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第2話 じゃじゃ馬とドラ息子

 渦中の連中はお互いに集中していて、どうやら近づいてくる第三者に気付くゆとりはないようだ。


「言っとくけど、立て看板からこっちは私道よ。でもって、ウチの牧場は招かれざる客は入れない主義なの。さっさとその悪趣味な馬車に乗って、人相悪い乾分(チンピラ)たちを連れて、出て行ってくれない?」


 立て板に水で放たれたコニーの通告に――実際、道理は彼女の方にある――なぜか顔を真っ赤にして逆上するドラ息子(ジュリアン)。


「馬(・)車(・)に(・)乗(・)っ(・)て(・)だと? この…女だてらに馬に跨る‟じゃじゃ馬(ワイルドキャット)”が! それは俺の乗馬が下手だって当てつけか!? お前も陰では『東部式のお上品な姿勢で、馬の上でバレエでも踊るつもり?』とか『ドレス着てパーティーにでもいくんじゃない?』とか嗤(わら)って馬鹿にしているんだろう!!」

 誰が聞いても完全な八つ当たりだが、本人は相当な劣等感があったらしく、支離滅裂な恨み言を喚き散らす。


「別に馬鹿にしたりはしてないわよ……(つーか、本物の馬鹿だとは思ってるけど)」

 げんなりとした表情で肩をすくめるコニー。ただし、その眼差しは雄弁に本心を物語っていたが。


「その態度が生意気だって言ってるんだっ」

(まるで駄々っ子だな。いい年をして年下の娘相手に……)

 地団太を踏まんばかりにいきり立つジュリアンの態度を、内心で呆れ果てながら男は近づいていく。


「落ちぶれた貧乏貴族のジジイが、ウチの親父に泣いて頼むから婚約してやったんだ! 本来ならこんな貧相な牧場の田舎娘が、マクブライド信託(トラスト)商会会長サイラス・マクブライドの一人息子である、俺様の婚約者になろうなんぞ烏滸(おこ)がましい! 俺に相応しいのはここにいるエレノアみたいな東部の本物の令嬢だ!!」

 そう宣(のたま)いながらジュリアンは傍らの二十歳ほどに見える、派手なドレスと顔立ちをした金髪娘の腰を引き寄せた。


「やん♪ ジュリアンたら強引なんだからぁ~♪」

 鼻にかかった甘ったるい声を出しながら、自分からジュリアンに密着して、大きく開いたドレスの胸元のあたりを押し付けるエレノア嬢。

 およそ西部(アウト・ウェスト)には似つかわしくない、実用性皆無のヒラヒラした赤いドレスに羽根飾りやレースがついた小ぶりな帽子(トークハット)。細いヒールがついたキッドスキン(仔山羊革)のブーツという、せいぜい首にスカーフを巻いているだけのコニーとは対照的な艶やかさであった。


「へへへへへへっ。これが本物の女らしい女って奴だ。わかったか、コニー! 俺はこのエレノア・ペンドルトンと運命の出会いをしたんだ。お前とのくだらない腐れ縁もこれまでだ! 気の進まない田舎娘との婚約はこの場をもって破棄する!! お前のところのジジイにもそう言っておけ! ――ま、ショックで心臓が止まるかも知らんから、泣いて縋れば俺の愛人くらいにしてやらんでも……」


 脂下(やにさ)がって鼻の下を延ばしながら、一方的な婚約破棄を明言したドラ息子(ジュリアン)。


「――それはいいけど……吐いた唾は呑み込めないわよ? まして西部(アウト・ウェスト)の男が、一度口に出した約束は撤回とか情けないこと言えないのはわかってるわよね?」

 名目上とはいえ婚約者の浮気と婚約破棄の宣言に、ショックを受けたというよりも呆れた口調で、コニーは祖父譲りの特徴的な菫色の瞳をパチパチと瞬きして、そして真剣な表情で再度念を押して言質を取ろうと畳みかける。

 まったく頓着ないさっぱりとした態度ながら、それでも多少は思うところがあるのか、一瞬だけ浮気相手(エレノア)の指で光る大粒のルビーの指輪と、自分の指にはめられた飾り気のないシルバーの指輪を一瞥した。


 他のものは気が付かなかったようだが、同性ということで些細なその視線に気が付いたエレノア嬢が、ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべて、これ見よがしに指輪をコニーに向かって誇示する。


