4>> 第三者
「あんなトラップに引っ掛かる人なんて居ないと思ってたよ」
宮廷魔術師の詰所にある応接室のソファーでお茶を飲みながら魔術師であるステングは目の前に座る人に話しかけた。
話掛けられたラヴィーリアは小さく笑う。
「そうでしょう?
あんな限定的な罠にわざわざ自分から飛び込む人が居るなんて誰も想像だにしないでしょう?」
「あぁ魔術罠を仕掛けたボクですら無駄な冗談だと本気で思ってたくらいなのに」
そう言ったステングは自分が仕掛けた魔術罠を思い出していた。
決められた日付。
場所は学園の裏にある階段の2段目から5段目までの間。
発動条件は『自分の意思で落ちた者』。
こんな条件で魔術が発動するなんてあり得ないとすら思っていた。
「彼女も人を貶める為にした行為で自分が陥れられるなんて想像もできなかっただろうね」
「仮想敵を作って自分の立場を良くしようとされてましたけど、そういうことをするには少し『素直』過ぎましたわね」
言いながらクスクスと笑うラヴィーリアは本当に優しそうな女子学生といった見た目だった。だから騙されたのかもしれないなとステングは思う。
ステングも最初にラヴィーリアから話を聞いた時には全く以て信じなかった。
『魔術で罠を仕掛けてほしいのです。発動しなくても構いません。
仕掛けて頂けるのでしたら貴方が望んでいるのに実現できていない魔術の研究に対して、今後わたくしが人生を掛けてお手伝いさせて頂きますわ』
こちらが断らないと確証しているかのような顔でラヴィーリアはそう言った。
ラヴィーリアが言う魔術罠は到底人が引っ掛かるようなものではなかった。
階段から『飛び降りる』ではなく『自ら落ちる』なんて、今でも意味が分からない。
そんな『やるだけ無駄』だとも思える魔術を行うだけで、自分が長年望んでいた『魔術だけを研究して生きる』夢が叶うのならば、こんなに安い話はないと思ったのだ。
ラヴィーリアは伯爵令嬢で結婚後は候爵夫人になると聞いている。候爵家の後ろ盾ができたなら、魔術の才能があっても出自が孤児だからと見くびられて馬鹿にされる人生から解放されるとステングは思った。
そんなステングの考えを見透かすように口止め込みの前金だとラヴィーリアはステングの給料の1年分にはなるお金をくれたのだ。実際給料を趣味の研究に費やしていて年中金欠のステングには断ることなどできなかった。
そんなステングにラヴィーリアは言う。
「これで完全に“共犯”ですわね」
淑女の笑みには似合わない言葉にステングは苦笑いを浮かべて答えた。
「“共犯”だと思ってもらえるなら有難い。
立場的にボクがキミに逆らえる訳がないんだから、裏切りなんて心配しないでよ。
こっちは捨て駒にされないか未だにビクビクしてるんだから」
全く怯えなど含まない雰囲気でステングはそんなことを言う。そんなステングの性格さえ知っているかのような顔でラヴィーリアはコロコロと笑った。
「そんな心配なさらないで。
わたくしの方こそ、今後貴方の様な魔術師が味方になってもらえるんですもの、力強いですわ。
貴方を選んだ時から、信じているのですもの。
これからも仲良くしましょう」
フフフフ、と妖艶に笑うまだ学生である筈のラヴィーリアの瞳の奥に全てを見透かしているかのような意識を宿している気がしたステングは、背中に冷や汗を感じて少しだけ視線を逸らした。
そしてそれを誤魔化すようにニヤリと笑う。
「こちらこそ。どうぞ末永くお世話になります」
そう言って頭を下げた年上の男にラヴィーリアは少女のように笑った。
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魔術師ステング・ロッパは乙女ゲーム【乙女心は何色の花? 愛は障害を乗り越えて〜✿】のリメイク版で追加されたキャラの一人だった。
追加されたキャラたちは全員学外に居る婚約者も恋人もいない独身男性の設定で、攻略キャラの対象となる悪役令嬢は居らずヘイト管理はしなくて良かったが、その代わり外で出会うというタイミング管理がシビアで全員が大人ということもあり、一つでも台詞選びを間違えれば攻略は不可能という高難易度キャラたちだった。
