暁の残月。一
ξ˚⊿˚)ξ最後の章ー。エンディングパート的な
私はヒスイに抱き上げられてお父さまお母さまの前に向かいました。
「降ろして」
「うむ」
ヒスイは私を二人の前の床に下ろすと、桐花ちゃんの方に向かいます。
床に倒れている彼女を、首の裏と帯を掴んで、猫が子猫を持ち運ぶように吊り下げて連れてきました。そしてお父さまに預けると、彼は黒猫の姿に転じて私の膝の上に乗りました。
「お疲れさま」
「なあ」
私は彼の毛並みを撫でてそう労いました。ヒスイはもう自分の仕事は終わったとばかりに丸まります。思わず笑みが浮かびました。私も疲労感がありますし、こうしてヒスイを撫でて休んでいたいところですが、さて。
私は正面に座るお母さまを見つめました。
びくり、と彼女の肩が揺れます。
「六花様。私も、強くなれましたでしょう」
「え、ええ。そうね」
お母さまの声が震えています。私に怯えているかのように。かつて、お母さまの前に立つと私が震えていました。結局、私が霊力を失っていたため、威圧を感じていたに過ぎないのだなと。力による上下などなんと虚しいことかとも思います。
ただ、今夜ばかりはそれによって関係を精算せねばとも。
「さて、話し合いの途中で桐花お嬢様が式神を使役して攻撃を仕掛けてきたわけですが」
「……し、姉妹のじゃれあいというものです」
非常に苦しい言い訳に思います。背後でお父さまも眉をひそめていらっしゃいますが、倉橋家としてはそう言うしかないかもしれません。
これの責任問題はちょっと大きすぎるからです。術士が式神を使役して人間を攻撃して良いはずがないので。
私は天を見上げました。黄色い満月も、またたく星もよく見えます。道場は非常に風通しも良い。
外が騒ぎになっていないのは人払いの結界が張ってあるからでしょう。
「まあ、じゃれあいというなら当然、家屋への被害などは気にしなくて良いですわね」
膝の上でヒスイがくふっ、と笑います。
倒壊の半分は天后によるものと思いますが、万が一にも折半で賠償などと言われても困りますから。
「……そうね」
「さて、どこまでお話ししていましたでしょうか。桐花お嬢様が私の霊力を吸収していた過去のことは構わないので、今後はやめるようという話でしたか」
「ええ、それはもう仕方ないわね。そうさせます」
あら。認めましたね。
「ただ……」
お母さまは苦渋を飲むような、険しい表情をなさり、絞り出すようにおっしゃいます。
「茉莉、いえ、茉莉花さん。倉橋家に戻って御役目を行ってくださらない?」
お母さまが私に『お願い』をしました。『命令』ではなく。
それは彼女にとって最大限の譲歩であったことでしょう。
「六花、やめよ」
「あなたは黙っていて! ……こうするしか」
お父さまが嗜め、お母さまはそれを否定します。
「六花様、さすがにもうそれが通る段階ではありませんでしょう」
「なぜ!」
「一つに倉橋が私を無能と追放したことを界隈に広く周知してしまっているではないですか」
うっ、とお母さまは唸ります。
「そして私としても今更この家に戻りたいとは思いませんし、何より六花様ご自身すら私が戻るのを嫌と思っていらっしゃるでしょう」
「でも仕方ないじゃない! こうするしか……倉橋が残る道は……」
私は首を傾げます。
「六花様。私が戻らなくても倉橋が潰れるようなことはありません」
術士の霊力の大きさというものは、どうしても血縁や生まれながらの資質に影響されるものです。
よって、ある術士の家系で霊力が強くない世代があっても良い。それはそれとして血を繋いでいくことが求められるものであり、いつかその子や孫がまた術士として立つ。そういうものです。
なので、桐花ちゃんがちゃんと血を継いで、あるいはそうでなくとも親戚のうち素養ある者を養子として継いでいけば良い。そんなことはお母さまも当然わかっているはずなのですが。
「そんなのは許されないの! 私の、私の子がちゃんと倉橋の当主として……」
ぶるぶるとお母さまは震え出しました。
そういえば梅お婆さまもここにくる直前、お母さまについて言っておられたのです。
『六花の考えはあまりよくわからんさね。ただ、あの子の世代はあまり霊力そのものが高くなかった。それがちょっと執念のようになってしまっているのかもねえ』
お母さまは倉橋家を私や桐花ちゃんの代で最高にしたいと思っているような節があったのだなと。それは私たちへの愛なのか、自分が得られなかった術士としての栄光を、その親であるという形で得たかったのか。いや、それらは複雑に絡み合っているのでしょう。だからこそ成長するに従って霊力を失っていくように見えた私を酷い裏切りのように感じてしまったのだなと。そう今ならわかります。
「そう、土御門家に知られる前なら、この会談で和解したことにできる。まだ間に合うのよ……」
ああ、そういえばこれも気づいていらっしゃいませんでしたね。
「お母さま。それはもう手遅れというものです」
私は手を横に伸ばしました。
「……何を?」
伸ばした手の指先に、黒の揚羽蝶が止まりました。
「気づいていらっしゃいませんでしたか?」




