第1話 荒野の朝とビスケット
異世界+ウエスタン+婚約破棄という、ちょっとコロンブスの卵路線を狙ってみました。
※本作は婚約破棄から始まりますが、甘々やんわりの恋愛要素と同比率で、硝煙と弾頭が飛び交う男たちのガツンとした荒野のアクションファンタジーが描かれてます。
【連邦共和国ヴェルディシア(通称:ヴェルディシア連邦)西部開拓域】
コニー・アシュフォードの朝は早い。
いや、牧場の朝は早いと言い直すべきだろう。
『クックドゥードゥルドゥー! クックドゥードゥルドゥー!!』
日の出前に一番鶏が鳴くのと同時に起きて身支度を整えると、母屋と厨房のストーブに薪をくべて火を熾す。
昔は火打ち石を使ったそうだけど、最近はマッチが普及していて誰でも簡単に火を熾せるようになった……とはいえ、西部の開拓地ではマッチすらも貴重品なので、コニーは軽く鳩尾のあたりに‟魔力”を集中させ、指先から《火球》――というには細やかな蛍火――を放って、焚きつけ用の乾燥した木くずと牛糞(燃料になる)に着火した。
「‟魔術”が使えるってのも、昔は王侯貴族の特権だったそうだけど、いまどきは呪文唱えるよりも、手っ取り早く銃を撃てば一発なんだから、そりゃ市民が台頭して貴族制度が形骸化するわけよねえ。――まあ、御祖父ちゃんの血筋のお陰で、曲がりなりにもマッチ代の節約になるからいいけど」
えらく所帯じみた独り言を放ちながら、薪に十分火が回ったことを確認してコニーは立ち上がると、慌ただしく――ただし、いまだ寝ている祖父を起こさないように配慮しつつ――母屋の外に出て、まずは鶏小屋に向かう。
「おはようさん、コニー。今日も暑くなりそうだね」
「おはようございます、マーサおばさん。ええ、そろそろ一雨欲しいところだけれど、こればっかりは仕方ないわ」
その途中で40歳前後と見える恰幅の良い夫人が、気軽に朝の挨拶をしてきた。
彼女は牧場で雇っているカウボーイたちのリーダー、ジェシー・ミラーの妻で同時に食事と雑用を担うマーサ・ミラーである。
「いまから鶏小屋と厩舎かい? だったら朝食用に卵と生乳をお願いできるかい?」
「ええ、お安い御用よ。ちなみに今朝の献立は何かしら? 手伝わなくてもいいの?」
「塩豚のソテーにいつものサワードウ・ビスケット。あと、昨夜から仕込んでおいたうずら豆の煮込みに目玉焼きってところだね。――ああ、厨房は大丈夫。朝食は六時頃になるから、その間に仕事をしてるといいさ」
なお、『サワードウ・ビスケット』はイースト菌が手に入りにくい西部の定番で、発酵種を使った外はサクッ、中はモチッとした厚手の重厚なパンのことである。
マーサのこだわりで、塩豚で炒めた豚肉の旨味たっぷりの脂に、小麦粉と牛乳を練り込んで作る濃い肉汁ソースを、この焼きたてビスケットにドバッとかける……と、カウボーイたちは無限に飯が食えるという寸法であった。
ちなみに西部の男たちには変な矜持があって、「男はコーヒーを飲むものだ。ミルクなんざ女子供や病人が飲むもんだ」と言ってはばからない。
しかしながら、実のところ隠れてコッソリ飲む生乳や甘い菓子が大好きだったりする。実に難儀な連中なのであった。
「わかったわ。時間になったら御爺様と雇い人小屋の食堂へ行くので、それまでお願いね」
「あいよ! 任せときな。その間に料理がてらカウボーイたちを叩き起こしとくから」
マーサの威勢のいい返事に、クスクス笑いながら小鹿のように駆けて行くコニー。
微笑んでその後姿を見送ったマーサであったが、コニーの左手で鈍く朝日をはじき返す粗末な指輪に気付いて、表情を陰らせ気だるげに嘆息するのだった。
「なにが‟じゃじゃ馬”さね。あんなに朗らかで気配りも忘れないコニーお嬢様のことを、マクブライドのドラ息子が……ろくでなしがっ。言うに事欠いて。まったく、大旦那様も悪い人じゃないんだけど、どうにも人を見る目がなくて困ったもんだよ」
この牧場のオーナーであるコニーの祖父ウィリアム・アシュフォードと、近隣の町でも屈指の豪商であるマクブライド信託商会の現商会長であるサイラス・マクブライドとが、勝手に結んだ婚約――特に婚約者であるサイラスの息子ジュリアン・マクブライドのコニーに対する言動を思い出して、思わずその場に唾を吐きそうになったマーサはギリギリこらえる。
