第5話:コメント欄の衝撃
「ガルルルル……!」
三匹のウルフが鋭い牙を剥き出しにし、シオンを包囲するようにじりじりと間合いを詰めてくる。
ドローンカメラは、緊迫した戦場の空気を克明に捉えていた。配信のコメント欄は、少女の身を案じる悲鳴と絶望的な予測で埋め尽くされていく。
『ウルフ3匹に囲まれるとか詰んでるだろ!』
『カメラ置いて早く逃げろ!』
『あーあ、また無謀な新人配信者が消えるのか……』
しかし、画面の中央に立つシオンの表情に、怯えの色は微塵もなかった。
ドレスの胸元にあるリボンを指先で軽く整えると、カメラに向かって、まるでこれからお茶会でも始めるかのような涼しげな微笑みを向ける。
「皆さん、大丈夫ですよ。ちょっと待っていてくださいね」
次の瞬間、中央のウルフが地を蹴って跳躍した。鋭い爪がシオンの顔面に迫る。
視聴者が思わず目を背けたくなるようなその刹那、シオンは動いた。
「――はっ!」
流れるような身のこなし。シオンは一歩も引くことなく、逆に前へと踏み込んだ。
ドレスのスカートが円を描いて美しく広がり、ウルフの爪はそのフリルの端さえ掠めることはできない。すれ違いざま、シオンの手にした短剣が、まるで光の尾を引くように鋭く一閃した。
重い肉の断裂音。首筋を正確に切り裂かれたウルフは、悲鳴を上げる暇すらなく、着地と同時に黒い霧へと変わって消滅した。
『……え?』
『今、何が起きた?』
コメント欄の動きが一瞬だけ止まる。だが、戦闘はまだ終わっていない。
仲間を一瞬で失った残りの二匹が、怒りに狂ったように左右から同時にシオンへと襲いかかった。
シオンは一切の無駄がないステップで軸足を滑らせ、右側のウルフの突進を紙一重で回避。その勢いを利用して、ウルフの胴体を踏み台にするように高く跳躍した。
宙を舞うゴスロリドレス。まるで重力を無視したかのようなその光景に、ドローンカメラが自動で上空を仰ぎ見る。
「そこ!」
上下が逆転した視界の中、シオンは空中で身体を捻り、左側のウルフの脳天に向けて、細いブーツの踵を電光石火の速さで叩き込んだ。
凄まじい衝撃音がダンジョン内に響き渡る。頭蓋を粉砕された二匹目が地面に叩きつけられ、そのまま霧へと霧散していく。
最後の一匹が着地したシオンの背後から迫るが、シオンは振り返ることすらせず、逆手に持ち替えた短剣を後ろへ突き出した。
確かな手応え。振り返ると、短剣の刃はウルフの眉間を正確に貫いていた。
最後の一匹が崩れ落ち、ダンジョンに再び静寂が戻る。
シオンは短剣を鞘に収め、乱れた髪をふわりと手で払った。その間、わずか数秒。ドレスには返り血の一滴すら、埃一つすらついていない。
「お待たせしました。ウルフ、駆除完了です」
カメラに向かって小首をかしげ、満面の笑みを浮かべるシオン。
その瞬間、凍りついていたコメント欄が、恐ろしい勢いで爆発した。
『は??????????』
『マジで何が起きた!? ウルフが一瞬で消えたぞ!?』
『動きが早すぎてカメラが追いついてないwwww』
『新人詐欺だろこれ!! どこのSランクの変装だよ!!』
スクロールが追いつかないほどの称賛と驚愕の嵐。同時に、一桁だった同接視聴者数が、数十、数百へと一気に跳ね上がり始める。
その頃、地上。
とあるカフェのテラス席で、自身の次の配信ネタを探してスマートフォンをいじっていたCランク配信探索者の松浦かなは、新着配信一覧に表示された『シオン・チャンネル』のサムネイルに目を留めていた。
そこには、ウルフの死体が霧散する中で、信じられないほど可憐に微笑むゴスロリ少女の姿が映っていた。
「……え? 何これ、合成? いや、生配信よね……?」
かなは吸っていたストローを止め、食い入るように動画を再生する。バックアーカイブを巻き戻し、先ほどの戦闘シーンを見た瞬間、彼女の背中に電撃のような鳥肌が立った。
(嘘……。この子、ただ者じゃない。無駄のない重心移動、完璧な魔力制御。Fランクなんて絶対にあり得ない!)
配信者としての、そして一人の探索者としての野生の勘が告げていた。この少女は、これからの探索者配信界を揺るがす特大の超新星だと。
かなは興奮で震える指先で、自身の登録者数数十万人を誇るSNSのアカウントを開き、シオンの配信URLと共に一言、投稿した。
【ヤバい新人ちゃん見つけちゃった! みんな今すぐこれ見て!】
トップインフルエンサーによるその一言が、シオンの運命を加速させる、最初の大波紋となった。




