第43話【文化祭の夜、美月とクラリーチェの語らい】
──文化祭前夜。
「裏方を務める? 本当に貴女が?」
リリアーナ様の眉が跳ね上がった時、わたくしはむしろ嬉しゅうございました。
なぜなら、ようやく「王女殿下」としてではなく、「ただのクラリーチェ」として、美月さまのそばに立てる気がしたのですもの!
「この身と矜持に賭けまして、どんな雑用でも必ずやり遂げてご覧にいれますわ!」
──文化祭当日、朝。
「おはようございます、美月さまーっ!!」
「うわ、すごい元気……。クラリーチェ、お団子の準備ありがと。今日も裏方よろしくね」
「はいっ! 湯葉巻き班、出発いたします!」
ええ、やってみせますとも!
だって今日は、わたくしの“もうひとつの初陣”なのですから!
──9:30 湯葉巻き準備中
「クラリーチェさま! 湯葉が……湯葉が全滅ですー!!」
「うわあ!? 何が起こったのですの!?」
湯葉の保管箱のフタが開いておりました。おそらくわたくしの確認ミスでございます。
「落ち着くのです! 湯葉がなければ、代用品を探すまでです!」
「代用品って、何に!?」
「……わたくしの服の袖、とか……?」
「やめてください王女様ァ!!」
──11:00 ラーメン屋台補助
「美月さま、こちら具材をお持ちしましたわ!」
「ありがとう! あ、クラリーチェ、ねぎが全部横になってて切りづら……あっ、指切った!」
「大変ですわーっ!! わたくしのハンカチ! これ! お包みしますわね!」
「わー、柄がめちゃくちゃ高貴……」
「包帯のようにお使いくださいませ、美月さまの小指ならば……」
「そこまでしてくれなくていいよ!? いやありがとう!」
──13:30 薬膳杏仁豆腐屋台補助
「クラリーチェ様! テントが倒れそうです!」
「支柱はこちらで支えますわ! 助手の心得に“構造力学”も含まれるはずですもの!」
「えっ……王女様……柱の下に足入ってますよ……」
「っ……かまいませんわ……わたくしの足など……テントの安定には代えられません……」
「無理しないで!? 貴族とか関係なく!!」
──15:00 ほっと一息
「ふぅ……杏仁豆腐、美味しいですわね」
「うん。クラリーチェ、今日はがんばったね」
隣に腰を下ろした美月さまが、わたくしの額に貼った冷却薬草パックを、そっと撫でてくださいます。
「でも……いっぱい失敗しましたのに……」
「ううん。いっぱい動いて、いっぱい笑って、いっぱい反省して……全部、経験だよ」
「……美月さま……」
その笑顔を見た瞬間、疲れなんて一瞬でどこかへ飛んでいきましたわ。
──文化祭、終幕。
「今日、わたくしに“裏方魂”が宿りましたの……」
「えっ、なにそれこわい」
「来年も、再来年も、またお手伝いさせてくださいましね?」
「う、うん。嬉しいけど、無理しない程度にね!」
文化祭は終わってしまいましたが、
わたくしの心には、新しい“ラーメン人生”が始まった気がいたしましたの。
それは、美月さまの隣に立つ者として、たしかな一歩。
そして、きっとこれは――
王女であるわたくしにとって、いちばん“自由”な時間だったのです。
文化祭の喧騒が静まり、学院の中庭に静けさが戻った夜。
照明が落ちた屋台と、片付け途中のテーブルが並ぶその場所に――
「……あ、美月さま、こちらにいらしたのですね」
クラリーチェは、薬膳杏仁豆腐の空き皿を両手に持ってやってきた。
「うん。ちょっとひとりで、今日を振り返ってたとこ。座る?」
「はいっ!」
草の上に並べた木のベンチに二人並んで腰を下ろすと、夜風がふんわりと吹き抜けた。
「クラリーチェ、今日はありがとう。本当に、すごく助かった」
「いえ、こちらこそ……たくさん失敗しましたけれど……でも、すごく、楽しかったですの!」
「失敗も含めて、だよね。私も……うまくいった時より、ドタバタしてる時のほうが、なんか記憶に残ってるんだ」
クラリーチェはくすっと笑い、少しだけ肩を寄せる。
「美月さまは、いつも“ふつう”でいてくださるところが……本当に、素敵ですの」
「ふつう……?」
「そうですわ。王族であれ、貴族であれ、冒険者であれ、生徒であれ……誰にでも同じ目線で言葉をかけて、助けてくださって……」
彼女の声は、月明かりの下で少しだけ震えていた。
「最初は、貴女のラーメンが好きで――その味に憧れておりました。
けれど、今はそれ以上に……あなたという“人”に、心を打たれておりますの」
美月は、少し驚いたように目を見開いた。
「……クラリーチェ。ありがとう。そう言ってもらえて、すごく嬉しい」
「ふふ……あら、なんだか恥ずかしいですわね。ラーメン文化を広めるために来たはずが……わたくしの心の方が、広がってしまったようですの」
「クラリーチェは、ラーメン文化の申し子だよ」
「“申し子”ですの? ……なんて光栄な響き!」
二人はしばらくの間、月を見上げて黙っていた。
虫の音が響くなかで、キャンドルの残り火がゆらりと揺れていた。
「これからも、いろんな困難があるかもしれないけど――」
「はい?」
「その時はまた、いっしょに笑い飛ばして、乗り越えようね」
「ええ、ええ、もちろんですわ! いえ、“ぜひとも”ですわ!!」
思わず力強く返してしまい、クラリーチェは耳まで赤くなった。
「……おやすみなさい、美月さま。わたくしにとって、今日という日は、人生最高の“文化祭”ですの」
「うん。おやすみ、クラリーチェ。また明日ね」
二人は並んで歩き出す。
――それはまるで、月明かりの下に咲いた二輪のラーメンのようだった。