「くどい! お前との婚約は破棄だ、破棄っ。……ちっ、最後まで可愛げのない女だったぜ」

 そんな一瞬の攻防を知らぬジュリアンは、キイキイと耳障りな声でコニーに向かって切って捨てるように言い放った。


 と――。その瞬間、『パン・パン』と乾いた掌を打ち合わせる音がその場に響き、

「!?」

 虚を突かれた一同が一斉に音の出どころに目をやれば……いつの間に近づいていたのか、疲れ果てた馬を引いた背の高い男が、街道の方角から悠然と向かってくる。


「な、なんだお前は?!」

 目測で身長6フィートの長身に若干警戒しつつ、上ずった声で問いかけるジュリアンに対して、

「……アレックス・グレイヴス。通りすがりの風来坊さ」

 と言って男はマフラーを外して素顔を見せる。


 黒髪にアイスブルーの瞳。無精ひげだらけで日に焼けた赤銅色をした肌の若い……しかし、妙に落ち着き払った物腰と老成した佇まいから、老けて見える二十代とも、若作りの三十代とも、どちらとも判別できないどうにもつかみどころのない男であった。


 ところどころほつれて年季を感じさせる『アレックス・グレイヴス』と名乗った男の身支度から、おおかた一獲千金目当てで町へやってきた山師(プロスペクター)に違いないと判断したジュリアンが、思いっきり見下した態度で顎をしゃくった。


「邪魔だ、余所者。関係ねえ奴は、さっさと町へ行って穴倉で瓦礫掘ってろ!」

「…………」

 邪険な言葉に気を悪くした風もなく、しかしながら従う様子もなく、アレックスは黙ってその場に留まって軽く肩をすくめた。


「てめえ……知らねえなら教えてやる。ここにいるジュリアン様は、マクブライド信託(トラスト)商会のお坊ちゃまだ。逆らえば酒場(サルーン)はもとより、銀行、商店、宿屋、娼館どこも門前払いになるのを覚悟しておけ」

「そもそも町に入ることすらできねーぜ。何しろ地元の保安官(シェリフ)は……」

「けけけけけけけっ」

「そういうこった。わかったか、余所者!」


 囃し立てるジュリアンたちの目の前でアレックスのダストコートが突風にあおられて、使い込まれた二丁拳銃があらわになる。


「「――ひっ!?」」

「「「「!!!」」」」

 途端に息を飲んで後ずさるジュリアンとエレノア嬢。

 反射的に腰の銃に手をやって、いきり立つ乾分(こぶん)ども。


 しかしながらアレックスは特に動じた様子もなく、疲労困憊の馬の鞍に括り付けられている革製のサドルバッグを漁り、一枚の折りたたまれたリネン布と筆記用具らしい小物を取り出した。

「この騒動に居合わせたのも何かの縁だ、実を言うと俺は‟公証人(ノータリー)”の資格も持っていてな。『婚約破棄』ともなると、あとあと言った言わないの水掛け論になると面倒だろう? なら俺が立会人になるので、この場で婚約破棄を承認する公文書に署名することをお薦めするが?」


「はあ……は? な、なんだって……?」

「……へえ」

 目を白黒させるジュリアン。対照的にコニーは、急転直下の成り行きに軽く目を細めた。


「幸いここに『婚約破棄証明書』があるので、これに当事者双方の署名をして、俺が刻印(エンボスシール)を捺せば、公文書として確実に婚約破棄が認められる。婚約破棄の証明発行、刻印代込みで銀貨2枚だ(※労働者の日給程度)。インク代はサービスしておく。支払いは当事者のどちらでも構わんが……どうする?」

 畳まれた布の正体は、いくつかの条件が書かれた『婚約破棄証明書』であった。ただし署名欄は空白のままである。


 手を伸ばして受け取ったコニーは、ふんふん……と内容をざっと読んで、特に自分に不利な条件は書かれていないことを確認したところで、大きく頷いて軽やかに一角獣(ユニコーン)から飛び降りた。

「私は文句ないわ。費用はお互いに折半で良いわよね、ジュリアン? ――貸して、アレックスさん」

 即断即決したコニーが、意外と小柄で華奢(おそらくは体質的なものだろう)なのに内心面喰らいながら、表向きはおくびにも出さず、言われるままに携帯用のインク壺とペンを渡すアレックス。


「……う~~ん」

 このままだと書き辛いな……と思ったコニーの心の声が聞こえたかのように、アレックスはサドルバッグからバインダー状の革板を取り出し、

「台紙に使え」

 ぶっきらぼうに差し出した。


「ありがとう、アレックスさん。ふふ、見た目の割に気が利くのね」

「仕事だから慣れてるだけだ」

「そんなことはないわ。ここいらにいる野暮な荒くれ男にはない配慮ができる。紳士だわ紳士」


 そう楽し気に応えつつ、コニーは立ったままバインダーの上に置いた『婚約破棄証明書』に、慣れた様子でさらさらと署名をして、筆記用具を一緒にまとめてそれらをアレックスに返した。

