白きオオカミを追いかけて.18
「どうして、攻撃が“突然”止まったのかな。やっぱりあのオオカミは、本気で僕たちを殺すつもりなんてなかったんだ」
「んなワケねーだろッ! もう少しで黒焦げになるところだったんだぞ、キョウスケ! あの炎は、憎しみの塊だ……」
「あは。あんたらしくていいわ。――ほら“マキ”、本人の口から説明してあげて」
するとマキは、エヘヘと自慢げに笑った。
「お礼なら、“ウチのクロちゃん”に言ってね、キョウスケくん。ウチのクロちゃん、鼻を触られると、とってもイヤそうな顔するのお。だからあのシロちゃんも、“鼻をパンチされるとイヤかなあ”って思ったんだあ。やっぱり、“鼻にパンチ”は可哀想だったかなあ」
「イヌの鼻は、神経が集中しているらしいからね。マキにしては、素晴らしい咄嗟の判断だったんじゃない?」
「そう言えばミーナ、私のキョウスケが死んじゃうゥ!!!! って、泣いてなかったか?」
「な、泣いてなんかないわ! 変な声で、変なこと言わないで!」
「ソレ、オレも聞いタ」
「バカ。もう知らない……ほら行くわよ、キョウスケッ」
永遠にも思える、長い、長い昇り階段を抜けた先は、やはりと言うべきか、緑濃い、密林地帯がずっと続いていた。
不思議なことに、夜になると“島を覆い尽くす真っ白な霧”は、そこになかった。
「まだ……先は長そうね」
「あっ。もう、こんな時間。きっとバア様が心配してる」
「どれどれ……なななッ、子供はすっかり寝てる時間じゃねーか! こりゃあ急がないとヤベエ。走るぞ、レイトを助けるためだ。よし、俺に続け!」
「なんなのよ、あんたの元気は。言っておくけど私はムリだから。先に行って、あんたがその〈神器〉とやらを取って来なさいよ」
するとノークが、気勢を上げるヤストラの前にフラフラとやって来て、のほほんと手を挙げた。
「――君に言い忘れた物語がヒトツだけアル。ウチのオジョーは“無事”ダヨ」
少女を助けたい一心で、ここまで死ぬ思いをしてきた一同は、その“衝撃発言”に耳を疑った。
「遺跡の入口で待ってるヨ」
な、ナンダッテー!!!!
――長い道のりを大急ぎで引き返してきたキョウスケたちは、見覚えのある、あの苔むした石塔に寄りかかりながら、足元の草花と戯れる“美しい少女”の姿をすぐにも見付けた。
「レイト!? なんで……? なんでそこに居るんだよッ! あいつらは? あのコウモリはどこ行ったッ!」
ヤストラの問いに答える間もなく、少女の元にはマキが抱きついた。
マキは、少女の胸元を大量の涙で濡らしている。
「えーんえん。あーん、よかったよお! 無事だったんだね、レイトちゃん」
戸惑った表情を隠しきれず、美しい少女は、自分に甘えてくる彼女の柔らかな髪の毛を、恐る恐る胸に抱いた。
周囲は深い霧に包まれている。
「……よく分かんないけど、とりあえず、解決ってカンジ?」
ヤストラは、まだ納得出来ないようだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「だから意味分かんねーよ! そんなの納得出来るかァ! ……俺たちがやったこと、なんだったの?」
「目的は果たせたんだから、いいでしょ。感謝の“熱い抱擁とチュー”はなくなったけどね」
「は、始めから期待してねえよ、ゼ、ゼンゼン。気にしなくていいからな、おおレイトォ!」
少女は……迷っていた。
やがて草守レイトは、自分のことを必死に想ってくれた『仲間』たちに、“真実”を述べることに決めた――
「キョウスケくん。それから皆も聞いて欲しい。あの私ッ、本当は――」
しかし、それは出来なかった。
恐かった。それは恐ろしかった。特別な人たちに、ありのままの自分を打ち明けることが、こんなにも辛いだなんて――少女は初めての経験だった。
キョウスケは、そんな草守レイトに自然に笑いかけた。
「帰ろう。また明日。また学校で」
果たされるべき近い将来の約束――『式盤』は、キョウスケの中で静かに光っている。
その帰り際、ヤストラがぽつりと呟いた。
「キョウスケって、オイシイところは持っていくよな……」
「悩める若者ヨ。物語モ食べ物モ、オイシイところハ最後ダゼ、ベイベー。覚えてオキナ」
「うるせえよ! レイトのところへ帰れッ、カブトムシ!」
するとミーナも、隣を歩く美しい少女の格好を見て、ぽつりと疑問を口にする。
「……ねえ草守レイト。あんたって、ホンットーに、“釣り”が好きなのね。怪物にさらわれてまで自慢の“釣竿”を離さないなんて、私、あんたを尊敬しちゃう」
草守レイトは、自身が大事そうに抱える、紫色の布に包まれた家宝の日本刀を見て、思わず苦笑した。