産褥熱で出産と引き換えに天に召された実母に代わり、生まれた時から世話をしているマーサにとってコニーは実の娘も同然であった。
とはいえ所詮は雇われ人の身。名義上の雇い主であるウィリアムの決定を覆すことはできずに、こうして悶々とコニーの身を案じるしかないのが実状である。
「いっそのこと、バカ息子がトチ狂って婚約破棄でもしてくれれば御の字なんだけどねえ」
あり得ない可能性をぼやくマーサ。
法が整ったエルドヴェイン王国や都会的な東部ならともかく、無法と暴力と銃が幅を利かせる西部において、『婚約破棄』という行為は死と隣り合わせである。
よくてショットガン構えた親父が相手の脳天に銃口押し付けて、
「選べ。全財産を慰謝料として寄こすか、脳天に風穴開けるか?」
となるか、牧場の荒くれ男どもが押しかけて、婚約破棄した男を引きずり出し、馬の背中に乗せて首にロープを巻き、馬の尻をパーンと叩いて終わり……というスピーディで残酷な処刑方法の二択になるのは、この地に生きる人間なら子供でも分かるルールであった。
コニーには父親はいないし、祖父であるウィリアムは荒事には向いていない……とはいえ、牧場にはコニーの事を、娘や妹同然の家族として愛している雇い人たちが五人もいる。
一方的な婚約破棄となれば、いきり立った連中を止めることはマーサにもできないし、それどころか率先して尻を叩く(カウボーイ連中と私刑用の馬の両方)のは間違いない。
それが分かっていて婚約破棄をするなど、さすがにそこまで底抜けのバカではないだろう。
忸怩たる思いで再度嘆息したマーサであったが、幸か不幸か相手のドラ息子が、底抜けのバカであったことを、この半日後に知ることになるのだった。
*********
まばらに灌木や枯れた雑草が生え、陽炎が踊る荒野の中、地平線の彼方まで続く街道――と呼ぶには貧相すぎる。行き来する幌馬車が刻んだ轍の跡が自然と道になっただけ――の馬車道を、ごくありふれた毛並みの馬に騎乗した人物が、ゆっくりと目的地へ向かって歩みを進めていた。
「やれやれ、なにが駅から2~3時間の距離だ。もう半日も歩きっぱなしだぞ。いい加減なこと言いやがって」
日差しを避けるための幅広の帽子を目深にかぶり、土ぼこりを吸わないようにマフラーで口元を隠しているため、年齢性別は判然としないが、独り言ちたその声は錆の生えた男性のものである。
「いい加減、馬に水と飼い葉を与えなけりゃ、潰れるぞ……ったく」
舌打ちしたところで道の先が二股に分かれ、そこに棒杭が一本立っているのが目に入った。
『左←カム・ストック 4マイル』と金釘流で書かれた、粗末な板きれが打ち付けられ、ついでのようにその下に『右→アシュフォード牧場 私有地につき立ち入り禁止』と、こちらは遥かに優麗な文字で書かれた板が添えられている。
「――まだ4マイル先か。反対側は牧場のようだが……あまり余所者を歓迎している雰囲気でもないか」
そう呟きながら馬の様子を確認してみれば、灼熱の太陽と乾いた風を浴びて、噴き出た大量の汗が乾いて鞍の周囲に白い塩がびっしりとこびりつき、さらには鼻孔を限界まで広げて「ヒュー、ヒュー」と荒い息をふいごのように吐いていた。
「……だがこっちが限界だな」
その場で身軽に鞍から降りた男は、肩から下げていた丸型の金属水筒を外し、軽く振ってみれば、すっかり黒ずんだ厚手のウールカバー越しに、水筒の中から「チャプ……チャプ……」と頼りない音が響く。
男はため息をつくと、慣れた様子でチェーンで繋がれたコルク栓を引き抜いた。
飲むためではなく、ボロ布の端にチョロチョロとわずかな水を行き渡らせるためである。
「もう少しの我慢だ、相棒。町についたら好きなだけ水も飼い葉も食わせてやるぞ。ついでに俺は、名物だという‟アップル・ダンプリング”にありつこう」
荒い熱気を吐き出す馬の鼻孔と目元をそっと拭い、カピカピに固まった股の汗をぬぐう。
ついでに金属水筒のウールカバーにも、残り僅かな水を含ませる。こうすると気化熱で中の水を冷たく保てるからだ。
