5>> 父親の立場
ルムラを亡くしたファルグは絶望した。
何故どうしてルムラが…… ルムラが何をしたと言うのだ…… か弱いルムラ…… かわいそうなルムラ…… ルムラに落ち度がある訳がない…… 必ず何かあるはずだ…… ルムラはきっと嵌められたんだ…… ルムラは悪くない…… ルムラ……ルムラ……ルムラ…………
悲しみは生き場を無くして出口を求めた。その出口は簡単に見つかった。ルムラが怯え、怖がっていたラヴィーリア。何も悪くないルムラに一方的にその醜い嫉妬心を向けた女。何もしていない顔をして、裏で卑怯な手を使ってルムラを虐めていた女。ラヴィーリア……
お前がルムラを殺したんだろう…………
ファルグはラヴィーリアを憎み、ルムラの為にも必ず恨みを晴らしてやらなければならないと思った。
だが、ラヴィーリアに正義の鉄槌を下そうとしたファルグの体は、何故か息子の言葉を全く聞いてはくれない両親によって、家からも出ることもできずに閉じ込められた。
「……出してくれ!! 俺にはやらなければいけないことがあるんだ!!」
閉じ込められた自室の扉を叩きながら騒ぐファルグに扉の外から父親であるテムリゴ・ルバーニア候爵家当主が冷静な声で諭す。
「お前に行く場所などない。
お前が今やらなければならないことは、今一度己の立場と向き合う相手を思い出すことだ」
「向き合う相手は分かっている! 罪を犯した者に相応の罰を与えるだけだ!!」
「お前に誰かを裁く権利など無い」
「なら相応の場所に引きずり出せば良い! 人殺しを野放しにする気か?!」
「……その人殺しとは誰のことだ?」
「そんなの決まっている!
ラヴィーリアだ!! あいつがルムラを殺したんだ!!!」
「…………そうか。理由は?」
「そんなの嫉妬に決まってるだろ?! 俺がルムラを気にかけたからラヴィーリアは嫉妬してルムラに嫌がらせをしていたんだ! ルムラはずっと怯えていた!! 俺が守ると約束したのに!! 約束したんだ!!! それをラヴィーリアが!!! 絶対にラヴィーリアが何かしたに決まっているんだ!!!」
扉を叩いて怒鳴り散らす息子にテムリゴは諦めにも似た気持ちと共に溜め息を吐いた。そしてまだ騒ぎ続けているファルグを置いて静かにその場を後にした。
誰もいない廊下に向けてファルグはただ騒ぎ続けた。
「……あなた」
テムリゴの妻が悲し気な顔で夫を見る。
執務室へと戻ったテムリゴは息子の言葉にただただ嘆かわしいと頭を抱えた。
息子が入学して少しした頃、息子の婚約者であるラヴィーリアからおかしな話を持ち出されていた。
『ファルグ様に想う方ができたら、わたくしとの婚約を解消して下さい』
意味が分からないというのはこういうことを言うのかと思ったほどだ。
しかしまだ幼さの残る少女は真剣な面持ちで続ける。
『夢を見たのです。ファルグ様が恋に落ちる夢を。その相手はわたくしではありませんでした』
そう言うラヴィーリアは落ち込んだ感情も悲しんだ感情も含むことのない表情で話す。
『政略結婚に恋などという感情を求めないのは理解しています。わたくしも婚姻後にファルグ様が愛人を作ったとしても良いと思っているのです。
ですが、わたくしが“嫉妬して愛人を虐げる”などと思われるのは、心底認められない感情だと思いました。
ファルグ様に愛されなくとも構いませんが、わたくしが“嫉妬する”なとという妄想を持たれることには耐えられません。
夢の中ではわたくしが嫉妬したと思い込んだファルグ様にわたくしは責められました。
そんな不愉快極まりないことになる前に、どうぞファルグ様に想い人ができましたら速やかにそちらからこの婚約を解消して下さいませ』
幼さの残る面持ちで、ラヴィーリアは幼さなど感じさせない言葉でそう言った。
夢の話を現実のように話すその幼稚さとラヴィーリアの瞳の奥に見える冷え冷えとした感情の差にテムリゴは少し差筋が震えたのを覚えている。
この子の話を鼻で笑うこともできたがそれをしてはいけない気がしたテムリゴは
「ファルグは正しい事を好む子だ。そうなった場合には、きっと誠実に対応するだろう」
そう言ってラヴィーリアへの返事を濁した。
婚約解消など簡単にできるものではない。
テムリゴは夢と現実の区別がまだできていない息子の婚約者に少しだけ先が思い遣られると思ったと共に、未来がどうなるのか分からないがそんなことは起こらない、気にすることでもないだろうと考えていたのだ。
だが訪れた現実はどうだ。
あの時のラヴィーリアが言っていた通りになった。
婚約者が嫉妬したと騒ぐ息子。
そもそも「婚約者が嫉妬するような行動を取るな」という言葉はもう息子には届きそうにない。
愛されてもいない婚約者から自分は嫉妬されて殺人まで起こされる程に執着されている、と信じ切っている息子をテムリゴは理解できそうになかった。
