第4話:配信開始、それは小さな波紋
ファングラットの群れをあっさりと退けたシオンは、一度ダンジョンを出てギルドの窓口へと向かった。あの短い時間で手に入れた魔石は、男の姿の時なら数日かけてようやく手に入るかどうかの量だった。
受付嬢の七瀬あずみは、傷一つなく、ドレスに汚れすらつけていないシオンが差し出した魔石の山を見て、驚きに目を見張っていた。その確かな実力を証明する換金報酬を受け取り、シオンは足早に自宅の自室へと戻る。
「これで、やっとスタートラインに立てる……!」
シオンは男の姿――紫苑へと戻り、机の上に換金したばかりの現金を並べた。男の姿の時に貯めていたわずかな貯金と、今日シオンとして稼いだ報酬を合わせれば、最低限の配信機材に手が届く。
すぐさまネット通販の特急便で注文したのは、探索者用のドローン型撮影カメラと、配信管理用の新型配信用端末だ。
翌日。届いたばかりの機材を前に、紫苑は再び姉の形見であるゴスロリドレスを身に纏った。
瞬時に体へ満ちていく、あの圧倒的な魔力と万能感。ウィッグを整え、完璧な美少女「シオン」へと変身を遂げた彼女は、自室の鏡の前でドローンカメラの起動ボタンを押した。
『認識完了。シオン・チャンネルのアカウントと同期します。これより自動追尾モードを開始します』
機械的なアナウンスと共に、手のひらサイズの球体ドローンがふわふわと宙に浮かび、シオンの周囲を滑らかに回り始める。
撮影角度、音声の拾い具合、すべて問題ない。
「よし……。行こう」
シオンは再び「若葉の回廊」へと向かった。
ダンジョンの入り口付近は、多くの探索者たちで賑わっている。ゴスロリ服の美少女が宙にドローンを浮かべて歩く姿は否応なしに目立っていたが、シオンはもう日怖気づくことはなかった。
薄暗い第2層へと続く階段を下りる。周囲に他の探索者の気配がなくなったところで、シオンは配信用端末の画面に触れた。
【配信開始】
その文字が画面に灯る。シオンの心臓が、戦闘の時とは全く違う緊張感でドクドクと跳ねた。
当然、開設したばかりのアカウントだ。視聴者数のカウントは「0」のまま動かない。誰もいない暗闇に向かって話しかけるような奇妙な感覚に襲われながらも、シオンはドローンカメラを見つめ、あらかじめ練習していた通りの声を出す。
「――皆さん、はじめまして! 今日から配信探索者を始めることになりました、Fランクのシオンです。不慣れなところもあるかと思いますが、応援よろしくお願いします!」
カメラに向かって、少し照れくさそうに、けれど精一杯の笑顔で手を振る。
しばらく歩いていると、視聴者数の数字が「1」、そして「3」へと、ぽつりぽつりと増え始めた。広大な配信サイトの海から、たまたま新着の配信を見つけた物好きな暇人たちだろう。
画面の端に、初めてのコメントが流れた。
『ん? 新人ちゃん?』
『っていうか、何その格好wwコスプレ配信?』
『Fランクが2層にソロってマジ? 自殺志願者かよ、早く帰れー』
懐疑的な言葉、おちょくるような視線。しかし、シオンの心は折れなかった。むしろ、自分の姿を見て、誰かが言葉を発してくれているという事実そのものが嬉しかった。
「コスプレじゃなくて、これが私の勝負服なんです。危なくなったらちゃんと逃げるので、見守っていてくれると嬉しいです」
シオンが画面の向こうの視聴者に微笑みかけた、その時だった。
前方の暗闇、岩の陰から、低い唸り声が響いた。
現れたのは、ファングラットよりも一回り大きく、俊敏な動きを見せる魔物――ウルフの群れだった。それも、同時に三匹。
『うわ、ウルフじゃん!』
『3匹はFランクのソロが捌ける相手じゃねえ!』
『おい誰かギルドに通報しろ! マジで死ぬぞこれ!』
コメント欄が一気に慌ただしさを増す。
しかし、シオンは焦るどころか、静かに短剣を抜き放ち、不敵な笑みを浮かべた。画面の向こうの誰かに、自分の本物を見せる瞬間が、ついに訪れたのだ。




