第73話‘【閑話】湯気に包まれる小さな奇跡 〜ラーメンの香り、心のほころび〜
山深い温泉郷。石畳の道に沿って、雪解けの川が音を立てて流れ、湯気がほのかに立ちのぼる。そこに、美月たち一行が到着したときの話である。。
「……なんだか、ここだけ時間がゆっくり流れてる気がするね」
美月がそう呟くと、チグーがふごふごと鼻を鳴らしながら、丸くなって湯けむりの中でまどろみ始めた。
「ふごぉ……ごふぅ……」
「まあまあチグーったら、完全にくつろいでますわね」
リリアーナは、ふっと目元を和らげた。
「ここ、王都とはぜんぜん違うのですね……。こんなに静かなのに、湯の匂いと、木の香りがして……」
クラリーチェが、初めて見るように辺りを見回し、手袋を外して露天足湯にそっと指を浸す。
「……あったかい……」
この村は、冬の寒さが厳しく、近年は外からの旅人も減っていた。しかし、美月たちがここで「温泉つけ麺」の出張屋台を開いたとき――
湯気と一緒に立ち上る、薬膳スープのやさしい香りに、村の人々は少しずつ、引き寄せられるように集まってきた。
「こんなあったかい麺、食べたことねぇ……」
「湯気が顔にあたるだけで、涙が出そうになるねぇ……」
その中に、長年足を悪くしていた老婦人がいた。
「うちのばあちゃん、温泉にはよう来られんかったのに……このスープ、湯気だけで笑っとる」
そう言った孫の男の子が、顔をくしゃくしゃにして笑った。
美月は、しゃがみこんでその老婦人と目線を合わせた。
「これね、体をあっためるだけじゃなくて、心もじんわり元気になるように作ったの。ゆっくり、食べてね」
「……ありがとうよ……。なんだか、昔、家族と食べた夕飯を思い出したよ……」
老婦人の瞳に、湯気とは違う透明なきらめきが浮かぶ。
その日の夕暮れ。
村の灯がポツポツとともり始めるなか、美月たちは足湯につかりながら、ほっと息をついた。
「……人のために作ったラーメンなのに、なんだろう……食べてくれた人の顔を見て、こっちが元気もらってるみたい」
「うふふ、それが“人の営み”というものなのかもしれませんわね。ラーメンに限らず……気持ちは、伝わるのです」
リリアーナの言葉に、クラリーチェもうなずいた。
「この世界に、美月さまが来てくれて、本当によかったですわ……」
美月は、照れくさそうに笑って――
「うん。でもまだまだ、いろんな国に行って、もっとたくさんの笑顔に出会いたいなって、思ったよ」
湯気に包まれた夜空。星が、ちらちらと瞬いていた。
温泉と薬膳のスープ、そしてあたたかい人の心。
それらすべてが、ひとつの「希望のラーメン」となって、静かにこの地に灯っていた。




