1>> ヒロイン・1
ルムラ・ブラーンは学園の門を前に前世を思い出した。
門から見える学園の校舎を見た瞬間に頭には今まで知らなかった映像が浮かび上がり、それが前世で遊んだ乙女ゲームだと分かった瞬間に、前世の記憶を全て思い出したのだ。
自分はその乙女ゲームの主人公だったのだと。
乙女ゲーム【乙女心は何色の花? 愛は障害を乗り越えて〜✿】は悪役令嬢が出てくるタイプの乙女ゲームだった。
攻略対象者たちには全員に婚約者が居て、その婚約者を乗り越えて結ばれる、中々難易度の高いゲームだった。
攻略対象者との好感度を上げるだけではなく、対象の悪役令嬢のヘイトも上げなければ虐めイベントが起こらず、そのイベントが無ければ攻略対象者との好感度が100%だったとしても、最後の婚約破棄イベントが起こらないのだ。そうなれば攻略対象者は家の為だと悪役令嬢との婚約を選んでしまいヒロインは選ばれない。バッドエンドは無いが中々ハッピーエンドにならずにノーマルエンドで終わってしまう。
何度ノーマルエンドを見たか分からないぐらいにやり込んだゲームだったが、そのお陰で今ルムラは今後何をすればいいのか何もかもが分かった。
──もう勝ったも同然じゃない?! ハッピーエンドになる未来しか見えないわ!!──
ルムラは学園の門を見上げながら内心勝利の拳を上げた。
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ルムラは先ず目を付けた攻略対象者と接触した。
候爵令息ファルグ・ルバーニア、攻略対象者的には2番目に人気のキャラだった。一番はこの国の第一王子。だが第一王子を落としたところで向かう先は苦労でしかない。第一王子に問題が無ければその妻は未来の王妃。王妃がただ着飾って笑ってお菓子を食べていればいいだけならなってもいいけれどそんな訳がないのだから、そんな責任重大な立場になりたいなんて思わない。
ルムラはヒロインだが現実的な立場は男爵令嬢だった。曾祖母に隣国の公爵家の生まれの人が居た為に、ゲームではなんやかんやで王子ルートでは隣国の公爵家の養女となって王家に嫁ぐハッピーエンドを迎えていたが、それを迎えるには学園のテストで常に1位を取り続けねばならない。その苦労をしてもいいと思えるくらいに第一王子をルムラが好きだったのならそのルートを目指したかも知れないが、ルムラの一番の推しは第一王子ではなく候爵令息のファルグだった。単純に見た目と声と性格がドンピシャの好みだったのだ。
そしてこの候爵令息はゲームの中でも一番落としやすいキャラとしても有名だった。当人自身も好青年で正義感が強く、言い方を変えると甘い部分があって好感度が上がりやすく、そして婚約者である悪役令嬢も短気で婚約者であるファルグを愛しているので嫉妬深くてヘイトを溜めやすかった。ファルグは元々気が強い婚約者に苦手意識を持っていて、そこに彼女がイジメをしていると知って嫌悪する。当然悪役令嬢は問い詰められてもイジメを認めず白を切る。そんな彼女を見てファルグは更に彼女を嫌ってイジメの対象となっているルムラを守ろうとするのだ。
そんなファルグを見て悪役令嬢は更に主人公にヘイトを溜める悪循環。
もう勝ったようなものだった。
ヒロインは攻略対象者をファルグに絞って悪役令嬢から奪うと決めた。
ファルグの婚約者である伯爵令嬢ラヴィーリア・プラット。
伯爵令嬢に虐められると思うと怖くもあったが、相手が最後は婚約破棄されて落ちぶれると思うと怖さよりも愉悦が勝った。
ルムラはファルグとのハッピーエンドのゲーム画面を思い出してニンマリ笑った。
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攻略ルートが分かっているのでやる事は決まっている。
ルムラはファルグとの好感度を順調に上げていった。
乙女ゲーム【乙女心は何色の花? 愛は障害を乗り越えて〜✿】の主人公であるルムラは、男爵令嬢であるが父が愛人に産ませた婚外子で家ではとても肩身の狭い思いをしている。だが本人の心根の優しさと努力する姿勢が徐々に皆に認められて、最後には上位貴族の令息との婚姻も認められるのだ。父の血筋に隣国の公爵家の血が混ざっていたのも最終的に認められ理由にはなるが、その前に“攻略対象者たちから一目置かれる”様になるのは純粋にルムラの努力と実力の賜物だった。
前世を思い出したルムラも、持ち前の地頭の良さがあったのもあるものの楽をせずに勉強などは努力して実力を着けていった。テストでも上位を取り、マナーも守って友人の立場としてファルグとの接触を増やして好感度を上げていった。
ゲームにあったイベント事は全て熟した。ファルグの顔を見れば好感度バーが見えなくても着実にルムラへの恋心が芽生えているのが分かる。ちゃんとゲーム通りに時間を進められているのは分かるのに、一つだけ確実におかしいことがあった。
悪役令嬢であるラヴィーリアが全然絡んで来ないのだ。
「こんなの絶対におかしい……」
ラヴィーリアからの虐めイベントが起こるはずの場所に立ってルムラは不信感から眉根を寄せた。
今日の放課後に渡り廊下の下を通ると悪役令嬢ラヴィーリアが渡り廊下の上から水を掛けてくるイベントが起こるはずだった。なのに何も起こらない。タイミングに間違いは無かった。なのに渡り廊下の上に人が居る気配すらない。
やはり違和感は間違いじゃなかった。
ルムラは確信した。
それまでも違和感はあったのだ。ルムラがファルグと横に並んで歩いていても、ラヴィーリアは気にも留めていない顔をしていた。ルムラがファルグを選んで声を掛けたと分かる場面でも、ラヴィーリアは微笑んでいるだけだった。
ゲームの中ならあり得ない態度だ。
ラヴィーリアはファルグを愛していて自分以外の女性がファルグの側に居るだけで嫉妬するキャラのはずだった。ファルグが自分以外の女性を褒めるだけで嫉妬に駆られて怒鳴り込むようなキャラのはずだった。
それなのにこの世界のラヴィーリアはルムラに対して微笑んでいるだけ。ラヴィーリアの隣にいるファルグに声を掛けても睨んでもこない。
違和感しかないラヴィーリアにルムラは思った。
ラヴィーリアも転生者なんじゃないの?
