夏至祭を楽しみに、兄も来たる!.6
島ノ人口、三百ニ届カズ。
島ノ面積ニ対シ、人住メル地域限リナク少ナシ。大部分ヲ深イ森ガ占メル。
眼立ッタ山ナシ。島ノ外周オヨソ百二十キロ。
曲ガリクネッタ道多シ。舗装道路ホトンドナシ。港沿イト、居住区ノ一部ニアルノミ。
島ヲ走ル車ナシ。信号ナシ。フォークリフト港ニ数台アルノミ。
船舶多シ。ソノ全テ二十トン未満ノ小型船。漁船ト見ラレル。
島民極メテ友好的。交渉ノ余地アリ。生活水準ヲ鑑ミテ、金銭ガ良イト思ワレル。
渦中ノ『狭霧』、当主不在。船頭ニ確認シタトコロ、二週間前ニ自ラノ操縦デ、本土へ送リ届ケタトノコト。偽証ノ可能性低シ。ソチラノ確認願ウ。
シカシ島内ニ潜伏ノ可能性ヤハリ捨テキレズ。更ナル調査ヲ急グ。
以上
『秘境倶楽部』(仮)の会合を終え、それは帰宅の途に就くキョウスケとヤストラが、漁協の前を通り掛かった時だった。
「トラじゃねえか」
“安井のトラ”さんは、ココでも知名度抜群だった。
ヤストラの父も母も、ふたりの兄も、死んだ祖父も祖母も漁師だった。『霧ヶ島漁協組合』のプレハブ事務所の前を彼が通り掛かると、必ずと言っていいほど声が掛かる。
「トラよう、ちゃんと勉強してるか? 死ぬほど勉強しねえと、タツヤ【安井タツヤ・長男】やタカ【安井タカトモ・次男】と一緒に、お前も一生アミ引かねえといけなくなるぞ」
「ああ分かってるよ、そんなコト。俺、カツさんと違って、高校は出る気でいるからさ」
ねじり鉢巻きを真っ黒な額に巻いた、四十歳のカツさんは、ふっと笑って
「俺がお前ぐらいの頃はなあ」と、酒焼けした酷いダミ声で、幼少期の苦労話をブツブツ語り始めた。
「あー! そうだあキョウスケェ! 今日は家に帰って勉強があるんだった。な、そうだよなキョウスケッ。――じゃあ俺たち、これから“復習”があるからさ、また今度ねカツさん」
キョウスケのカバンには、教科書と、本土から取り寄せた参考書が詰まっている。一方のヤストラはと言うと、教科書どころかカバンすら持ち歩いていない。小学・中学と続く、彼のこだわりのスタイルである。
「……あ、そうだトラ。お前よう、ちょっと行って、松崎さんの家に寄ってくれねえか?」
カツさんの二学年上の松崎さんは、霧ヶ島と本土を繋ぐ、連絡船の船頭をしている。しかし連絡船の運航は週に二度なので、つまりは漁の合間にやる“アルバイト”だ。
「港に船を置きっぱなしなんだよ。今日中に本土に返さねえと、またウチがドヤされる。さすがに家で倒れてるワケはねえだろうが、お前、帰りにちょっと行って様子見てこい」
「えーっ、なんで俺が」
「なんでえ、ご近所さんじゃねえか。ついでだ、ついで。何度したって電話に出ねえから、家に行くしかねえんだ、これが。なあ、頼まれろトラ、な?」
渋っていたトラさんは、やがて折れた。
ニコニコ顔のカツさんは、うなだれるヤストラの背中を思い切り引っ叩き、「キアイキアイ」と海の男の気合をたっぷり注入する。
「あ、それからトラ。いいか、“狭霧の坊ちゃん”を、お前の悪の道に引き摺り込むんじゃねえぞ。第一、お前みたいなバカが恐れ多いんだよ。――いいですかい坊ちゃん。コイツと一緒に居ますとね、伝染りますよ、きっと“バカ”が」
「おいカツさん、そりゃあんまりだぜ。高校を出てないカツさんに、“バカバカ”言われたくないぜ」
「なんだとトラ……てめえ、バカにしてんのか」
グッといきり立つカツさんをいなすように、すたすたとヤストラはその場を離れて行った。
「……あの野郎、最近ナマイキになってきやがった。俺が高校を出てないってね、アイツ会うたびに言うんですよ。いいですか、絶ッ対にダメですよ坊ちゃん! あんなヤツに関わっちゃあ。バカが伝染りますからね」
まるでドングリの背比べだ。キョウスケは思わず笑ってしまった。
「おーい、早くしろよキョウスケ」
――夕陽は沈まない。
キョウスケの右手に広がる大海原は、キラキラと宝石のように輝いていた。
絶えず押し寄せ、引き返す波の具合によって、停泊している漁船は海上をゆうらと漂う。
鼻を突くのは強烈な海の香。
真っ赤に染まった空には甲高い海鳥の鳴き声が響いている。そして、護岸に打ち寄せるは大量の波飛沫。
ああ、ここは海の街だ。潮騒が郷愁を誘う。




