第44話【番外視点:リリアーナ、月の下で見守る】
文化祭の片付けが一段落し、賑やかだった校庭も今は静まり返っている。
焚き火の残り香と、甘く香る果実酒の香りが、夜風に混じって流れていく。
その片隅、学院の中庭の奥にある影の濃い石畳のアーチの下に、ひとり佇むリリアーナの姿があった。
「……あらら、また二人で月を眺めているのね。まったく、青春ってやつは……」
小さくため息をつくが、その頬はどこか優しくゆるんでいる。
アーチの先――ベンチに並んで座る美月とクラリーチェの姿。
距離があるため声までは届かないが、二人の笑顔は、まるで月光の中で静かに花開くつぼみのようだった。
「……美月、あんたって子は、本当に人を惹きつけるわよね」
リリアーナは背後の柱にそっと背を預けながら、ワインの残りを口に運ぶ。
それは、片付け中に拾った、名もなき屋台の忘れ物。
「料理人としても、学院長としても、ラーメン外交官としても……そして、あの子にとっては“希望”なのかもしれないわね」
ふっと目を細めたその先で、クラリーチェが美月の袖を少しだけつまむしぐさが見えた。
それに応じて、美月がやさしく笑う。
(あら、あの顔……完全に“落ちた”わね、クラリーチェ)
思わずワインを吹きそうになって、慌てて口を押さえる。
「……ま、わたしとしては、あの子が変な方向に突っ走らないように見張っておけばいいか」
彼女は再び月を見上げる。
今日は、どこか懐かしいほどに明るい満月だった。
「――でも、美月。どうかあんたは、忘れないでね」
ぽつりと、誰にも聞かせるつもりのない声で、つぶやいた。
「ラーメンも、人も、器ひとつで、ずいぶんと味わいが変わるものなのよ」
そのままくるりと背を向け、静かに夜の校舎へと歩き出す。
月光がリリアーナの後ろ姿を細く照らし出し、彼女の影は長く、ゆっくりと校庭の石畳を渡っていった。
その足取りには、僅かに揺れる情の余韻と――
もうひとつ、とても静かな“信頼”の色が宿っていた。




