第3話:初陣、華麗に舞う影
探索者ギルドを出たシオンは、その足で都市の近郊にある常設型ダンジョン「若葉の回廊」へと向かった。
男の姿の時、何度も通い、その度に挫折を味わされた初心者用の低層ダンジョンだ。
薄暗い岩肌が続く通路。ひんやりとした湿った空気が肌を刺す。
男の時の紫苑であれば、この独特の薄暗さとカビ臭い空気だけで、恐怖のために足がすくんでいた。
しかし、今のシオンの心にあるのは、不思議なほどの静寂だった。
「本当に、体が軽い……」
ドレスのフリルをわずかに揺らしながら歩を進める。
ゴスロリ服は一見すると戦闘に不向きだが、固有スキル「境界のヴェール」がもたらす超常的な身体能力の前には、衣服の摩擦など皆無に等しかった。むしろ、布地が擦れる微かな音すら、自分の集中力を高めるBGMのように感じられる。
その時、前方の暗闇から、カチカチと不快な爪の音が響いた。
シオンは足を止め、闇を見据える。
現れたのは、赤く濁った目を爛々と輝かせる三匹のファングラットだった。大型犬ほどのサイズがある凶暴な大鼠だ。
昨日、男の姿の紫苑を襲い、その武器を噛み砕いて絶望のどん底に突き落とした因縁の魔物である。
「ギィィィッ!」
一匹のファングラットが、鋭い牙を剥き出しにしてシオンの喉元へと跳びかかってきた。
男の時の視界なら、それは一瞬で間合いを詰められる恐怖の突進だった。しかし、今のシオンの目には、その軌跡がまるでスローモーションの映像のように、はっきりと、鈍く映っていた。
「見える……。これなら、避けられる!」
シオンは細い足で地を軽く蹴った。
次の瞬間、シオンの身体は重力を無視したかのように真上へと跳ね上がっていた。
ドレスの裾が華麗に広がり、宙で一回転する。ファングラットはシオンがさっきまでいた空間を虚しく通り過ぎ、岩壁に激突した。
驚異的な跳躍から、シオンは無音で着地する。
残る二匹が、仲間の失敗に動揺することなく、左右から同時に挟み撃ちを仕掛けてくる。
シオンは腰のベルトから、ギルドで支給されたばかりの安物の短剣を抜いた。
男の腕力では重く感じられたその鉄の塊が、今は羽毛のように軽い。
「はぁっ!」
鋭い踏み込み。シオンの姿が、一瞬だけ陽炎のようにブレた。
左から迫る個体の懐へと滑り込み、流れるような動作で短剣を一閃させる。刃はファングラットの強固な毛皮を紙のように切り裂き、その首を正確に跳ね飛ばした。
黒い霧となって消えていく魔物には目もくれず、シオンは即座に軸足を反転させる。
右からの突進に対し、ドレスのスカートを大きく翻してその攻撃を完全にいなした。すれ違いざま、無防備になった魔物の背後から、心臓の位置へと短剣を真っ直ぐに突き立てる。
ジジ、と短い音を立てて、二匹目もまた魔石を残して消滅した。
最後に残った、壁に激突して目を回していた一匹が、ようやく状況を理解して怯えの声を上げる。
仲間を瞬殺した「美少女」の姿をした怪物を前に、ファングラットは尾を巻いて逃げ出そうとした。
しかし、シオンの速度はそれを許さない。
「逃がさないよ」
小さな呟きと共に地を這うようなステップで距離を詰め、逃げる魔物の脳天を、細いブーツの踵で容赦なく踏み抜いた。
ドサリ、という音のあと、最後の魔物も霧へと変わる。
通路に残されたのは、三つの小さな不純物のない魔石と、何事もなかったかのように佇むシオンだけだった。
「……勝った。あんなに怖かった魔物に、かすり傷一つ負わずに」
シオンは自分の手を見つめた。
手袋は白いままで、返り血の一滴すらついていない。完璧な勝利、完璧な無双。
これが、自分に隠されていた本物の力。
シオンの胸の奥で、かつてないほどの高揚感と、夢への確信が炎となって燃え上がった。
この華やかなドレスを身に纏い、自分はダンジョンの深淵へと突き進む。そして、世界中の人々を魅了する最高の配信探索者になってみせるのだと、シオンは強く誓った。




