2>> ヒロイン・2
悪役令嬢が邪魔しないなら攻略は簡単だと思った。
虐めイベントが起こらないのならば『起こったこと』にすればいいのだから。
元のゲームは悪役令嬢のヘイト管理が大変だったがそれをしなくてよくなったのだ。
悪役令嬢のヘイトを貯めなくてもファルグの好感度を上げ、ファルグの中のラヴィーリアへの好意を下げてしまえば最後のイベントである婚約破棄は起こるはず。
ゲームの中でどんな虐めが行われていたか、ルムラは全て覚えていた。
その虐め全てが主人公が一人で居る時に行われていて、犯行時の目撃者は居ない。ゲームの中でも主人公の目撃証言だけで攻略対象者たちは悪役令嬢を犯人だと知り嫌っていく。
どうせ犯人は自首しないし犯行を自供するなんてことはしないのだから、悪役令嬢はイジメをしようがしていなかろうが彼女たちの口から出る言葉は「わたくしはそんなことはしていません」でしかないのだ。
同じ否定の言葉なら、それはゲームのセリフと同じ。
攻略対象者とのイベントが起こりさえすればいいのだから、イジメの自作自演でも、結果は同じ。
──ゲームをやりこんだ私ならできる……!──
ルムラはファルグとのハッピーエンドの為に動き出した。
渡り廊下の下で水浸しになり、教科書は破られ、私物を捨てられ、悪口を言われたと泣き、出自を揶揄われて怯え、足を掛けられて転び、鞄を切り裂かれた。
その度にルムラが影で泣いているところをファルグに見つかり理由を聞かれて仕方なくの体で全てを話す。ファルグはその度にルムラの為に腹を立てては悲しみ怯えるルムラを慰めてくれた。
ルムラの思い描いた通りに。
悪役令嬢が『虐めイベント』を行わなくてもその後の攻略対象者からの『慰めイベント』さえクリアしてしまえば攻略対象者からのルムラへの好感度は上がり悪役令嬢への嫌悪が募る。
ゲームでは主人公へと悪役令嬢が向けるヘイトとして数値を管理していたが、現実的に見ればそれは『攻略対象者の悪役令嬢への好感度の低下』を意味する。悪役令嬢がヒロインにヘイトを溜めれば溜める程に攻略対象者から嫌われる。
要は『攻略対象者から悪役令嬢が嫌われれば良い』のだ。
ルムラは順調にそれを熟していった。
数値として目には見えなくても確実にファルグはラヴィーリアを嫌っていった。
何故かラヴィーリアは自分を睨んでくる婚約者に理由を問いかけることもせずに静かに静観しているだけの様だったが……
何も言わず、嫉妬することもなく、柔らかく微笑んで日々を普通に過ごす悪役令嬢にルムラはその内ラヴィーリアを気にすることを止めた。
何もしてこないならそのまま最後まで大人しくしていてくれれば良い。
ルムラはそう考えた。
だってラヴィーリアは転生者じゃないから。この世界が乙女ゲームだとも知らずに笑っているならそのままでいたらいい。邪魔さえしてこないなら問題ない。
ちょっとゲームの中のラヴィーリアとは性格が違っているけど、自分だってそもそも転生者でゲームの中のヒロインとは違うのだからこの世界はそういうものなのだろう、とルムラは思った。
だから自分のハッピーエンドになんら疑問も持たなかった。
勝って当然。
ルムラには輝かしく幸せな未来しか見えていなかった。
──┼──
今日が大詰め。ラスト。
虐めイベントのハイライト。
ルムラは学園の裏庭に面する階段の上でニンマリと笑った。
ゲームではこの階段で“偶然”すれ違ったラヴィーリアとルムラが口論となり、ラヴィーリアが悪意を持ってルムラを階段から突き落としてルムラが怪我をする。
当然ラヴィーリアはその場から逃げるがルムラの話を聞いたファルグがその瞬間にラヴィーリアとの婚約を破棄することを決めるのだ。
だからこの場にラヴィーリアは居なくていい。
ルムラは跳ねるように階段を下段まで降りると下から3段目の段で立ち止まった。
「痛いのは嫌だけど、さすがに打撲痕すら無いのはおかしいもんね。
大怪我じゃなかったのは私の日頃の行いが良かったからってことで!
