佐助と櫻
静寂に包まれた竹林の中、二つの影が激しく交錯していた。
「——そこっ!」
鋭い掛け声とともに、櫻の手から放たれた二本のクナイが風を切る。だが、対峙する少年——鈴木佐助は、最小限の動きでそれを弾き飛ばすと、一瞬で櫻の間合いへと踏み込んだ。
「甘いな、櫻。動きが素直すぎる」
「くっ……!」
木刀の刃先が櫻の首元でぴたりと止まる。櫻は悔しそうに息を吐き、腰に手を当てて立ち上がった。
「相変わらず容赦ないわね、佐助君。少しは手加減してくれてもいいのに」
「手加減など実戦では死を意味する。お前を危険に晒すわけにはいかない」
佐助は静かに木刀を収めると、竹林の木陰へと歩いていった。
佐助と櫻は、幼少期から共に過ごしてきた幼なじみだ。名門・鈴木一族の重圧を幼い頃から背負わされ、周囲と距離を置いた佇まいを見せる佐助にとって、分け隔てなく接してくれる櫻は唯一、素の自分を見せられる特別な存在だった。
一方の櫻にとっても、人一倍厳しい鍛錬を自分に課し続ける佐助の背中は、ずっと誇らしく、そして少し切ない憧れだった。
——それは、二人がまだ忍術学園に入学したばかりの、数年前の出来事。
里の境界付近にある演習場で、二人はいつものように組手の稽古をしていた。
だが、その日は違っていた。運悪く、里の結界を潜り抜けて侵入していた敵国の密偵(忍)と遭遇してしまったのだ。
『ガキが……見られたからには生かして帰さん』
大人であり、殺気を撒き散らす本物の忍を前に、幼い櫻は足がすくんで動けなくなってしまった。
『櫻、下がってろ!』
まだ幼かった佐助が、果敢に立ち向かう。しかし、圧倒的な実力差は歴然だった。
鋭い刃が佐助の体を切り裂き、鮮血が舞う。何度も地面に叩きつけられ、骨が折れる音が響いても、佐助は決して退かなかった。
『ぐっ……は……っ!』
『佐助君! もうやめて! 逃げて……!』
泣き叫ぶ櫻の声に応えるように、ボロボロになった佐助は震える足で立ち上がり、櫻の前に立ちはだかった。
『逃げるわけ……ないだろ。俺が……お前を守るって……決めたんだから……!』
傷だらけの背中。自分よりもはるかに強い敵を前にしても、決して櫻の前から退こうとしないその小さな背中は、櫻の瞳に強く焼き付いた。
その直後、異変に気づいた里の上忍たちが駆けつけたことで危機は去ったが、佐助は重傷を負い、何日も生死の境を彷徨うことになった。
病室のベッドで眠る、全身包帯だらけの佐助の手を握り締めながら、幼い櫻は一人、涙を流し続けた。
(私を守るために……佐助君はこんなに傷ついた。私が弱かったから……!)
ただ守られるだけの存在でいることの不甲斐なさと、大切な人を失いかけた恐怖。
その日、櫻の胸の中に強い「炎」が灯った。
(もう絶対、佐助君だけに痛い思いはさせない。私が……私が強くなって、佐助君の隣で一緒に戦える忍になる!)
忍術学園に入ってからの櫻の努力は凄まじかった。くノ一としての基礎である体術やチャクラコントロール、さらには医療忍術の知識まで、血の滲むような鍛錬を重ねた。すべては、あの日の誓いを果たすために。
「……櫻? どうした、急に黙り込んで」
佐助の声で、櫻は回想から引き戻された。
「ううん、なんでもないわ。ちょっと昔のこと、思い出してただけ」
櫻は清々しい笑みを浮かべると、地面に刺さっていた自分のクナイを拾い上げ、再び素早く身構えた。
「さあ、佐助君! もう一回お願い! 次は絶対に一発入れてみせるから!」
その瞳に宿るまっすぐで強い光を見て、佐助はふっと口元を緩めた。
「ふん……いいだろう。来い、櫻」
かつて守られるだけだった少女は、今や忍術学園でも誰もが認める強いくノ一へと成長していた。
お互いを高め合い、信頼し合う二人の間には、幼なじみという言葉だけでは括れない強い絆が存在していた。
(陽樹も、佐助君も……どんどん先へ行っちゃうんだから。私も負けていられないわね)
風が吹き抜け、竹林の葉がサァッと鳴り響く。
三人が一つのチームとして結成されるその日は、もうすぐそこに迫っていた。




