもの悪企み

 即座に壁際に控えていた秘書兼護衛が、銀製のシガレットケースから新しい葉巻を取り出し、先端をナイフで切り落として……18金製のオイルライターで火をつけてサイラスへ差し出す。


 サイラスは受け取った葉巻を咥えたまま、

「――で、どうにかならんのか、この『婚約破棄証明書』とやらは?」

 東部の資産家のように濃紺のスリーピースの装いで――さすがに暑いので上着は脱いで架けてある――立て襟(ウイングカラー)の白シャツと絹のアスコットタイ。その上に鮮やかな赤色でシルクのベスト(ジレ)といういで立ちで、革張りのハイバックチェアに深々と腰掛けた姿勢のまま、オーク材の執務机の上に置かれた1枚の書類を太い指先でコンコンと叩き、忌々し気に紫煙とともに吐き出した。


 机を挟んだ向かい側には、これまたスーツを着た40歳前後と思われる神経質そうな面持ちの男が立っており、

「――失礼します」

 几帳面な態度で恭しくその書類を手に取り、しばし内容を精査した後、光に透かしたり裏面を確認したりしていたが、

「……見事な手際です。公印も本物、法的隙(スキ)は一切ありません。弁護士としての立場上、これを無効にすることはまずもって不可能という他ありません」

 ゆるゆると首を横に振ってバッサリと言い切る。この町で弁護士事務所を開いている(当然、サイラスの子飼い)、いわゆる町弁のウォルター・カーター弁護士。


 もともとは専門に法学を修めたわけではなく、他の弁護士のもとで見習いとして法廷に立ち、その実績で裁判所に『弁護士』と認められた、いわゆる『小悪党弁護士(ペティフォッガー)』と陰口を叩かれる類いの野良弁護士であったが、その口八丁な資質をサイラスに見いだされて、ここカム・ストックに弁護士事務所を開設してもらった……という経緯があるため、サイラスには絶対服従の間柄であったが、その彼をしてもこればかりはいかんともしがたい法的強制力を持った書類であった。


「――ぐっ。しかし、この婚約を交わしたのは儂(わし)とウィリアム……コニーの祖父との間の話だ。それも口約束に過ぎん。それをジュリアンが勝手に破棄したからといって、金貨300枚もの賠償金を払うなど論外ではないか!?」


 煙とともに一気呵成に苦言を浴びせかけられた、カーター弁護士は顔をしかめながら言い聞かせる。

「無理ですな。連邦法でも州法でも、たとえ口約束であっても婚約は厳然たる法的契約とみなされております。それを一方的に破棄することは『婚約不履行』として、相手を訴える権利が認められております。しかも、女性側の勝訴率がほぼ100%に近いという、男側にとっては絶望的なデスゲームです」


「くう……!」

 淡々とした事実の陳列を前にサイラスが歯噛みする。

「さらに付け加えるのでしたら、賠償金額は基本的に上限はなく、『男側の財産全額』をベースに、裁判では毟り取られるだけ取られるのが通例ですので、まだしも『金貨300枚』――3000ドルクは良心的かつ妥当な金額でしょう。そもそもジュリアン様は21歳を過ぎた成人ですので、自分の判断で婚約を破棄した以上、サイラス様が反対されたところで覆ることはございません。……そういえば肝心のジュリアン様はどちらに?」


 なんで問題の元凶である当事者がこの場にいないのだ? と言いたげなカーター弁護士の疑問に、渋面のままため息とともにサイラスが吐き捨てた。


「……あいつはしばらく別な場所で謹慎している」

「謹慎、ですか?」

「甘いと言いたいのだろう?」

「…………」

 

