張子の月に火は灯る。二
梅お婆さまは顔を僅かにしかめられます。
「六花、お前さんの母親はどう考えてるのか、あたしにもよくわからん。あたしから見れば姪ではあるんだが、倉橋の術士としての長に意見できるわけでもない」
「そうですか……。桐花ちゃんはどうなのでしょうか」
そう問えば、梅お婆さまはじっとこちらの瞳を見つめます。
「茉莉、あんたに勘違いされても困るんで言っておくがね」
「はい」
「あんたの妹である桐花が、奪い続けることで術士として大成するならそれはそれで良かったのさ」
「というと……」
「別にあんたがいつまでも気づけなくて、桐花の霊力の養分となり続けていたとしても、あたしはそれを止める気はなかったっていうことさね」
お婆さまはそう言いきって、煙管を咥えました。
ヒスイが笑います。
「随分な言いようだ」
それはつまり、私が誠二様に妾として囲われ、遊びに来る桐花ちゃんに霊力を吸われ続ける。そんな未来を否定しないという意味になります。
「事実さね」
お婆さまは飄々とそう応え、ヒスイは肩を竦めます。
「茉莉を大事に思っているくせに」
ふむ。露悪的、というのでしょうか。お婆さまの言葉は確かにそんな言い回しではあります。
お婆さまは少々ひねたり突き放すような言い方などされることもありますが、私のことを大切にしてくださることに間違いはありません。
それでもそうするという決意がある。それはつまり……。
「それが御役目というものだからですか」
「そういうことさね」
霊力という、只人には持ち得ぬ力を得てしまった者たちの義務。安倍晴明の末裔という宿命。それは個人的感情より優先されるということでしょう。
「私はもう倉橋に戻る気はありません」
「まあそうだろうね」
「一方で、気づいてしまった以上、桐花ちゃんに霊力をあげ続ける気もありません」
「当然さね」
私の首がこてんと倒れます。んんん? それを許可するのは矛盾する気もします。
梅お婆さまは笑いました。
「あたしゃ別に、倉橋として御役目をしろとはいってないさね」
「良いのですか?」
「あんたが御役目ってものをちゃんとするならね」
栗橋茉莉として独立して御役目を行うことを認めるとおっしゃっている。私は真っ直ぐお婆さまの目を見つめ、そして頷きました。
お婆さまの目が細められます。
「ならいい。半年前にあんたを見て、張子の月と感じたのを思い出したが……」
張子、紙でできた飾りにしかならない、輝かない月ということでしょうか。
「だが、今のあんたにゃ火が灯った」
かつての私ならその比喩を霊力が戻ったことを言っているのだと思ったことでしょう。ですが今の私はそれだけのことではないと理解できます。
「お婆さまが護ってくださり、学校のお友達から楽しみ方を学び、ヒスイに満たされたと、そう思います」
これで、お話は終わりです。しかしお婆さまは思い出したというようにヒスイの方を向いて尋ねました。
「そういや、猫やい。あんた敵って話はなんだったのさ」
ヒスイはたちまち黒猫の姿に戻ると、座布団の上からぴょんと机の上に乗りました。
そして胸を張って宣言します。
「ああ、僕の本来の名は臥待月の衛士。金華猫なる大陸の妖を模して、偉大なる陰陽師蘆屋道満様に創られた式神さ」
「道満の式とは想像がついていたが、金華猫だって……」
「きんかびょー、どういう妖ですか?」
「中国の宋の時代だったかね。金華という街に現れた猫の妖で、月光の力を取り込み、人を魅了し、精気を吸って病とする。そう言われている悪妖さね」
月光の力。臥待と月の名を冠しているのにも意味があるのですね。ん?
「宋の時代……蘆屋道満はどうやってそれを知ったのでしょう」
「蘆屋道満様の蘆屋ってのは地名さ。後の播磨のことだ。朝廷が大陸に船を出さなくても、道満様は瀬戸内の海賊達に頼んで書を取り寄せていたぞ」
「ヒスイは悪妖なのですか?」
ヒスイは金の瞳で見上げます。
「どう捉えるかだな。実際、いくらでも悪用しようと思えばできる能力ではあるし、道満様の名で都に病を流行らせたこともあるぞ」
「今はどうですか?」
「する意味もない」
ヒスイはおそらく、長き生に倦んでいたという面があります。であれば彼が意図して悪さをするとも思い難い。むしろ、彼と縁を結んでしまった私が注意すべきことでしょう。
私の欲のために彼の力を使わせないことです。
「しかし魅了ですか」
「魅了くらいお手のものさ」
見上げていたヒスイの瞳が、一瞬、碧の色を帯びたかと思うと、それは掻き消えました。そして、ぽてん、と転んで見せました。
「やだ猫ちゃんかーわーいーいー」
私は思わずヒスイに抱きついて頬擦りをしてしまいます。
ヒスイは自慢げに鼻をぴくぴくと動かしました。
「魅了ってそういうもんかねえ?」
梅お婆さまはため息をつかれたのでした。




