暁の残月。三
私の処遇……。改めて背筋を正し宣言します。
「栗橋茉莉は一介の術士として護国の御役目を続けるつもりです」
「土御門はそれを認めた」
お父さまは頷きました。
「承知しました。茉莉が倉橋に戻るのは無理と分かっている。ただ、君の子についての可能性は考えておいてくれ」
血を継ぐことも御役目の一部ということですか。それと完全に交流を断絶したくはないということもあるでしょう。
「私はまずは桐花お嬢様の子が継ぐべきと考えております」
「うむ、それでも構わない」
「今後、倉橋の御役目を手伝っても良いと思っています。もちろん、適正なお仕事としてなら」
「それは助かる。無論、その場合は支払いを適正に行うと約束しよう」
これに関して黒揚羽蝶から言葉が発せられることはありませんでした。家のことには問題なければ踏み込まないというお立場なのでしょう。
「茉莉、今更ながらすまなかった」
お父さまは頭を下げます。
「はい」
「頭を下げるだけでは少々不足ではないかな」
ここで有宣様が口を挟みました。
「今後の支払いは適正にと約すのは良きことであろう。これまでに関しては?」
「私は先ほどそれを放棄すると申しましたが」
桐花ちゃんが今まで私の霊力を奪っていたことについての話でしょう。私はそう言います。
「倉橋の当主としてはそれで良いのかね?」
「いえ、良いはずがありません。それと彼女が本来あるべき、倉橋の当主としての座を奪ってしまったことも」
有宣様の言葉に、お父さまはそう答えられます。そして私に問いました。
「茉莉、何かこちらでできることはないか」
「そうですね……」
私は考えます。
例えば過去のことに関して私が金銭的保障を求めたとして、それはもちろん受け入れてくれるでしょう。しかしそれに何の意味があるでしょうか?
ああ、そうです。
私は膝の上で丸くなった黒い塊を持ち上げます。
「んに」
「私の式神、ヒスイですが元はといえば蘆屋道満の式神です。彼を連れることをお認めください」
「蘆屋道満……」
お父さまは天を仰ぎました。たとえ術士でなくとも蘆屋道満は歌舞伎やらの悪役として当然知っているものです。ここは倉橋なのですからなおのこと。
「……認めよう。というより、それは私たちがどうこう言えるものではない。茉莉が倉橋を出たから、彼と契約する機会を得たのだろう?」
「はい」
「それが悪妖でないなら……」
お父さまがそう言った時、ヒスイはにぃと笑みを浮かべます。
「僕は悪妖だが」
お父さまが咽せました。しばしして、言葉を続けます。
「悪妖であっても、悪をなさない限りは認めよう。他には?」
ヒスイは私の手の中からするりと抜けて床に降り立ちます。
確かにヒスイは過去の因縁はともかく、倉橋家とは無関係ですものね。保障にはなりませんか。認めてくださるという言質をいただければそれで満足です。ええと、他には……。
ヒスイはててて、と少し離れると、床の上でころころと海栗を転がして私の前に持ってきました。なるほど。
「天后さんを連れて行っても良いですか?」
「む……」
蝶がひらひらと舞い降りて、海栗の棘の一本に止まりました。
「これは倉橋である彼には決められぬことだ。よってこちらで判断しよう」
「はい」
十二天将のことですからね。確かに倉橋家だけで決められることではないでしょう。
「そして土御門の当主として明言しよう。栗橋茉莉が式神・天后を使役するのを認めると」
海栗はわさわさと棘を振りました。喜んでいるかのように。揚羽は再び空を舞います。
「そもそも天后を励起したのは茉莉嬢、君なのだ。君にしか使えないのだから、御役目などで使役してくれると良い」
「ありがとうございます」
「その方が、天后も当世を楽しめるだろう。ただ、君が術士を辞めるときには返してくれればいい」
「はい」
「こんなところで妥当か」
術とは、式神とは家の秘したる技。最高位の式神をいただけるというのは通常であれば考えられぬ価値があります。もちろん、天后を土御門や倉橋の他の術士が扱えていないというのが大きいのでしょうけども。
私とお父さまは同時に頭を下げました。
「では今日はお時間をいただき、ありがとうございました」
「うむ。こちらこそ」
「六花……六様にもご健勝でとお伝えください」
「そうだな。必ず伝えよう。彼女がその言葉を受け止められる日がいつになるかはわからぬが」
お母さまは意識を失っています。花を手折られた彼女は倉橋家当主としての称賛を受けることがもう叶わない。
それはお母さまには耐え難い苦痛と思います。でも私もお父さまも、決して不幸になって欲しくてそうしたのではないと。いつか分かり合えればとも思うのです。
「お姉ちゃん。行ってしまうの?」
桐花ちゃんがそう声を上げました。
「ええ。桐花お嬢様も……桐花ちゃんもお元気で」
「私を見捨てて行っちゃうの?」
まるで幼子のように。




