第32話 遥かなる湯けむりの彼方に、ふるさと想う
その夜――
リリアーナと別れて一人になった美月は、風見亭の屋根裏にある自室の小さな窓を開けた。
ひんやりとした夜風がカーテンを揺らし、空には満天の星が広がっている。
ベッドに腰を下ろし、湯上がりの頬を手のひらで押さえながら、美月はふと呟いた。
「……なんか、今日はちょっと……懐かしい気分になっちゃったな」
異世界に来てから、毎日があまりにもめまぐるしくて、あまり深く考える暇もなかった。
でも、こうして優しい人たちに囲まれ、素敵な休日を過ごしたからこそ――ぽっかりと、かつての日常が胸をよぎる。
――あの町の商店街の匂い。
――ラーメン屋を営んでいた父の湯気に包まれた背中。
――食べ過ぎたら怒るけど、いつも最後には笑ってくれた母の顔。
「……やっぱり、わたし、死んじゃったのかなぁ……?」
星空を見上げながら、ぽつりと漏れる言葉。
答えは、誰もくれない。
でも――
「でも、きっと大丈夫。ううん、絶対、大丈夫」
美月は小さく笑って、胸の奥をそっと撫でた。
「お父さん、お母さん、きっとまだ、どこかで元気にラーメン作ってるよね。お店のカウンター、今ごろ、常連さんでいっぱいかも」
そう思えば、ほんの少し寂しさは薄れていく。
美月はベッドサイドの引き出しを開けると、大切にしているノートを取り出した。
そこには、自分がこの世界で出会った素材、作ったラーメン、工夫したスープのレシピがずらりと書き留められている。
その一番最後のページに、こう書き加えた。
「いつか、あの人たちにも――
わたしのラーメンを食べさせてあげたい。」
ペンを置き、美月はふうっと息をついた。
「まだまだ、やることいっぱいだなぁ……でも、がんばろう。ラーメンで、世界中の人を元気にしたいんだもん」
窓から吹き込む風が、カーテンをやさしく揺らす。
夜空を流れ星がすっと横切った。
その瞬間、美月はにっこりと笑った。
「よし。明日は……何ラーメン、作ろうかな」
眠る前に思うのは、そんなささやかで、あたたかい夢。
たとえ遠く離れても――ラーメンは、心をつなぐ。
美月の未来は、今日もまた、静かにあたたかく進んでいくのだった。




