第2話:偽りの少女、ギルドの門を叩く
鏡に映る自分を何度も確認し、外村紫苑は深く息を吐き出した。
姉の残したゴスロリ服に身を包み、入念にウィッグを整えたその姿は、どこからどう見ても可憐な美少女そのものだった。男の時の面影は、その圧倒的な美貌の裏に完全に隠蔽されている。
手にしたステータスカードには、依然として信じられないほどの高い数値が並んでいた。
「よし……。やるんだ、俺。いや、これからはシオン、だ」
一度きりの人生、あのまま泥を這いつくばって終わるなんて絶対に嫌だ。紫苑は自分の名前をもじった「シオン」という偽名を胸に抱き、意を決して自宅の部屋を飛び出した。
向かう先は、探索者ギルドの国内主要支部の一つ。
重厚な石造りの門をくぐり、自動扉を抜けてロビーへと足を踏み入れた瞬間、シオンは強烈な空気の圧力を感じた。
がやがやと騒がしかったギルドのロビーが、一瞬にして静まり返る。
そこにいたのは、傷だらけの甲冑を身に纏った戦士や、物々しい杖を携えた魔法使いなど、荒くれ者ばかりの探索者たちだ。彼らの視線が、一斉にシオンへと注がれる。
「おい、見ろよ……なんだあの凄まじい美少女は」
「コスプレイヤーか? いや、あのドレス、仕立てが普通じゃねえぞ」
「探索者登録に来たのか? あんな華奢な子がダンジョンに入ったら、一溜まりもないだろ……」
ヒソヒソと交わされる戸惑いと感嘆の声。男の姿の時なら、完全に無視されるか邪魔だと突き飛ばされていた空間だ。それが、姿を変えただけで世界の中心に立たされているかのような錯覚を覚える。シオンは緊張で心臓が破裂しそうになるのを必死に抑え、背筋を伸ばして受付窓口へと歩を進めた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
窓口でシオンを迎えたのは、端正な顔立ちにギルドの制服をスマートに着こなした女性、七瀬あずみだった。
あずみは21歳という若さながら、元Aランク探索者という異例の経歴を持つ案内嬢だ。彼女の目は、ただ可愛いだけの女の子を見るものではなかった。シオンが窓口の前に立った瞬間、あずみの切れ長の瞳が僅かに細められる。
(……ただの女の子じゃない。この歩き方、無駄がなさすぎる。それに、この身体の芯から漂う、冷徹なまでに洗練された魔力の揺らぎは一体何?)
あずみは内心の動揺を一切表に出さず、プロフェッショナルな微笑みを維持した。
「あの……新規の探索者登録をお願いしたくて」
シオンは事前に練習した通りの、少し高めで鈴を転がすような声を意識して発した。女装時の固有スキルのおかげか、発声すらも完璧に女性のものへと変化している。
「探索者登録ですね。かしこまりました。では、こちらの魔力測定器に手を置いていただけますか?」
あずみが提示したのは、透明な水晶がついた黒い台座だった。
男の姿の時に一度登録しているため、二重登録で弾かれないかという不安がシオンの脳裏をよぎる。しかし、固有スキルの「隠蔽」の効果を信じるしかなかった。
シオンがそっと白い手袋を外し、細い指先を水晶に触れさせる。
直後、水晶が青く透き通るような輝きを放ち、ギルドのシステムへデータが登録されていく。
「はい、確認いたしました。お名前は『シオン』さん、14歳ですね。登録上、二重登録などの問題はありません。ただ……」
あずみは手元の端末に表示された数値を一瞥し、真剣な表情でシオンの目を見つめた。
「シオンさん。ご存知かと思いますが、探索者の世界は非常に危険です。特にあなたのような可憐な容姿をされていると、ダンジョン内だけでなく、不届きな探索者から目を付けられるリスクも高まります。失礼ですが、その衣装で本当に戦えるのですか?」
元Aランクとしての、純粋な忠告だった。命を落としていく若者を、あずみは何度も見てきたのだ。
「大丈夫です。私、これじゃないと……本気が出せないので」
シオンはまっすぐに、あずみの視線を受け止めた。その瞳の奥にある、決して揺るがない強い意志。
あずみはしばらくシオンを見つめていたが、やがて降参したように小さく息を吐き、微笑んだ。
「分かりました。その強い目、嫌いじゃありません。では、シオンさんをFランク探索者として正式に登録します。これがあなたのステータスカードです」
手渡された新しいカードには、男の時の身分とは完全に切り離された『シオン』の文字が刻まれていた。
「ありがとうございます!」
シオンはカードを大切に受け取り、深々と頭を下げて窓口を離れた。
もう後戻りはできない。二つの姿、二つの登録。
偽りの少女シオンとしての、本当の冒険が今、ここから始まるのだ。




