蒼月、沖天に坐す。四
桐花ちゃんが私のところに来ることを禁じる要望、それを口にすれば真っ先に反応する人がいます。
「お姉ちゃん酷い!」
桐花ちゃんが立ち上がってそう叫びました。私は緩く首を傾げます。
「酷い? それを桐花お嬢様が言うのですか?」
「だって……!」
桐花ちゃんが反論しようとしたところで咳払いが一つ、お父さまです。今は私と倉橋の長たるお母さまの話であり、家族の会話ではないのですから。
桐花ちゃんの言葉が止まり、お母さまが振り返りたしなめます。
「桐花さん、お座りなさい。喧嘩をしているのかなにかわかりませんが、後になさい」
そうして前に向き直り、私に鋭い視線を向けます。
「もし姉妹のつまらぬ諍いを持ち込んでいるというなら、それに土御門家まで巻き込んでいるというなら……」
「いえ、これはもっと重大な用件です」
許しませんと言おうとされたのでしょうが、私はお母さまを見つめ返して否定しました。お母さまは面倒そうに小さくため息をつきます。
「まずそもそも、桐花さんには貴女のところに行かないようにと何度か伝えてあります」
そうですね、それは真実でしょう。お母さまは私を倉橋の家にとって無価値、あるいは害あると思っていたはずで、家を継ぐ桐花ちゃんがそんな姉と交流を続けるのを良く思っていないはず。
「しかし、それでも桐花お嬢様が私に会いに、月に二、三度は梅お婆さまの家にやってきています」
「存じています」
お母さまは頷きました。
梅お婆さまから報告はいかないでしょうが、桐花ちゃんが出かけるときに監視とまでは言わないにせよ護衛や荷物持ちも兼ねて男手をつけていることはありそうです。そちらから両親に報告がいっているでしょう。
お母さまは言葉を続けます。
「桐花さんは心清らかですから……」
「ふん」
ヒスイが鼻で笑いました。
きっ、と桐花ちゃんがヒスイを睨み、猫が話を理解して聞いているとは思っていなかったのであろうお母さまが一瞬唖然としました。
式神なのですから別にその程度の知恵があって不思議ではないのですが、お母さまは私を見下しているために、もっと下位の動物霊かなにかを式にしたと思っていたのでしょう。
「にゃーん」
ヒスイは白々しくそう鳴いてぷいっと顔を逸らします。私はその様子に思わず吹き出しそうになって太ももをつねりました。
「……桐花さんは心清らかですから、勘当された不肖の姉の様子が心配なのでしょう。それをありがたく思ったり、あるいは申し訳なさからもう来ないようにというのなら分かります。しかし、それを邪険にするなどどういうおつもりです」
……うーん。やはりお母さまは桐花ちゃんが私の霊力を吸っていたということは知らないように感じます。
私もそうでしたが、周囲の人間にはそれを気付かれづらいというのも桐花ちゃんの能力の一端なのでしょうか。
「六花様は、桐花お嬢様が私を心配したり、私と仲良くするために会いにきていたとお思いですか?」
「……別の目的があったと?」
私は頷きます。
「それを答える前にもう一つ問わせていただきます」
「何かしら」
「過日の新宿での火災について伺いたく思います」
お母さまの顔に、一瞬不快を示す皺が寄りました。
「桐花さんはそれ以前から、随分と熱心に妖の討伐や除霊に動かれていました。疲れも溜まっていたのでしょう。討伐時に騰蛇様を招来せんとし、その制御を失いました。ただ、対象の妖はきちんと討伐しています。なにか問題でもありますか?」
「いいえ、それ自体は立派なことと思います」
騰蛇を使役せねばならないとは上位の妖を相手取った筈です。それを討伐する際に、周囲に被害が出てしまうのは仕方のないこと。
御役目においてそれはある程度まで許容されています。
「では過ぎたことをわざわざ……」
「問題はその後です」
お母さまは有耶無耶にして切り抜けようと思っていらっしゃるかもしれませんが、そうはいかぬのです。
「あの後、桐花お嬢様が湯島、師範学校にいらっしゃり、そこで騰蛇が権能を振るいました。無論、存じておりますね?」
知らない筈はないのです。
何があったが桐花ちゃんが口を噤んでいようと、あの日霊力者たちが集まっていたはずの御役目の現場から、桐花ちゃんに憑依した騰蛇は脱走したのですから。
誰かしら追跡していないはずがない。人の気配は感じられませんでしたが、少なくとも術や式を使って監視していたはず。
「……ええ」
お母さまは苦汁を飲むような表情で肯定しました。
「ではなぜ私や学校に連絡や謝罪がないのでしょうか」
「あなたは家族じゃない!」
「元、です。そしてそれは学校に連絡がない理由にはなりません。あの場にいた用務員のお爺さまは騰蛇と戦っているのですよ?」
この対応はあり得ない。彼が達人でなければ死んでいたのだから。
「被害が出なかったのを良しとして隠蔽をはかりましたか」
「そのようなこと!」
「では何故ですか?」
認めはしないでしょう。しかし、理由を説明できないことは心象を悪くしているだけなのですが。
お母さまは黙して語らないので、私は続けて問います。
「そして、彼女たちは私に会うために師範学校に来たのですが、それが本当にただ遊びに来ただけだと思っていますか?」
そう。普段、梅お婆さまのところに来たのはそう言い逃れられても、これだけはできない。
だん! と足音がしました。
「お姉ちゃん、なんでそんな意地悪なことを言うの!」
桐花ちゃんが、耐えられなくなったようでした。