 途端、したたかで強欲な悪徳商人の顔をかなぐり捨て、サイラスはどちらかといえば自分自身に言い聞かせるかのように搔き口説く。

「儂にはもともと五人の息子たちがいたのは知っておるだろう?」

「ええ、まあ……」

 曖昧に頷くカーター弁護士。というかカム・ストックで知らない者はいないだろう。マクブライド家の馬鹿兄弟の顛末は。


 長男は、酒場(サルーン)でイキって「俺に本物の‟開拓者の酒(ロットガット)”を持ってこい! 軟弱な水割りなんか飲めるか!」と注文。

 一番強力な黒色火薬と硫酸を混ぜ合わせた『自家製特製ジャンク・ウイスキー』をラッパ飲みして、煙草の火を付けた瞬間に胃の中に残っていた火薬ガスに引火して爆発。即死する。


 次男は、オリエントの「蛇使いの伝説」を真に受け、「毎日少しずつ毒ヘビに噛まれれば、毒耐性がつく」という間違った知識を試そうと、意気揚々と巨大なサイドワインダーの頭を掴んだが、思いっきり噛まれ、免疫がつく以前に普通に神経毒で即死。


 三男は、荒野で腹をすかせた六脚熊に遭遇。「本で読んだぞ! 熊に出会ったら死んだフリをすれば見逃してくれるんだ!」と自信満々にその場に死んだフリをしたところ、普通にご馳走として生きたまま食われた。


 四男は、町のフェスティバルで古びた祝砲用大砲をぶっ放す際、不発だったため「おい、不発だぞ! 中で火が消えてるのか?」と大砲の筒先に顔を突っ込んで中を覗き込んだ。

 その瞬間、遅延着火(タイムラグ)を起こした火薬がドカン。頭から吹き飛んだ。


「長男は弾け飛び、次男はヘビに噛まれ、三男は熊の餌になり、四男は大砲で吹き飛んだ……! 息子たちが散っていったこの過酷な荒野で、神に選ばれし強運によって生き残った奇跡の末っ子、我が愛し子、我が天使ジュリアン! 多少ワガママで問題を起こそうが、生きてそこに存在しているだけで儂は愛おしいんだよ!!」

 普段の冷酷非道さをかなぐり捨てて、一人の父親として息子を偏愛する赤裸々な姿がそこにはあった。


 ちなみにコニーや町の人間のジュリアンに対する評価は、

「兄貴たちが全員アホな事故で死んで、一番ビビリ(チキン)のドラ息子だけが生き残って親父の金でイキってる」

 という哀れみと呆れが混ざった身も蓋もないものである。


 なおもジュリアンの軽率な行動について咎めると、余計な虎の尾を踏むことになる……と即座に判断したカーター弁護士は、これについては賢明にも曖昧にしておくことにして、さりげなく話題を変えるのだった。

「素朴な疑問なのですが。なぜアシュフォード牧場の孫娘とジュリアン様との婚約を決められたのですか? もっと資産家や町長の娘との婚約も可能だったでしょうに」


 もっともな疑問に、サイラスは執務机に両肘をついて、ガラス窓越しに見えるカム・ストックの町の様子を眺めながら独白するように語る。


「理由は二つ。ひとつはアシュフォード牧場の牧場主であるジジイ……ウィリアム・アシュフォード。あの人がいいだけの無能が、エルドヴェイン王国(旧本国)の貴族筋の血を引いていること」

「ほうっ、それはそれは……意外ですな。それがなぜ新大陸へ渡ってきて、しかもこのような僻地で牧場など?」


 貴族筋、貴族崩れが新天地を求めてこの国へ渡ってくることは稀にあることだが、ほとんどが都会である東部(メジャー・イースト)で机仕事に従事するのが一般的であった。


「当初は東部(メジャー・イースト)で会計事務所を開設していたらしいのだが、共同経営者にいいように利用され、騙されて事務所の権利を盗られたらしい。――所詮は世間知らずの貴族の一族らしい間抜けな話よ。その後、有り金を叩(はた)いて心機一転、西部(アウト・ウェスト)に移住して牧場を開いた……とは本人から聞いた話だ」

「なるほど。ありがちといえばありがちな話ですな」


 カーター弁護士の話に大きく頷くサイラス。

「うむ。話を戻すが。いまでこそそれなりの規模となった我がマクブライド信託(トラスト)商会だが、どれだけ金を積んでも買えないものがある。それが歴史と血筋からなる上流階級へのコネだ。そのため貴族の血統を取り込むための婚約であったのだが……」


