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秘法を求めて.5



「ムリですヒビキ様……スクナには、やり遂げる自信がありまセヌ」


 空間が、不自然な広がりを見せている。


 足元には等間隔に、仄かな明かりが灯っていた。しかし、部屋の全容を見通すまでには至らない。これでは目的の品がどこにあるのか、探し出すのは骨が折れそうだ。


 第一の問題として、実際の建物の構造上、これほど面積を広く取ることは“不可能”なはずだ。父の書斎に無断で侵入したキョウスケとスクナが見たものとは、それまでの常識を覆す、“歪んだ世界”だった。


「コノ中を……本当に行くのデスカ……?」


 スクナは、とても不安そうだ。


「スクナ殿、そちらは既に〈ヒガン〉ですぞー。“声がハッキリと”聞こえまするー。余計な話し声は、恐ろしい怪物を起こしてしまいますぞー」


 それを聞き、スクナはすぐに口元を手で覆い隠す。

 通常は視ることも触ることも出来ない〈式神〉が、〈ヒガン〉と呼ばれる限られた空間の中では“実体”を現す。それは話し声とて例外ではない。


 彼らの声は、実際に聞こえてしまうのだ。



「いいかキョウスケ、ひたすら“奥”だぞ、“奥”を目指せ。それから宝を守る“ケルベロス”が居たら、そーーっと迂回しろ」

「兄さん、その“ケルベロス”ってどんなの?」


「――んん、まあ、とにかくコエー。話しかけられても無視してダッシュだ。ヤバいと少しでも感じたら、とりあえず逃げてこい。時間を掛けて、再アタックだ」





 そう言って、部屋は閉め切られた――





 幅広の巨大な棚が果てしなく続いている。


 膨大に収められているのは背表紙の異なる小冊子。

 薬の専門書なのかもしれない。読みの特殊な漢字や、古い題字ばかりでキョウスケには分からなかった。



 歩幅は小さい。まるで天にそびえ立つような巨大な棚の陰から、スクナとふたり、そっと周囲を窺っては、薄暗い奥へと向かって恐る恐る進んで行く。


 とても静かだった。

 キョウスケが目覚めてから少し経ち、外は透明な光で満ちて、これから汗ばむ熱気に包まれるだろう。しかし、それを感じることは出来ない。





 この場所は、時間が止まっている――キョウスケは、そう感じた。





「キョ、キョウスケ様、そこッ、そこデス!」


 キョウスケは人差し指を唇に当てる。静かに、という意味だ。

 部屋はまだ奥行きがある。キョウタロウとヒビキが畏れる“怪物”は、広い書斎のほぼ中央に陣取り、じっとして動かない。



 眠っているのだろうか。




      ――宝を守る“ケルベロス”――


   それは、キョウスケが想像していた姿とは少し違っていた。





「普通の……イヌだ……」

 いや、イヌにしか見えない。きっと百人が見て、百人がそう答えるに違いない。


 なんと父が不在の間、書斎を預かっていたのは身の毛のよだつ恐ろしい風貌の怪物……などでなく、どこの家庭でも見られるような、主人の帰宅を“飼いイヌ”が待つ幸せな光景――


 

 毛艶のよい漆黒の体毛は、足元の仄かな明かりに照らされて、まるで絹のように輝いている。


 ゼンゼン強そうじゃない。


 むしろ、ほほえましい。




 キョウスケは、やれそうな気がした!!!!





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