月一つない闇夜に押さえつけられて。四
「どうしてですか!」
桐花ちゃんが声を荒げました。
私が倒れたのから回復して数日。お父さまから改めて私の今後の処遇、つまり梅お婆さまのところで下宿するということが伝えられた席でのことです。
「お姉さまにはずっとお家にいて貰えば良いじゃないですか!」
「桐花、お前が茉莉花を大事にしたい気持ちはわかるが、そうもいかん」
「そうよ、桐花ちゃん」
お父さまが反論し、お母さまも桐花ちゃんの説得に回ります。
「誠二さんだって前の婚約者が小姑みたいに家に居座っていたら困ってしまうでしょう?」
「うむ、それに霊力を失った子が倉橋の家を出るというのは代々そう定められているのだ。曲げるわけにはいかぬ」
私は黙って話を聞いていました。お母さまの言い方は少々悪意的ですが、仰ることはまさにその通りです。誠二様も、もちろん私自身も居心地の悪い思いをすることになるでしょう。
そしてお父さまのいう定めというのも理解できるものです。倉橋は除霊など行なっていますから悪しき霊や妖たちから恨みを買っています。霊力を失った子など、家門の弱点にしかなりませんから。
私も先日、床の中でお父さまから話を聞いた時は衝撃を受けましたが、確かにその通りであるとこの数日で納得もしたのです。
「そんなっ……!」
ですが、これを初めて聞いたであろう桐花ちゃんは冷静ではいられぬようでした。お父さまにくってかかり、それでも意見を変えられぬとみると、今度はこちらにキッと睨むような視線を向けました。
「お姉ちゃんはそれでいいの!?」
私は頷きます。
「ええ、納得しているわ」
「……そんな、どうすれば」
桐花ちゃんは呆然と呟きます。それはまるで私に見捨てられたかのように。全くおかしなことです。見捨てられたのは彼女ではなく私であるというのに。
桐花ちゃんは何か言葉を続けようと口を開きかけましたが、お父さまの咳払いがそれを遮りました。
「倉橋茉莉花」
「はい」
「お前を倉橋が家から外す。以後、栗橋の家名を名乗ること」
「はい」
倉橋と栗橋。似たような音ですが、これは苗字を変えて家門から外したということを示させるものです。
「そしてお前の名より花の一字を手折る。以後、茉莉と名乗りなさい」
びくり、と私の身体が小さく震えました。
「……はい」
私も、桐花ちゃんも、お母さまである六花さまも。
倉橋の女で魔と対峙するものは、皆その名に花を冠する慣わしです。それは護りの呪いであり、誇りでもありました。
いま、それは手折られ、永遠に失われたのです。呪が身体を巡って抜けていき、まるで自分が虚ろになったかのような感覚を覚えました。
私は畳に両の手をつきます。それは倒れる身体を支えようとするような動きになってしまいましたが、呼吸を整え、きちんと頭を下げます。
「おとう……」
言葉を止めます。違う。もうお父さまではない。
「ご当主さま、奥さま。今までお世話いただき、ありがとうございました。桐花さま、御身の幸せを遠方より願っております」
「うむ」
「ええ」
ご当主さまと奥さまが頷かれました。
だん、と足音が響きます。桐花さまが立ち上がられたようでした。
「私は認めないから! お姉ちゃんに毎週会いに行くからね!」
そう言って部屋から出て行かれてしまったのです。
「……それでは失礼いたします」
部屋に沈黙が落ち、少ししてから私はそう言って面をあげ、部屋を後にしました。畳に二滴の雫を残して。
こうして、私、倉橋茉莉花、改め栗橋茉莉は年が明けてすぐに、神田の梅お婆さまのところに預けられることになったのです。
梅お婆さまとの出会いについては、またお話しする機会もあるでしょう。ただ、ここからの半年間は私の十五年と少々の人生の中で最も平穏な時間であったということは間違いありません。
まず、この間にだんだんと体の調子は良くなっていき、倒れるようなことは滅多になくなりました。そしてなんと、霊力が僅かにこの身に戻ったのです!
理由は分かりません。梅お婆さまは鎮めの巫女。本来なら私の霊力を完全に失わせるのがそのお役目のはず。
「お婆さま、どうして私の霊力が戻ったのでしょうか」
「さあね」
そう問うても梅お婆さまは何も説明をしてはくれませんでした。はぐらかされているようにも、理由を知らないのではなく、知っていて教えてくれないように感じます。
想像するに、お婆さまのおかげで体調や体内の気も整っているのではないかと。それによって一時的に霊力が戻っているのではないでしょうか。
地面を小鬼たちが走り回り、海栗のようなとげとげした妖を転がして遊んでいるのが見えます。
「ふふっ」
その様子に思わず笑みがこぼれたりもします。倉橋の家にいては自分の無能さのせいで気分が内に篭りがちでしたが、今は昔のような楽しさ、明るさを取り戻しつつあるように思えるのです。
そして今、半年と申しました。睦月に梅お婆さまのところに下宿をはじめ、春には昌平坂にある高等師範女学校に通うようになって、新たな友や環境にも慣れ始めた頃。
護国の使命、あるいはそもそも倉橋家から離れて、学校の先生となるような人生も悪くないのかもしれない。そう思い始めた矢先の夏のある日。
私の陰陽師としての運命が再び廻り始めるのです。
そう、それは三日月の綺麗な或る宵のことでした––。
ξ˚⊿˚)ξ序章的な第一章完!
二章書き上がっているけど投稿前にチェックするから一日開けて明後日からまた毎日投稿しますよ。
つまりブックマークよろしくですよー。