 お人よしのウィリアム・アシュフォードに対しては徹底的に下手に出て、宥めすかし……さらには老齢であるウィリアムに万一の時があれば、サイラスとジュリアン、そしてマクブライド信託(トラスト)商会が責任をもってコニーの後ろ盾になるという約束で、どうにかこぎつけた婚約であった。

 それがまさか、自分の知らないところで当の本人(ジュリアン)に反故にされ(それも言い訳のしようもないやり方で)、さらには莫大な慰謝料まで請求されてきたというのだから、さしものサイラスも頭を抱えるしかない。


 なお、サイラスもカーター弁護士も、『貴族筋』とはいえせいぜい男爵程度の下級貴族のさらに傍流程度だろうという認識しかなかった。

 これがまだしも、東部の名家や名門といった上流階級(ハイソサエティ)の人間であれば、『アシュフォード家』といえば即座に膝を打ったであろうし、またウィリアムを騙して会計事務所を手に入れた不埒な共(・)同(・)経(・)営(・)者(・)の末路を調査すれば、ウィリアムやコニーに対する対応もまったく別のものになっていただろうが……。


「なるほど、そのようなお考えが……。それで二つ目の理由とは?」

 カーター弁護士に水を向けられたサイラスは、あからさまに不機嫌な口調で鼻を鳴らして吐き捨てた。

「ここのところミスリル鉱床が枯れてきているのはお前もわかっているだろう?」


「確かに最盛期に比べて採掘量も、山師(プロスペクター)の数もかなり減りましたな。しかし、全く採れなくなったわけではないでしょう? 実際、ミスリルは金や銀に比べて遥かに希少ですので、いまだに一獲千金を狙う山師(プロスペクター)や旧大陸から流れてきた洞矮族(ドワーフ)どもは、飽きもせずに毎日坑道へ潜っているわけですし」

「そうだ。しかし遠からず……10年以内に掘り尽くされるのは目に見えている。そこで儂が目につけたのは鉄道だ。もともと中継基地だったこの町まで鉄道を延ばせば、たとえ鉱山が閉鎖した後でも、この町の繁栄は約束されたようなものだ」

「それは素晴らしい! ご慧眼、さすがはサイラス様ですな」


 あながち追従ではなく、本気で感心してサイラスを褒めたたえるカーター弁護士。


「しかし問題は、その最短距離にあるのがアシュフォード牧場の敷地なことだ」

「なんと」

「周辺の牧場は、マクブライド信託商会(ウチから)の貸付やらでどうにでもなるのだが、アシュフォード牧場(あそこ)は手堅い経営をしていて、なおかつコニーが会計を握るようになったここ数年は特に順調で、儂が知る限り数千ドルク程度の年間純利益があるので、正直付け入るスキがない。そのため――」

「なるほど。ジュリアン様とコニー嬢とが結婚していれば、労せずしてアシュフォード牧場の敷地を差配する権利を得るはずだった……という事ですな」


 それもバカ息子(ジュリアン)の軽率な愚行で、すべて絵に描いた餅になったというわけですか。と、カーター弁護士は胸中で付け加えた。


「ぐぬぬぬぬ……!! 何とかできんものか?」


 藁にもすがる口調でサイラスに尋ねられたカーター弁護士は、町中の目抜き通りに事務所をもって、押しも押される弁護士と呼ばれるようになる以前――『小悪党弁護士(ペティフォッガー)』と陰口を叩かれていた当時の――ハッタリと口八丁、インチキ、イカサマの手口を総動員して、再度『婚約破棄証明書』の写しを目を皿のようにして見直していたが、

「!!」

 ある部分で目が止まると同時に、一つの方策が形となった。


 だが、それを口にする前に念のため確認を怠らない。

「サイラス様にとって優先すべきは、アシュフォード家との繋がりですか? 鉄道の敷設でしょうか?」

「鉄道に決まっておる! 貴族との伝手(つて)なら別にアシュフォード拘らなくても、東部に行けば……いや、エルドヴェイン王国(旧本国)にいけば、金目当ての没落貴族が掃いて捨てるほどおるからな」