だがその全員がその当時大人気だった男性声優が声を当てていてキャラデザも既存キャラたちよりも魅力的だった為に攻略しないプレイヤーは居なかった。
そんな中でも若干の異色を放っていたのが魔術師のステングだった。ステングは親密度が上がらなければその美貌は隠され、普段は黒髪を野暮ったく伸ばして前髪で目を隠しており高身長を猫背と薄汚れたローブで隠していた。設定資料などでステングの真の姿を知らなければ攻略したいとは思えないような見た目の男だ。
性格もかなりの癖があり、好青年で正義感のあるファルグを選んだルムラはもしかしたら苦手にしていたかもしれないとラヴィーリアは思った。
だがルムラが邪魔くさいと思っていたかもしれないステングというキャラは、ラヴィーリアにとってはとても魅力的な立場と能力を持つ人物だった。
魔術バカのステングはファルグと違って善悪だけを基準に生きてはいない。自分が魔術の研究をし続けられるかで生きているステングはラヴィーリアから見ればむしろ筋の通った御し易い存在に思えた。
ゲームで攻略する時も一貫して『ステングが将来に渡って魔術をする為に』を考えてイベントを熟していけば攻略できた。
だからラヴィーリアはステングに新しい場所を与えたのだ。城内で個人研究所を持つゲーム設定ではなく、ラヴィーリアが提供する屋敷でラヴィーリアの持つ権力を永続的に得られる完全個人研究所を持つ未来を。
誰に指示されることなく、衣食住を心配する必要もなく、お金の心配もせずに好きな時間好きなだけ大好きな魔術のことだけを考えられる環境を用意すると魂を縛る神聖誓約──契約を破れば死ぬ──を持ち出して交渉すればステングはラヴィーリアの傘下に入ることに賛成した。
ステングさえ仲間にすれば後は簡単だった。
ステングが魔術師として所属しているのは宮廷であり、配属されているのは学園の警備だった。ゲームでは学園の警備をしているステングとヒロインが偶然学園内で出会ってからストーリーが始まるのだが、ステングが学園の警備をしているからこそラヴィーリアはステングに目を付けたのだ。
ステングならばヒロインに魔術で罠を張れる。
そして、その罠が発動した後の魔術の魔力の痕跡も、仕掛けた本人が確認するのならばどうとでも誤魔化せる。
実際にステングはルムラが階段から落ちた後、一番最初に駆け付けた魔術師として現場検証をして『魔術の痕跡を探る為に調査の魔術を使った』。
全ての階段を魔術で確認したステングは、後から駆け付けた同僚に「魔術の痕跡は無かった」と伝える。同僚も自分で確認する為に調査の魔術を使うが、その時にはもうステングの魔術の痕跡は階段全体に残っていて、同僚は『ステング以外の魔力痕が無い』=『未知の魔術痕は無い』と判断する。
魔力の痕跡が無いのだから誰かが魔術を使って被害者を貶めてはいない事が確認された事になり、被害者以外にここには誰も居なかったことが分かっているので、導き出される答えは……
ルムラは単独で階段から落ちた事故死、ということになる。
誰も現場に最初に駆け付けた、ルムラとは面識さえも無い宮廷所属の魔術師が犯人だとは思わないだろう。
そしてファルグがどれたけラヴィーリアが何かをしたと騒いだところで、ラヴィーリアはその時間には他の者たちと一緒に居たと他の者が証言している。
ならばラヴィーリアが魔術で、と言い出したところで宮廷所属の魔術師が魔力の痕跡は無かったと証言する。
最初に駆け付けたステングがラヴィーリアと親しくしていることは調べれば直ぐに分かることだが、ラヴィーリアは実際には一度もルムラに何かをしたことはないので、ファルグがどれだけラヴィーリアが怪しい、ラヴィーリアと面識のあるあの魔術師も調べてくれと騒いだところで、証拠も動機さえも無いのだ。
ファルグの言葉を聞き入れる者など誰一人として出て来なかった。