そうして馬から降りたまま、手綱を引いて町へ向かおうと踏み出しかけた――その瞬間、背後から聞きなれた発砲音が一発鳴り響き、男は気だるげな雰囲気を一変させ、反射的に腰に手をやって電光のように背後を振り返った。
どうやら男を狙ったものではないらしいが、さほど遠くない場所で揉め事が起きているのは確かなようだ。
「『アシュフォード牧場』…か。少々予定が変わったが、しかし、見逃すわけにはいかんか」
そう言い訳のように独白しつつ、手綱を手に男は予定を変更して右の道を進みだした。
馬を引いて5分と歩かない内に男の目に飛び込んできたのは、およそ西部の田舎町には似つかわしくない贅沢な箱馬車と数頭の馬、その前にたむろする4~5人の男女。そしてそれと対峙している一頭の神々しいまでに美しいイザベラ色をした毛並みの馬――いや角の生えた、いわゆる一角獣――に跨り、恐ろしげもなく相手を睨み据える年若い娘……いや、16・17歳の、いまだ少女と言うべきうら若き乙女である。
「――ほう、幻獣か。人が使役しているのを見たのは久々だな。気難しい一角獣を手な付けるとは、あの娘、大したものだ」
西部の女らしく、丈夫な綿のストライプシャツ。使い込まれたスエードのチョッキという簡素で動きやすい服装で、これが男であれば下半身は丈夫なダック地のズボンが定番だが、辺境とはいえ女性がズボンを穿くことはいまだに根強い偏見や反対が多いためか、代わりに、一見普通のスカートに見えるスプリット・スカートを穿いて鞍に跨り、厚手のウールの靴下に武骨な乗馬靴を装備していた。
顔立ちは化粧っけこそないものの、『鄙にはまれな』という表現がピタリとあてはまる、整った――どことなく気品すら感じられる――顔立ちの少女である。
いまは長い金髪をギブソン・タックにし、きっちり編み込んで帽子の下に押し込んでいるが、ドレス姿でエルドヴェイン王国の社交界に出ても違和感がないだろう。
と、彼女の視線が相対する連中の中央。およそ辺境には場違いな……染みひとつないスーツ姿に、これまた派手なドレスに化粧をした娘に片手を預け、だらしない姿勢で立っている二十代半ばほどの軽薄そうな顔立ちをした赤毛の青年に向けられた。
「何のつもりジュリアン? 勝手にやってきて、いきなり他人の敷地で銃を放つなんて。驚いた牛たちが暴走したら大変なことになってたわよ」
怒りを押し殺した少女の詰問に、『ジュリアン』と呼ばれた赤毛の青年がヘラヘラと嘲笑混じりに応える。
「大事な用があるっていうのに、道を塞ぐお前が悪いんだろう、コニー。その上、魔術なんぞ使おうとしやがったから、おいたができないように身の程を分からせてやっただけさ。いまどき時代遅れの魔術なんぞより、鉛玉の方がよほど早くて確実だからな」
そう上から目線で言い放つジュリアンであったが、実際に銃を撃ったのは手下の一人だったらしく、その男は手にした銃のトリガーガードに指を突っ込んだまま、手元でクルクルと数回回して腰のホルダーにしまった。
(大道芸だな)
遠目に見ながら馬を引いていた男は鼻で笑う。
(しかしあの‟コニー”と呼ばれた娘は魔術使いか。こんな場所では幻獣よりも珍しいかもな。何しろ魔術が使えるってことは、確実に貴族の血を引いているって事だし……)
実際、コニーの威勢の良い啖呵には訛りが一切なく、エルドヴェイン王国の上流階級で育ったと言われても納得できるほどである。
ますますこのゴタゴタを見逃すわけにはいかんな。と思いながらへばった馬を労わりつつ現場へ向かう男。
第二話は12:00。第三話は夜20:00更新予定です。
書いてるうちに、当初のあらすじに書いてあった
「慰謝料代わりに鉛玉をくれてやる」
「おっと待った。開拓地法第4款。契約不履行に伴う発砲は重罪だ」
というやり取りがすっとんでしまったけど、筆が乗ったらよくあることです。あとから伏線回収するかも(?)
※「ウエスタン」で連想される「ジーンズ」「カウボーイハット」「腰から下げた拳銃」とかは、かなり後の定番、舞台や映画の演出なので本作品では意図的に除外しています。女の子がズボン穿くのもあり得ないのでヒロインはスカートに見えるキュロットスカートです。




