蒼月、沖天に坐す。五
「桐花お嬢様、理由はわかっているでしょう」
「桐花」
お父さまが桐花ちゃんをたしなめました。
これは土御門家にも話を通してある正式な交渉なのです。
桐花ちゃんは、だん、と音を立てて床を蹴り、ぷいっとそっぽを向いて座りました。
「失礼した。具体的に言って貰って構わない」
お父さまが此方にそう差し向けます。
「桐花お嬢様は霊力を奪い、自分のものとする能力を持っています。それにより私の霊力を幼少の頃から奪い続けていました」
「なんということを……!」
そう説明すれば、お父さまは頭を抱えます。
お母さまは無表情で此方を見つめていました。
「私が勘当されてから会いに来ていたのも、師範学校に来たのもそのためです」
しばし、沈黙が道場を支配しました。
お母さまはゆっくりと問いかけるように言います。
「なるほど、それのどこに問題が? 家族ではないですか」
ふむ、そういう話にしますか。
「元、ですけどね。一般的に言えば、無断でなにかを持っていくのは家族間でも問題であるとは思いますし、霊力の収奪は禁忌です。しかし、過去に関してはとやかく申しません」
「あら?」
想定外の反応だったのか、お母さまは軽く首を傾げました。
実際、霊力の合意の上での譲渡は頻繁にあることです。そもそもそれがなければ複数の術士が集まって儀式を行使することなどできませんし。ただ、術士間での霊力の一方的な収奪は禁忌なのです。
「私が過去に桐花お嬢様に霊力を奪われていたこと、合意の上であったとしても構いませんよ」
これは大きな譲歩です。私の交渉の手札を一枚たどで捨てたに等しい。
「それはありがたいけど……?」
「梅お婆さまもおっしゃっていましたが、奪われていたことに気づけなかったのは術士としての私の落ち度だと。私もそう考えているからです」
「そうですね。その通りでしょう」
お母さまは満足げに頷きます。
私は悲しみを覚えました。その奪われていたのも、お母さまの娘なのですけどね。
「ですが!」
私は強く言います。
「それに気づいたのですから、今後の収奪は認められません。それ故、今後は桐花お嬢様が私への接近を禁止するようお伝えに参ったのです」
桐花ちゃんは動揺したように肩を揺らしますが、お母さまはなんということもないように命じます。
「茉莉、これから桐花さんに霊力を献上なさい。無断なのは悪いことだわ。でも合意の上でなら問題ないでしょう?」
「お断りします」
霊力の譲渡は認められています。しかし、それをして差し上げる気はありません。
「倉橋の術士としての当主として命じます。茉莉、霊力を桐花さんに献上なさい」
「栗橋茉莉としてお断りします」
私はもう倉橋ではないのですから。
「茉莉、あなたの復縁を許してもいいわ」
気持ちがざらつきます。それは結局、私を妾にして飼い殺そうとしたのと同じではないですか。
「そうして霊力を桐花お嬢様に献上しろと?」
「それが御役目というものでしょう」
霊力を吸収するのも術ですから、そこで失われる霊力は必ず存在します。
御役目、あるいは護国ということを心からお母さまが考えていらっしゃるなら、私と桐花ちゃんを別々に術士として立たせた方が絶対に良い筈なのです。
目から涙が流れ落ちます。
「失礼」
私はそれを手巾で拭いました。
ヒスイが足音もなく私の膝元に寄ってきて私を見上げます。黒い毛並みを撫でれば、気持ちは少し落ち着きました。ヒスイはその私の手を舌で舐めます。
私と桐花ちゃんを術士として立たせるために私を再度迎え入れるというなら、私自身は倉橋家に戻っても良かった。もちろん、その場合も蘆屋道満の式であるヒスイを認めてくれるかという問題はありますが。
しかし、霊力を桐花ちゃんに与えさせ、私を飼い殺すというのは、お母さま自身の好悪や、面目を守るために過ぎません。
私が無能であり追放したというのは公表してしまっているのですから、その撤回はお母さまの間違いを、あえて言えば気づけなかった無能を晒すことに他なりませんから。
「倉橋の術士として、正気の言葉とは思えません」
「何を生意気なことを」
「霊力を吸収されて使われるなら、私が自身で扱った方が効率が良い。当然の話ではありませんか?」
「六花」
お父さまがお母さまに声がけします。
「茉莉の言うことが正しい。土御門家だってそれは認めまい」
「あなたは黙っていて!」
そう感情的に叫んだかと思えば、俯いて呟き出します。
「そう、まだこの会談が土御門家に伝わっていない。茉莉を幽閉して霊力の譲渡に合意したと一筆書かせれば……」
「お母さま、それは」
手遅れです。そう続けようとしました。
彼女は勘違いをしている。
しかし、桐花ちゃんは話の流れに納得いかず、癇癪を起こしたようでした。
「お姉ちゃんはわたしのものなの!」
そう言って再び立ち上がった彼女は、今度は全身から焔を発していました。
騰蛇もまた顕現しようとしているのです。




