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夏至祭を楽しみに、兄も来たる!.10



「この部屋は変わらんね。コレ、ホントに中学生の部屋か?」


 狭霧の敷地は果てしない。屋敷の部屋数は、五十を越える。

 そのひとつであるキョウスケの部屋もまた、果てしなく広い。


「ベッドと机だけじゃねえか。――あ、俺が置いてったCDコンポ。まったく……エロいポスターの一枚も張れよ。服は? ギターは? ああ、なんにもねえ! つまんねえ!」

「この島には売ってないから」

「内地に買い物に行くだろう、学校の友達と一緒に。俺がお前ぐらいの歳だった頃は、“週に三日”は行ってたね!」

「三日は無理だよ。だって今も昔も、定期船は“週に二本”だけだもの」

「バッカ。“漁協の船に勝手に乗り込む”んだよ。ほら、獲った魚を内地に運ぶ大型船!」

 キョウスケは、なるほど、といった風に感心した。



(いいえ、聞いてはなりませんぞ、“キョウスケ”坊ちゃん。“キョウタロウ”様のワル知恵は、あらゆる法を(おか)しています。この島のヒトたちが寛容だからこそ、キョウタロウ様は、こうして無事で居られるのです)

「おいッ、じゃあ俺は、『救えない大悪人』とでも言うのか」

(向こうの警察の方々に、キョウタロウ様が何度捕まりそうになったコトか……)

「そうそう! いいかァ、キョウスケ。向こうのポリスマンは、とにかく血の気が多い。すぐに撃ってくるから気をつけろ」

(ああ、その度に私はッ! ……更なる犯罪を積み重ねるのです。キョウタロウ様の罪はどうしたことか、すべて私に降りかかるのです)


 彼の話を聞く限り、とても救われない。

 キョウスケは兄の〈式神〉――ヒビキを、哀れに感じ始めていた。


(いや、このヒビキ、こうして普通にキョウスケ様とお話出来て、今の今まですっかり忘れておりました。お初にお眼にかかります。“狭霧家”の……いえ、今はキョウタロウ様の〈使い魔〉を仰せつかっております、ヒビキでございます。どうぞ、今後ともよしなに)

 そう言って、ヒビキは丁寧にお辞儀をする。すると思わずキョウスケも、小さな彼に会釈を返す。


「そういえば、そうだったな。で、お前のは――」


 キョウスケの左肩に腰掛けていた“美しい妖精”は、キョウタロウの視線を受けるとビクンと震え、さっと居住まいを正した。


(ス、スクナでございマス! はッ、初めまして兄上様ッ!)


「あ、あにうえ……あにうえ……おい、聞いたかキョウスケェ! ああ、なんて、カワイイんだ。お前の最ッ高! よしヒビキ、向こうへ行け。そしてスクナちゃん、俺のところに来ないか? 一生大事にするからさ」

 スクナは、理解出来ないようだ。

「アーッ、ずるいぞキョウスケ! どうしてお前が“スクナちゃん”で、俺が“コレ”なんだよ!」


 コレ、と呼ばれたヒビキは、大きなショックを受けていた。


「コーカンコーカン! 取り換えっこ取り換えっこ! カタブツ同士でいいだろキョウスケェ、きっと気が合うぜ!」


 しばらく茫然としていたヒビキは、やがて我に返った。

 彼の主のキョウタロウは、まるで子供のように「コーカンコーカン」と繰り返している。

「だってコイツ、うるせえんだもん。あのバア様が、ずっと傍に居るようでイヤなんだよお。頼むよキョウスケェ、コーカンコーカン!」


(……それもいいかもしれません。キョウスケ様は、“兄上様”とは比べるべくもない、稀に見る人格者であられる。これで私の気苦労もなくなることでしょう。そうだ、ぜひそうなさい“兄上様”。“兄上様”は、そちらのお嬢様とご一緒に、楽しくお過ごしになられるがよろしい)

「お前の“兄上様”は、とてもイヤミに聞こえる。今後一切、そう呼ぶのを禁止する」

(私は既にキョウスケ様の〈使い魔〉となりました。ですから“兄上様”のご命令は、もはや効力を持ちませぬ)


 してやったりのヒビキを見て、キョウスケはどうしても応援したくなった。


(スクナ……キョウスケ様の〈使い魔〉……)


 しかし、今にも泣きそうなスクナを見ると、キョウスケにはやっぱり出来なかった。




「ところで兄さんは、これからもずっと島に居るの?」

「あん? そんなワケねえだろ。サンフランシスコの風を感じたら、ふらりと帰りたくなったのさ……俺は、旅から旅への旅ガラスが性に合ってる」


 そう言った旅人の表情が妙に寂しそうだったのを、キョウスケは不思議に思った。


「そんなお前こそ、来年は受験だろ? これでようやく胸を張って島を出ていけるワケだ。いやあ、外の世界は楽しいぞォ! 気をつけないと、尻の毛まで抜かれちまう。だが失敗もまたヨシだ! まるで自分のことのように嬉しいぞ、キョウスケ」


「うん、でも……母さんが、ひとりになっちゃうよ」


 コツ、コツと、だだ広い部屋に響く古ぼけた壁掛け時計が、兄弟の心情を伝えていた。

「バーカ。これから旅立つ(ひな)が、親鳥の心配してどうする。そんなのは、お前が心配するコトじゃねー」

 彼らの母は、家の中でも浮いた存在となってしまっている。

 千年続く、この“狭霧家”が持つ独特の空気に、どうあっても馴染まぬらしい。そんな母をキョウスケは心配している。


 支えである自分たちが、彼女の手から完全に離れてしまった時、心にぽっかりと大きな空洞が出来てしまうのではないだろうか……。


「それにな、たまに帰ってくる方が、ありがたみが増すってもんだぜ。この俺を見てみろ。あの“クソうるせえバア様”が、帰った途端にキモチワルイぐらいにニコニコしやがる。お前はこれまで通り、勉学に励め。心配するだけ損だ。なんにも変わりゃしない」


 変わらない――


 果たしてそうだろうか。三年前に兄が出て行って、この家は息苦しさを増した気がする。

 キョウスケは、兄が発したその言葉に疑問を感じずにはいられなかった。


「喜べ。土産がある。中学生は土産話より、実際にモノだよなあ」

「え……本当?」

「そうそう、その反応。この前送ったスウェーデンの三人組、アレ最高だったろ?」

「うん。女の人の声が、とても綺麗だった。深い森の中に居る気がした」

「おうよ。で、今度はスコットランドに行こう。今、全米中を騒がせる、注目のアーティストだぜ。どうだ聞きたいか」


 キョウスケにしては珍しく、嬉々として頷いていた。





       島の夜が更けていく。外は霧が出始めた。


              濃い、濃い白。

    月によって照らされる様は、この世とは思えないほどに幻想的だ。




 平和な島に突然やって来た“謎の転校生”。

 キョウスケを襲った“異形の怪物”たち。

 三年振りに島に帰って来た“兄”の存在。




    ――そして、未だ帰らない父“狭霧(さぎり)キョウカ”――

 

 キョウスケたちの知らないところで、ゆっくりと事態は進行していく。

 本日、霧ヶ島中学校の三年生が結成した『秘境倶楽部』(仮)は、島にどのような結果をもたらすのだろうか。 





         この地に集う、夢見る者たちよ!

 

      各々の運命を辿り、そこにある終末を見届けよ!




 さあ、時は満ちた。



 願わくば、道半ばで誰ひとり脱落せんことを。





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