う〜っ! 怖いけどやるぞ!!
……3、2、1っ!
きゃあああぁっ!!!!」
ルムラは階段の3段目でクルリと反転すると、階段を上がるかのように階下に背を向けた。そして両腕を空に向けて一度ギュウッと目を瞑ると、覚悟を決めてイチの言葉と共に後に倒れると同時に悲鳴を上げた。
…………。
衝撃は直ぐに訪れる筈だった。
たかだか3段の階段を落ちただけ。1・2秒も経たずに地面に当たってもおかしくないはずだった。
だがルムラはまだ落ちていた。
「……え?」
身体全体が下に落ちていく感覚に狼狽える。前世で言うGが自分の身体に掛かっているのが理解できてルムラはただ混乱した。
「え?! なんで?!?
なんで落ちないの?!」
ルムラは叫んだ。身体は動かせずにただ倒れた体勢のまま下に落ちていた。
落ちてはいるのだ。
だがいつになっても落ちるのが止まらない。
地面に着かない。
着地しない。
何で? 何で? 何で? 何で?!?!?
ルムラが混乱で顔を青くしていた時。
その声は響いた。
「貴女ならやると思っていたわ、階段落ち」
微笑んでいるのが分かるくらいの軽やかな音でラヴィーリアの声がルムラの耳に届いた。
姿は見えない。ルムラの視界には未だによく晴れた空と階段と自分の足が見えているだけだった。
だがラヴィーリアの声はルムラに話しかける。
「わたくしがストーリー通りに動かなくてイライラしたでしょ? だから自作自演したのでしょう? このままわたくしが何もしないと思ったのでしょう?
だから、自分で、言い訳もできない状況を作ったのよねぇ……」
呆れた様にラヴィーリアは話し掛けてくる。だが、ルムラの返事は求めていないのか直ぐに次の言葉を続けた。
「貴女が一人っきりで階段から落ちてくれたから、わたくしの無罪を完璧に証明できるわ。
だってわたくし今、攻略対象者たちが見ている場所に居るのだもの。
それなのに貴女は階段から落ちた。
さぁ皆さんは誰が犯人だと思うのでしょうねぇ。あぁ貴女は知ることはできないわ。
だって貴女は階段から落ちて死ぬんだもの。
自分で階段から落ちて死ぬ気持ちはどう? 自作自演で自滅なんて本当に間抜けね」
「……っ!? ラヴィーリア、貴女っ!?!?」
ルムラは言われた言葉にカッと顔を紅くして言い返そうとした。
だがラヴィーリアはそんなことは気にせずに話を続ける。
「貴女、わたくしに聞いたわよね。“転生者か”、って。
何故親しくもない間柄の、それも自分にあまり好意的ではない人に“素直に事実を告げる”と思うの?
あんな言葉で誤魔化されてくれるなんて驚いたのよ。問い質してくるかと思ったのにあんなにあっさり納得しちゃって。
人を貶めるのには、貴女は素直過ぎたわね。
次の機会があるのなら、今度は素直に行動した方が良いわよ。
だってわたくしは、貴女に何度も機会を上げたのだもの。
話をする機会はいくらでもあったわ。
わたくしはファルグに執着していなかったでしょう? 愛している様には見えなかったでしょう?
親が決めた婚約ですもの、当人たちが異を唱えればわたくしの親もファルグの親も話を聞いてくれたのよ?
どうして素直にファルグが好きだから彼との婚約を止めて欲しいとわたくしに言わなかったのかしら?
ファルグにどうして自分が好きなら婚約を解消してと頼まなかったの?
わたくしはいつでも待っていたのに。
自分からはわたくしに何も言わないくせに影でこそこそとわたくしを貶めようとしたのは貴女。
貴女がわたくしを悪役にしなければ、きっと幸せになれたでしょうね。
ファルグは貴女のことを特別に思っていたようだから。
でももう終わり。
貴女がその結末を選んだのだから。御愁傷様。
来世で頑張ってね」
ちょっと……っ!!!
ラヴィーリアの言葉に言い返そうとしたルムラの言葉は声にはならなかった。
頭や身体に強い衝撃を受けたと思った瞬間にルムラの意識は途絶えた。
ルムラの物語はバッドエンドで終わった。