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ファルグは一人息子だったがその父てあるテムリゴは候爵家当主として冷静な判断を下した。
根拠の無い妄言で自分の婚約者を非難し続け、物理的にも攻撃をしてしまいそうなファルグを放置することもそのままラヴィーリアの婚約者として置いておくこともできずに、テムリゴは二人の婚約を解消させた。
ラヴィーリアの父も当然快諾した。
ラヴィーリアの父は娘から話は聞いていたがさすがに家格的に下となる者から婚約の解消などと簡単に言えるものではなく、ファルグの性格も知っていたので今問題になっているファルグの行動は『初恋に浮かれた若者の一時の気の迷い』だろうと、深く考えないようにしていたのだ。
ファルグも候爵家に生まれた男だ。己の立場も直ぐに思い出すだろうと思っていたのに……期待外れの娘の婚約者にラヴィーリアの父は落胆した。
ラヴィーリアとファルグの婚約は当主同士で決めたもので、災害で領地に打撃を受けた候爵家の金銭的援助を兼ねての婚約だった。爵位はファルグの方が上だが助けられている立場にあるのもファルグの方だったのだが、ファルグはそのことを軽く考えていたのかもしれない。自分の方が立場は上で、そして婚約者に惚れられていると考えていたファルグが、恋人のような存在を作った後も婚約の話に触れなかったことを考えると、ファルグはラヴィーリアと婚約を続けたままで恋人とも付き合い、最後には愛人か、最悪第二夫人として側に置こうとしていたのかもしれないとラヴィーリアの父は想像した。婚約の解消を自ら言い出さなかったのはそういうことだろうと……
誠実だと思っていたのにとんだ見当違いだとラヴィーリアの父は落胆した。次のラヴィーリアの相手はちゃんと見極めようと気を引き締めたのだった。
だがそこに待ったを掛けたのがテムリゴだった。息子の婚約には金銭的援助の話も付随していたのにこのままではそれがなくなってしまうと焦ったテムリゴは、自分の妹が嫁いだ先で産んだ次男を次のラヴィーリアの婚約者にどうかと考えた。
その次男は候爵家の生まれでまだ婚約者も居らずラヴィーリアの2歳下だった。ラヴィーリアさえ良ければ新しい婚約者としてテムリゴの養子にすると。
ラヴィーリアは嫌な顔せずにその次男と顔合わせをして何度か2人で会話をして相性を見た上で婚約することが決まった。
次男はファルグと違って大人しい男だったが、だからこそ自分の立場を理解してラヴィーリアと真摯に向き合った。ファルグのことは「もっと誠実な人だと思っていたのに」と失望したように溜め息ながらにそう言った。
愛さなくても構いません、と言うラヴィーリアに少しだけムッとした顔で
「いくら家の為の結婚だからと言っても、ボクは婚約者以外の女性と親しくしたいなどとは思いません」
と言った次男にラヴィーリアは眉尻を下げて微笑み、そんな2人を見てテムリゴとラヴィーリアの父はまぁどうにかなるだろうと苦笑した。
跡取りから降ろされたファルグは家から除籍はされなかったものの領地の片隅に作られた屋敷に軟禁されることとなった。
ラヴィーリアに見当違いの恨みを抱いているファルグを学園になど通わせられる訳もなく、父の判断で退学となった。
領地の端で頭を冷やさせ、冷静に自分の立場が分かったのならば領地経営に携わさせてもいいかとテムリゴは思っていた。
だがファルグは死んだ女子生徒の死を嘆き、その責任をラヴィーリアの所為にしてずっと憎しみを抱いていた。
領地の屋敷に軟禁されて数ヶ月後、ここ最近とても落ち着いて大人しくなっていたファルグに外出許可が降りた。ファルグは反省を口にして、自分が間違っていたのだと認め、ラヴィーリアは無関係で彼女に酷い言葉をぶつけてしまったと反省を見せていた。
そのことをファルグの監視のために付けていた信頼する執事から手紙で知らされたテムリゴは、やっと息子が冷静になったのだと安堵して領地内だけでの外出を許可したのだ。
ファルグは父が付けた執事と護衛騎士に囲まれながら久し振りに屋敷の外に出た。
領民と会話を楽しみ、少しの手伝いをしたりしてファルグは穏やかに暮らしていた。これなら領地の経営にも参加できるのではないかと皆が思い始めた頃。
ファルグは失踪した。
改心したのだと周りの目を欺いていただけだったのだ。
だが簡単に見つかり捕縛された。
ファルグの周りの者はみんな理解していたのだ。ファルグが行くなら何処に向かうかなど。
ファルグは待ち構えるように自分を目敏く見つけたラヴィーリアの領地の騎士たちにより捕まり、やはりかと残念な表情を隠しもしていない自領の騎士たちに受け渡された後、自領の当主の邸の地下牢に入れられたのだった。




