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秘法を求めて.1



 狭霧家の朝は早い。


 未だ霧深い、頼りない朝日が家の壮大な庭を照らす頃、決まってキョウスケは、“ゴリゴリ”という音で眼を覚ます。


 初めて聞く者は、これがなんなのか疑問に思うだろう。

 この不思議な“ゴリゴリ”は、今日もバア様が元気に仕事をしている証である。“狭霧家”が患者に用いる薬草は、今でもその多くが、バア様によって煎じられる。

 キョウスケの父が不在の間は、患者の診察だってする。


 この『狭霧家の陰の実力者』は、未だ衰えを見せていない。





 キョウスケは目覚めると、慣れた様子で身支度を整え始める。

 年中通して、むせ返るような熱気に包まれる霧ヶ島であるが、早朝は冷える。袖の付いた薄手のトレーナーを着こみ、寝ぐせの付いた髪の毛を櫛で押さえつけ、そしてキョウスケは、枕元でうずくまる“小さな姿”を発見した。


「スクナ」


 美しい妖精は、キョウスケのベッドの上で、安らかな寝息を立てている。


「……〈式神〉って、普通に眠るんだ……」


 小さな身体は一定の間隔で上下動を繰り返す。

 少女のような、実に愛らしい寝顔である。“ガンバリ屋の彼女”を決して起こさないように、キョウスケは静かに部屋を出た。



 真っ赤な絨毯が、長い廊下に果てしなく続いている。この広い屋敷は先代の当主――キョウスケの“ジイ様”によって、洋館に新しく建て替えられている。キョウスケの部屋がある三階部分は、その際に増築されたものだ。


 どうして元から広い屋敷を更に大きくしたかと言うと、ジイ様が生きていた頃は〈薬師(やくじ)見習い〉と呼ばれる若い研修生が、島の内外から頻繁に通っていたからだ。

 色調を“和”から“洋”へ切り替えたのも、そうした人たちが不便を感じないように、ジイ様の心遣いだったようである。

 

 しかし、それも今となっては制度もすっかり廃れてしまった。それでも時々は、ひとり、ふたり、ぽつりぽつりと家にやって来る。

 人によって滞在期間はまちまちだが、彼らは薬草と毒草の見分け方などの薬に関する基本的な知識や、“狭霧家”に伝わる秘伝薬の製法を学ぶ。


 そうした“表の顔”の一方で、〈退魔師〉を養成する学校、としての機能も、どうやら“狭霧家”は果たしていたようである。


「ふう」

 まるで冷蔵庫で一晩冷やしたように、その水は冷たい。


 中庭の外れにある大井戸は、古来より変わらぬ、清らかな地下水を湛えていた。

 汲んだ水で沸かす茶の湯は、患者にとって、なによりの良薬である。




「おはようございます、キョウスケ様」


 キョウスケは、声のした方向を振り向いた。


 なんと、そこに兄の〈式神〉――“ヒビキ”が、キョウスケに向かって、うやうやしく小さな頭を下げていた。

「今日は雨が降りそうですよ。お出かけでしたら、傘をお持ちになった方がよろしい」


 スクナは、いつもユラユラと空中を漂っているが、このヒビキの場合、直立不動で静止する――と言った表現がよく似合っている。


「ありがとう。でも、雨雲らしいものは見当たりませんけど」

 するとヒビキは「カエルが高く跳んでいましたから」と、実に迷信めいたことを自信満々に言ってのけた。


 この家の〈式神〉たちは、どうも人間クサイところがある。


「ヒビキさんは、なにをしているんですか?」

「ヒビキ、で結構ですキョウスケ様。私は今、朝の散歩の真っ最中です。ここでキョウスケ様とお会い出来たように、毎日新たな発見がある。私は、この時間をとても大切にしております」

「あの……〈式神〉って、そんなに自由に動けるんですか?」

「それは(あるじ)によって違います。キョウタロウ様は、いつも私に自由を与えてくれます。こういった主は稀ですね。単独行動中、〈妖魔〉に襲われる危険性もあるというのに。キョウタロウ様の粋なお(はか)らい、ヒビキは大変嬉しく感じております」


 真面目なヒビキは、とても感動している。

 しかしその一方で、“遠ざけられている”とも取れなくもない。


 キョウタロウの粋な心遣い(?)は、課せられた重圧から解放してくれる、彼にとって貴重な時間となっているようだ。




 ――と、ヒビキが顔を上げる。

 西の空はまだ、夜が続いていた。


「なにか……来ますね……ああキョウスケ様、お下がりくださいッ!」

「どうしたの」


 ヒビキは険しい表情になって、じっと天を見詰めている。


 何者かの気配を感じているようだ。


「雨……じゃない。宇宙からの隕石?」




 やがて耳を覆いたくなるような高い波長の音が、猛スピードでキョウスケの頭上に迫ってくる!!!! 


 どこからか、不思議な言語が漏れて来た。声の主はヒビキだ。

 ヒビキは滑らかに詠唱を始める。


 すると間もなく、キョウスケの“足元の大地がメキメキとめくり上がり”、それは彼を守護するように、頭上に広範囲に覆い被さった。



「ワーッ、ワーッ! 少しストップだゼ!」


 ヒビキの詠唱が変化した。それまでの穏やかな口調と違い、次第に文句が荒々しさを増していく。

 キョウスケを守護する“土の壁”はメキメキと音を立て――なんと!土壁の表面に“無数の鋭い棘”が出現する!



「ワーッ、ヤバいゼ、串刺しだゼ! オレサマは敵ジャネー! オジョーの――」

 空から降ってくる謎の高速飛行物体は、寸でのところでカクンと急降下すると、猛烈な勢いで手前の地面に激突した。




「な、なに?」

 一筋の煙が上がっている。

 ヒビキの〈秘術〉によって瞬時に作られた、堅固な小型要塞の中からキョウスケが出て来た時には、まるで大きな甲虫のような、羽の生えた生物が力なく地面に倒れ込んでいた。


「キョウスケ様、どうか離れていてください。ここは私にお任せを」


 そう言ってヒビキは、侵入者にトドメを刺すべく、またも詠唱を始める。


「ヒビキさん、お願いです、待ってください。これって確か……草守さんの〈式神〉じゃ……?」




 ボロボロになった小人は、キョウスケの言葉を聞くと、カクカクと小さく頷いた。





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