秘法を求めて.6
「スクナ。ゆっくり奥へ行くよ」
美しい妖精は緊張した面持ちで、黙って主に頷いた。
――と、イヌの耳がピクリと動く。その微小な変化にキョウスケとスクナは気付いていない。
そして、“最奥”へと辿り着く。
そこにはぽつんと、古そうな木製の机があった。ぼんやりと青色に光るのは、電気スタンドだろうか。
主の居ない机の上には、見開きになったままのボロボロの冊子が置いてある。
立ち尽くすスクナを置いて、キョウスケは“その場所”へと、吸い寄せられていった。
幼い頃より遠かった父の存在。
家族全員が揃う夕飯の時間が、キョウスケは好きだった。
しかし、兄が家を出てからというもの、それはいとも容易く失われた。最近では、父と顔を合わせる束の間の時間すらない。
見開きの本にそっと触れる。
温もりは、ない。キョウスケには理解不能な、崩した文字がそこには羅列してあるだけだ。
まるで、自分と父との関係を現しているようではないか。
「キョウスケ様……」
それは奇妙な光景だったに違いない。
父が書斎に閉じこもり、こうして本と親しんでいる様子を思うと、キョウスケは失笑を禁じえない。
自分や母を放り出して、こんな薄暗い穴倉の中で父は、なにを求めているというのか。
「キョウスケ様……このスクナが、いつもオ傍にオりまスルッ!」
「うん。早く『式盤』を探して、こんな寂しい場所を出よう。スクナ、僕は外の太陽が恋しいよ。ううん、それだけじゃない。島のあちこちに咲くイワビナの花や、キラキラと輝く霧ヶ島の青い海。ヤストラ、ミーナやマキ、そして……草守さんの笑顔が見たい」
キョウスケは、父の呪縛を振り切って、スクナとともに『式盤』を探し始める。
キョウタロウの話によると、『式盤』とは符のようなものらしい。符は、言うなれば、持ち運びの出来る“呪術”だ。
術式は既に完成されているため、扱いは難しくない。
「キョウスケ様」
スクナの声だ。
「アレ……光ってマス……タブン、オ探しになっているモノではないかト」
闇に光る小さな妖精。
そして、その前には同じように、光を帯びる一枚の“布”――
表面には不思議な文字が浮かび上がっている。
「きっとあれだ。行くよスクナ、草守さんを助けるんだ」
「触れるでない」
キョウスケは壁に掛けられた、A4サイズの一枚布に手を掛ける。
「……! キョウスケ様ッ!!!! ウシロ、ウシロッ!!!!」
まるでプラスティックでコーティングされたように、布の表面はツルツルしている。
キョウスケは、クルクルと反物のように『式盤』を丸めると、大事そうに左手に抱えた。
「ナ、ナンデスカアナタッ! キョ、キョキョ、キョウスケ様になにかする気でしたラ、このスクナが絶対に許しまセンヨ!!!!」
「嵯桐の秘宝を持ち出す不逞な輩」
なんと、キョウスケが振り返ると、そこには先ほどのイヌが居るッ!
漆黒の毛色を持つ怪物は、『式盤』を手にしたキョウスケを確認すると、途端に鋭い牙を剥く。
「その身、我が牙でバラバラに引き裂くのは容易なれど、屋敷に張り巡らされた、この“三重の防備”を突破し、ここまで辿り着いたことは称賛に値する。――若者よ、我に名乗れ。その記憶を永劫に留めておこうぞ」
さあ名乗るがいい――怪物は油断なく身構えたまま、キョウスケに迫る。
「ダ、ダメです、答えてはなりませヌ!」
「狭霧キョウスケ、狭霧キョウカの息子」
「アア、キョウスケ様ッ!!!! 兄上様のゴ言い付けデスッ! “ムシしてダッシュ”デス!」
怪物はそれを聞くと、ほう、と唸った。
「嵯桐家十八代当主、“嵯桐キョウカ”の息子か。――しかし、あまり似てはおらぬ。もしや、その言葉に偽りはなかろうな。もしも偽りならば楽には殺さぬ――いや、確かに“感じる”。その小僧の中から、紛れもない“嵯桐の血”が。まさか小僧、キョウカの“弟”の……そうか、それは言うまい。主は確かに、嵯桐の血族じゃ」
怪物は、その口腔を閉じ、鋭い牙を収めた。
「見逃してくれるのデスカ?」
「我と同じ、嵯桐に仕える〈魔〉よ。此処にある秘宝の数々は、“嵯桐家の当主に与えられた品”。現にこれまで我は、秘宝を横取りせんと企む嵯桐の同胞を、幾度となく喰らってきた」
口の周りから、なんと火焔がこぼれ出た。
「嵯桐家二代当主、“嵯桐キョウセン”より、侵入者は屠るように厳命されておる」
宝を守る番犬・ケルベロスが、遂にその全貌を現した!
「例外はない。滅せよ、嵯桐の血を引く者」




