三日月が綺麗な或る宵の一幕。一
ξ˚⊿˚)ξ二章開始。今日は短め。
三日月が綺麗な宵だった。
僕は……いや、ここは当世の書生風に僕と訓じようか。
僕は神社の片隅、苔むした狛犬の影に身を横たえ、滅しかけていた。
妖には寿命というものがない。だが、現世から興味が薄れると滅するが運命である。
ここ数十年で時代は大きく変わった。戦があり、人の着るものが変わり、街並みも変わった。
それに興味を示す妖もいるし、あらたに生まれた妖もいる。
でも僕はその時代の変化というものに取り残されているようだ。疲れてしまったともいう。
そういう意味で僕はずいぶんと長く生きてきたけれど、その旅路もそろそろ終わりを迎えようとしていたのだ。
妖は夜の闇に親しむ。だけどこの都市では、闇はどんどんと人のつくった光に追いやられている。僕がいま身を横たえているこの場所は、ちょうど良い暗がりであるけれど、いずれ人の光はさらに夜を明るく照らすことは間違いない。
もちろん東京と名を変えたこの街から離れれば、まだ夜の闇は深いだろう。でも、そうして逃げるように生き続けて何になるのだろうか。
死ぬには良い夜だった。神社の境内では祭りが行われていて賑やかで、でも喧騒はここからは遠く聞こえるくらい。暑くもなく寒くもなく、秋桜の香りが風に乗って運ばれてきて、月も美しいのだ。
だがその月が突如として翳った。
「あら、猫ちゃんだわ」
叢雲ではない。通りがかった人が僕の前にかがみ込んだのである。
声は若い、生気に満ちた女性の声であった。
髪を飾る桜色の大きな布、リボンと言ったか。それがふわりと揺れ、猫の本能が釣られて視線を送った。
若く、魅力的といえる人間の娘である。頬はまろやかで、唇は艶やかな紅色をしていた。
紫紺の矢絣模様の着物に、海老茶色の女袴。裾から覗く、脛まで覆う長靴からはまだ新しい革の匂いがした。
片手には金魚の入った瓶を抱えている。祭りの屋台で得た戦利品か。
彼女は僕が観察している間にも、僕に近づき「かわいい、かわいい」と声をあげる。人の女や子供がよくそうするように、無遠慮に触ってこないところには好感が持てた。
彼女は呑気な声でこう言った。
「あなた尻尾が二つあるのねえ」
……この少女、視えている。
そもそも僕はごく簡易のものだが人払いの呪を使っていたのだ。いくら社の裏手とはいえ、祭りの夜であるというのににも関わらずこのあたりに人の気配がしないのはそのためである。
それにもかかわらず僕に近づくことができ、僕に気づいたということは、この少女は異能者であり、妖を見ることができるということである。
僕が猫又となったときに生えた、妖の象徴である二本目の尾が視えるのも当然と言えよう。
やれやれ、化物だなんだと騒がれる前に何処かに逃げるとしようか。
せっかく死ぬのに良さそうな場所であったのに。
僕は無念を感じつつもゆっくりと立ち上がる。
しかし彼女は金魚の瓶を持たぬ方の手を、僕に差し伸べてこう言った。
「貴方、うちの子になる?」
そう言われた時には、もう僕の心に生きる意欲が取り戻されていたのかもしれない。
僕は「なぁ」とひと鳴きし、差し出された彼女の手に、頭をこすりつけることでそれに答えた。
彼女の顔に満面の笑みが浮かんだ。
そう、それは三日月がとても綺麗な宵のことだったのだ。
ξ˚⊿˚)ξはい、と言うわけでですね。この話を覚えていらっしゃる方もいるかと思うのですが。
この作品はこの短編を加筆したものです。
加筆(1000字→100000字)とは……。
改めて続きよろしくお願いします。




