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【書籍化】三日月の綺麗な或る宵の一幕  作者: ただのぎょー


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暁の残月。二

 蝶紋と呼ばれる家紋の種類があります。

 土御門家の、あるいは倉橋家もそうですが、そのうちの一つ、揚羽蝶を家紋としているのです。

 ですがそれを式神として使役する術は宗家にのみ伝承され、倉橋家では失伝していたようですね。お母さまも知らないとなるとそうなのでしょう。


「こちら、土御門家の諜報・通信用の式神、黒揚羽です」


 恐ろしい術です。電話ですら東京と大阪を結んだのがつい十年前というのに、音声に加えてこの蝶が見たものまで京にいる土御門家の術士のもとまで届けるというのですから。

 お母さまの顔が驚愕に染まりました。


「茉莉、なぜ黙っていたのです」

「それは……」


 私が答えようとすると、揚羽が羽根を震わせました。そこから男性の声が響きます。


「責めるでない、六花。こちらが黙っているように頼んだのよ」


 式神越しであるからなのか、遠く離れているからなのかはわかりません。酷く掠れたような、砂嵐のような音が混じります。

 ああ、アメリカから輸入されたという蓄音機の音というのを千代ちゃんたちと聞きにいったことがありますが、それに近いかもしれません。

 その掠れた声に対する、お母さまの反応は劇的でした。


「有宣《ありのぶ》様!」


 そうおっしゃって床に手をつき頭を下げます。

 ふんす、とヒスイは鼻を鳴らして頭をもたげました。


「どうしたの?」

「有宣ってのは安倍家が土御門になった初代の名だな。僕が京を出た頃の話だ。それを継いでるのか」


 ヒスイは確か応仁の乱の頃に京を出たと言っていましたから四百年以上前の話ですか。

 ちなみに今の土御門家のご当主は晴栄様です。表の顔と、術士としての顔を分けていらっしゃるのでしょう。


「良く知ってる。君が臥待月の衛士か」

「今の名はヒスイだ」


 ヒスイは再び私の膝に頭をおろしました。

 蝶は私の指から離れ、お母さまの前で羽ばたきます。


「頭を上げなさい。式神に礼をされてもしかたない」

「はい。こ、これは……お見苦しいところを……」

「うん」


 お母さまの言葉を蝶は肯定しました。


「家の後継については本来、倉橋家の中での話だ。いくら宗家であるとて、うちが口を挟むのは好ましいことではない」


 お母さまは小さく頷きを返しました。どう答えるのが正解かわからないのでしょう。


「だが、その判断に明らかな不正や不実があれば、それを見過ごすわけにはいくまいよ」

「不正では……私も娘に、桐花に騙されていたのです!」


 桐花ちゃんが身を起こしました。まだ意識は朦朧としているようです。


「お母さま……」

「ああ、桐花。お前が茉莉の霊力を奪っていただなんて……!」


 お母さまは知らなかったゆえに判断を誤ったという方向に話を持っていこうとしました。

 そんなはずはありません。知ってはいなくとも勘づいてはいた。桐花ちゃんが私に会いに来るのを黙認していたのですから。

 ですが有宣様はそこを追求はなさいませんでした。


「無知ゆえというのだな。だが先ほど、茉莉嬢は無知を自分の責任として君も受け入れていただろう。それなのに親である六花は無知ゆえに責任から逃れるというのかい?」


 私が過去に桐花ちゃんから霊力を奪われていたことを不問としたこと。それをお母さまが簡単に受け入れてしまったことが、自身の首をしめることになったようです。


「それは通るまいよ」


 お母さまは青ざめてしまい返事ができません。


「よろしいでしょうか」


 代わりにお父さまが声を上げます。


「おお、どうぞ」

「我々は多くを間違えたようです。それは妻の判断もそうですし、子の教育もそう。御役目を為す他家にも迷惑をかけました」


 お父さまは桐花ちゃんの頭を下げさせ、自分も床に額が着くまで深く頭を下げました。

 蝶はひらひらと舞います。


「それで、どうする?」

「茉莉を倉橋に戻す訳には行きますまい。桐花に継がせましょう。土御門家の預かりとしていただけませぬか。性根を叩き直し、一から修行させてください」

「あなた何を……!」

「六花、君では導けまい」


 お母さまが反論しようとしましたが、お父さまはそれを断ちました。


「なるほど、それは構わないけどね。六花は?」

「当主としての権限を封じます」

「何を言ってるの!」

「六花、君の名から花を手折ろう。これからは六《りく》と名乗り、一術士として働くべきだ」


 私も驚きました。お父さまは倉橋家を術士としての当主不在にするおつもりのようです。


「そんなこと認められるわけないでしょう!」

「それが責任の取り方というものだ」

「当主は私なのよ! 婿入り風情が……!」


 お父さまは悲しそうに眉を寄せました。


「黙れ」


 有宣様がおっしゃいます。部屋の温度が一気に下がったような錯覚を覚えました。

 それは呪。言霊。式神越しに術が叩きつけられ、お母さまの言葉は途中で止められ、呼吸すら困難になったように喉を掻きむしります。


「お前、自分が責任を逃れられると思っているのか? 何かあるなら言ってみるがいい」


 とうてい言葉を放てる状態ではないでしょう。


「なあ、六花。式神越しの言霊一つ抵抗できなくて、何が倉橋の当主気取ってるんだ? どれだけ修行を怠ってるのか。お前に当主たる資格はない。君の夫の方が力はなくても道理は失ってないよ」

「妻が申し訳ありません」


 お父さまが再度頭を下げました。


「構わない。最後に茉莉嬢の処遇についてだな」

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― 新着の感想 ―
コレは教育やろなあ( ˘ω˘ )
保身に走りおった。
やっとまともな大人かと思ったらこいつも主人公のドアマット黙って見ていた系やん…。
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