 予想通りの答えにカーター弁護士は、いま思いついた腹案をサイラスに提示することにした。

「となれば、ひとつ妙案がございます」

「――ほう……?」

 話してみろ、とばかりサイラスが、くいっと横柄に顎の先を振る。


「慰謝料のこの部分。『金貨300枚もしくはそれに類する動産・不動産を一月以内に払う事』という付帯文書がこの契約の唯一の穴と言えるでしょう」

「? どういうことだ、どちらにしても大損することは変わりないだろう」


 当然、怪訝な顔をするサイラスに向かって、カーター弁護士はニタリと修行者を誘惑する悪魔のような笑みを浮かべた。

「いえいえ。これは奇禍と言えるでしょう。『金貨300枚もしくはそれに類する動産・不動産』であれば良いと明言されているのですから」

 何を言いたいのかイマイチ不得要領らしく、眉をひそめるサイラスに向かって、さらに続ける。

「サイラス様は確かこの町から馬で半日ほど行った場所に、2000エーカーほどの広大な土地をお持ちでしたね?」


「ああ、あの‟毒の沼地”がある荒地か。水源ひとつなく、あるものといえば人や動物はもとより、魔物でさえも近づかない毒気を放つ沼だけのクズのような土地だ。……まさか、アレを金貨300枚の価値がある不動産として慰謝料代わりにするつもりか? しかし、あんなものは1エーカーあたり25セルト(総額500ドルク/金貨50枚)すら怪しい代物だぞ」

 当然と言えば当然の疑問に、カーター弁護士の笑みが深くなる。

「ふふふふふふっ、サイラス様。この西部(アウト・ウェスト)において土地の値段が唐突に上がったり下がったりするなど日常茶飯事でしょう?」


「……そういうことか」

 途端にサイラスの表情から焦りが消え、本来のふてぶてしい余裕が戻った。

 底光りする目で目の前に立つカーター弁護士を見据える。

「儂の息のかかったこの町の土地鑑定士に、クズ土地の評価を3000ドルク相当として鑑定書を書かせて、契約通りに慰謝料として譲渡する。文句のない公正な取引だ」


 結果的にサイラスは使い道のない負(・)動(・)産(・)を処分でき、ジュリアン(息子)の失態は何の実害もなかったことになる。


「一石二鳥だな」

 満足そうに頷くサイラスに向かって、揉み手しながらカーター弁護士がさらに悪辣な奸計を囁いた。

「サイラス様、それだけではありません。あそこは広大です……広大すぎるのです」

「……どういうことだ?」

「あの規模の土地を所有すれば、州に納める毎年の土地所有税だけで、アシュフォード牧場の年間の利益など一発で吹き飛びます。あのお人好しの老いぼれは『広大な土地を譲り受けた』と喜んで署名し、数年後には税金の滞納で牧場ごと差し押さえ……破産ですよ」

 嘲笑とともにパッと両手を広げて、そう遠くない未来の見通しを口にするカーター弁護士。


「クククククッ。そして儂が合法的に取得すれば、問題なく鉄道を通せるという寸法か。――悪くない。いや望みうる限り最良の結末だな。さすがは我が天使ジュリアン。結果的にこうして儂に幸福を運んでくれるのだからな!」


 カラカラと上機嫌に笑いながら、サイラスはとっておきの高級バーボンを取り出し、ボトルをドンと机に置き、こちらも高価そうなクリスタルグラスを二個並べて並々と酒を注いだ。


「吞もうじゃないかカーター。前祝いを兼ねて乾杯といこう」

「ははっ。いただきます!」


 ここいらでは滅多に飲めない芳醇な高級酒の香りに生唾を飲み込みながら、カーター弁護士は勧められたグラスを受け取り、サイラスと差し向かいでグラスを合わせるのだった。

「「乾杯(チアーズ)!」」

第5話は20:00更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。