「‟コンスタンス・アシュフォード”。……なるほど、それで‟コニー”か」

 流麗かつ慣れた手つきで書かれたコニーの本名を諳(そら)んじて、平仄(ひょうそく)が合ったとばかり口元をわずかに緩める。

 同時にピンと澄んだ硬質の音とともに、アレックスの顔目掛けて飛んできた何かを、反射的に片手でキャッチして見れば、使い古した銀貨が一枚であった。


 見ればコニーが悪戯を成功させた子供みたいに、コインを指で弾いた姿勢のまま含み笑いを放っている。

 やれやれ、と嘆息しながらその書類を今度はジュリアンに渡して、署名を促すも――。


「はあああああっ!?! なんだこの付け足された但し書きは!? 『一方的な婚約破棄における慰謝料として、金貨300枚もしくはそれに類する動産・不動産を一月以内に払う事』だと!! なんでそんな馬鹿な条件飲まなきゃならないんだ!? ……ははあ、さては、お前らグルだろう!!? とんだ阿婆擦れだな!!」


 口から泡を飛ばさんばかりに興奮して騒ぎ立てるジュリアンに向かって、アレックスは憐れみを含んだ視線と口調で淡々と説明する。


「やれやれ、お坊ちゃんは学校で法律を学ばなかったようで。……いいか。教会法と慣習法における『婚約破棄』の判例と通例に従えば、一方的な婚約破棄をされた女性は『将来得られたはずの地位と財産』に、懲罰的賠償を上乗せできるってのが相場だ。で、そうなれば金貨300枚どころか、屋敷と土地を丸ごと競売にかけても足りない金額の支払い命令が下されるのが確実だろうな。――ま、納得できないってんなら法廷に持ち込むのもやぶさかではないが……さて、どうする? 俺としてはサッサと終わらせて、カム・ストック名物の‟アップル・ダンプリング”を食いに行きたいんだが」

 別にどちらでも構わないと言いたげな淡白な態度が、これが冗談やハッタリでないことを如実に物語っていた。


「――ちょっ、ちょっと、これってマズいんじゃないの、ジュリアン?」

 いち早く危機感を覚えたエレノア嬢が、ジュリアンの袖を引っ張って小声で懸念を示す。


「う、うるさい……わかってる。金貨300枚くらいパパ……ッ、いや! 親父なら何とでもなる……けど」

 金にがめつい守銭奴なのも確かなので、さすがにこの金額となれば、酒場(サルーン)のツケや賭博の負けのように、小言一つで右から左へ動かしてくれるわけがない。


 どうやってパパに言い訳しようか、と炎天下の中冷や汗を流すジュリアンの耳元へ、チンピラたちがニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、口々に甘言を吹き込むのだった。

「坊ちゃん。ここは形だけでもサインをしておいて、後から反故(ほご)にすればいいんじゃないですか?」

「そうそう。カム・ストックの町にいる弁護士もサイラスの旦那の子飼いですから、こんな道端で書かれた契約書なんぞ無効にするのは訳ありませんや」

「それでもウダウダいうようだったら、鉛玉をお見舞いしてやりゃいいだけでさ」

「町の保安官(シェリフ)も旦那にしっかり鼻薬を嗅がされて、なにがあっても見て見ぬふりですから」


 元来軽佻浮薄で浅慮なジュリアンのこと。短絡的で楽観的な見通しを前にして――父親(パパ)に対する言い訳も立つと計算して――たちまちその気になり、「なるほどそれもそうか」と納得するのも早かった。


「よ、よーし、いいだろう。俺もマクブライド信託(トラスト)商会の次期社長だ。たかだか金貨300枚くらい、手切れ金代わりにくれてやる! ――ふん。白髪混じりの垢抜けない芋娘に大盤振る舞いだ。俺様が神の如き慈悲で恵んでやるから、泣いて感謝するこった!」

 盛大に憎まれ口を叩きながら、ひったくるようにして『婚約破棄証明書』と筆記用具を受け取る。


(白髪? 節穴もいいところだな。そっちの浮気相手の薬品で染め上げただけの金髪と、過酷な陽光に晒されて美しくサンブリーチされた天然の髪の違いも分からんとは)

 帽子(ハット)の下から覗き見えるコニーの、荒野の強い太陽を毎日浴びた結果、ところどころが白金へと柔らかく脱色された、本物だけが持つ複雑で繊細なグラデーションと、エレノア嬢のただただ人工的に染められ、毛先までまったく均質な色合いの金髪を見比べて、ジュリアンの見る目のなさに内心で呆れかえったのだった。

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