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第1話:少年がドレスを纏う時


薄暗い自室のベッドに横たわり、外村紫苑は天井の染みをじっと見つめていた。体に染みついた泥と汗の匂いが、鼻腔を不快に刺激する。今日もまた、何一つ成果を出せなかった。

14歳になった紫苑は、念願の探索者資格を手に入れたばかりだった。世界中にダンジョンが出現し、そこから得られる魔石や素材が莫大な価値を持つようになって久しい。現代の英雄である探索者になり、その冒険の様子を世界に届ける配信者になること――それが紫苑の、たった一つの大きな夢だった。

しかし、現実は残酷だった。

「はは……ゴブリン一匹に、また武器を弾かれるなんてな」

紫苑は自分の細い両手を見つめた。筋肉がつきにくい華奢な体躯、お世辞にも高いとは言えない魔力適性。今日潜った初心者用のダンジョン第1層でも、最弱の部類であるゴブリンを前に足がすくみ、命からがら逃げ出すのが精一杯だった。持ち帰れたのは、道端に落ちていた二束三文の屑魔石が数個だけ。これでは、夢である配信探索者を始めるための最低限のドローン機材すら買いそろえることはできない。

夢を見る資格すらないのだろうか。そんな鬱屈とした感情を紛らわすように、紫苑はスマートフォンを手に取り、動画配信サイトを開いた。画面に映し出されたのは、今をときめく人気Cランク配信探索者、松浦かなのチャンネルだった。

『はーい皆さんこんにちは!かなチャンネルへようこそ!今日はね、新しく発見された遺跡風ダンジョンの特集だよ!ほら見て、この壁画、すごく神秘的じゃない?』

画面の中のかなは、華やかな笑顔を絶やさず、軽快なトークで視聴者を楽しませている。背後から魔物が迫っても、彼女の専属の護衛たちが鮮やかにそれを退け、かなはカメラに向かって可愛らしくウィンクしてみせる。コメント欄は、可愛い、流石プロ、といった称賛の言葉で恐ろしい速度で流れていた。

「いいな……。俺も、あんな風に誰かをワクワクさせる配信がしたかった」

画面の眩しさに耐えかねて、紫苑はスマートフォンの電源を落とした。暗転した画面に映る自分の顔は、男らしくもなく、かといって何ができるわけでもない、ただの冴えない少年のものだった。

紫苑はベッドから起き上がり、部屋の隅にある古いクローゼットへと歩を進めた。現実逃避だった。何か別のものになれば、この惨めな自分を忘れられるのではないか、という根拠のない衝動。

クローゼットの最奥、厳重に保管されていた衣装ケースを開ける。そこに眠っていたのは、数年前に他界した、年の離れた姉が残した遺品だった。

それは、黒と白を基調とした、フリルとレースが贅沢にあしらわれたゴスロリ風のドレスだった。姉は生前、服飾の仕事を目指しており、これは彼女が最高傑作だと自慢していた一着だった。

紫苑は幼い頃から顔立ちが母親に似て端正で、姉によく着せ替え人形の玩具にされていた。当時は嫌がっていたはずのその行為が、なぜか今の紫苑の脳裏に鮮烈に蘇る。

「……一回だけ。一回だけ、試してみるか」

誰に見せるわけでもない。ただの悪ふざけだ。紫苑は自分の服を脱ぎ捨て、慎重にそのドレスに袖を通した。細身の紫苑の体には、驚くほどぴったりと仕立てが合っていた。背中のファスナーを閉め、胸元のリボンを整える。最後に、クローゼットの鏡の前に立った。

その瞬間、紫苑の身体に激しい衝撃が走った。

「っ……!? なんだ、これ……!」

視界が突如として、恐ろしいほど鮮明になった。まるで世界の解像度が一段階上がったかのように、部屋の隅の小さな埃までがはっきりと見える。それだけではない。耳をすませば、遥か遠くを通る車のエンジン音や、風に揺れる木の葉の擦れ合う音までが個別に聞き分けられた。

そして何より、体内で爆発的に膨れ上がる未知の魔力。それは濁流となって紫苑の細い四肢を駆け巡り、全身の細胞一つ一つが歓喜の声を上げているかのような全能感を伴っていた。重かった体が、まるで羽毛のように軽い。

紫苑は震える手で、ポケットから先ほどギルドで更新したばかりのステータスカードを取り出した。探索者の能力を数値化するその魔法のカードを、おそるおそる覗き込む。

「嘘だろ……」

カードに表示された数値は、男の姿の時とは完全に一線を画していた。筋力、敏捷、魔力、すべての項目が十倍以上に跳ね上がっている。それどころか、見たこともない文字列が、固有スキルの欄に刻まれていた。

『固有スキル:境界のヴェール(女装時、全ステータス極大上昇。隠蔽・魅了耐性付与)』

紫苑は息を呑んだ。男としての才能は皆無だった。しかし、このドレスを纏い、女性として振る舞う時、自分は世界を引っくり返すほどの力を手にする。

鏡の中に映る自分を見た。そこには、長い睫毛の奥で強い光を放つ瞳を持った、息を呑むほどに可憐な、しかし圧倒的な強者のオーラを放つ一人の「美少女」が立っていた。

紫苑は、自分の境界を越える決意を固めた。この偽りの姿こそが、自分の夢を叶えるための、本物の翼なのだと確信して。


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