そう思ったら居ても立ってもいられなかった。
ルムラはラヴィーリアを手紙で呼び出して学園の人気の無い裏庭で2人だけで対峙した。
「単刀直入に聞きます。
ラヴィーリア様は転生者ですか?」
そう目を見て聞いてくるルムラにラヴィーリアは少しだけ驚いた様に目を開いて、そして瞬きを数回した後に柔らかく微笑んだ。
「テンセイシャ、とは、何ですの?」
そう聞き返されて今度はルムラの方が驚いて目を見開いた。
「……え? 転生者、って、聞いて、分かりませんか?」
「えぇ、初めて聞く言葉だわ。どういう意味なの?」
コテンと首を傾げて聞き返してくるラヴィーリアにルムラの方が戸惑う。
絶対に転生者だと思っていたから逆に問い返されては何と説明したらいいのか分からなくなった。
「え、えっと……、ラヴィーリア様は、前世……の記憶が無いですか?」
戸惑いながら聞いたルムラの言葉にラヴィーリアは更に不思議そうな表情を浮かべてルムラの顔を見返してくる。
「前世、ですか? とても不思議なことをおっしゃるのね……?
ルムラ様は前世の記憶を持って居られるの?」
唇に指を当てて心底不思議そうに問いかけ直して来たラヴィーリアにルムラは焦った。
ラヴィーリアには前世の記憶が無い?!
そう思うと自分だけが前世の記憶があると相手に答えるのは自分の立場が不利になると思った。
前世の記憶がある。その記憶をどうするのか。ラヴィーリアに前世の記憶があった場合にルムラはどうしようとしていたのか。
問われれば答えたくないのはルムラの方だった。
ルムラはこの学園で前世の記憶を使って婚約者がいる令息をその婚約者から奪おうとしているのだ。そんなことを万が一知られてしまえば攻略などできる筈もないどころか今後の自分の立場だって悪くなる。最悪この学園での呼び名が『阿婆擦れ』となる可能性だってある。
ルムラはそのことに気付いて怖気付いた。
「え? あれ? あの……、ラヴィーリア様には、前世の記憶は無い……の、ですよね?」
「ねぇ、本当に。さっきから何のお話ですの? 貴女が何を言っているのか分からないのだけれど?」
困り……その表情に怯えと戸惑いを浮かべるラヴィーリアに、ルムラはこれは完全に前世など無いと確証してしまった。だからルムラは慌てて頭を下げて謝った。
「ご、ごめんなさいっ!!
私どうやら勘違いしてしまっていたみたいです?! 変なことを聞いてしまってすみません!!!
今のは忘れて下さい!!
前世なんてそんな話、ある訳ないですよね?! 私ホント何言ってんだろ!! あ、アハハハ!!!
ホントごめんなさい!!」
そう言うとルムラはラヴィーリアの顔も見ずに背を向けて走り出した。
勘違いだった!
ただゲームとは性格がちょっと違うだけで転生者じゃなかった!!
ラヴィーリアに前世の記憶は無い!!!
ルムラは確認した事実に焦りと困惑と、……そして安堵と少しの愉悦を覚えた。
ラヴィーリアに前世の記憶がないのなら今後の妨害を心配する必要はない。
ラヴィーリアは今後のイベントを知らないんだから先回りで邪魔されることもない。
ルムラは勝利を確信して少しだけ浮かれた。
ラヴィーリアから見えなくなった場所でスキップしたルムラは気付かない。
ラヴィーリアがルムラの質問に何一つまともに答えていなかったことに。
ラヴィーリアが立ち去るルムラの背中を見つめながら呆れ果てた顔をしていたことに……




