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三日月の綺麗な或る宵の一幕  作者: ただのぎょー


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臥待月の衛士。一

「霊力の制御が甘い」


 ある夜、自室でヒスイにそう言われたのでした。

 うっ、と私は喉で唸ります。

 そう言ったヒスイの片足だけ白い足の下には、鳥が押さえつけられています。ヒスイはそれにもしゃあっと噛み付きました。

 畳の上ですが血や羽根が飛び散ったりはしません。それもそのはず、これは動物ではなく霊なのですから。今し方、壁をするりと抜けてきた鳥型の霊がヒスイに捕まったのです。


「雑魚が集まってくる」


 ヒスイは畳の上を転がっていた海栗のような霊を尻尾で弾きました。ころころと部屋の隅に転がっていきます。

 私は手で印をつくりながらしゅを唱えます。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍。浄めたまえ」


 私が使ったのは九字を切る術。そして晴明桔梗の五芒星を宙に描きます。部屋の空気はたちまち清浄になり、ヒスイの足下の鳥も、海栗やその他低級の霊たちもいなくなります。

 ヒスイはどこか嫌そうな視線を私に向けて、ぴぴぴ、と耳を振りました。


「分かってはいると思うが……」

「うん、根本的な解決じゃないよね」


 実際、部屋にいる霊は除去されました。しかしあれです。蚊取り線香を焚いて部屋から蚊がいなくなっても、翌日にはまた入ってきてるみたいな。

 前も霊なるものたちがこの部屋に入ってくることはよくありましたが、ここまでの頻度、量ではありませんでした。


「こんなことはなかったのに……」

「それも当然の話だ。そうだろう?」


 この家は梅お婆さまの領域であって、低級霊は本来ならほとんど近づかないのです。それでもここはお婆さまの部屋とは違って二階ですし、私の力が多少は外に漏れ、それに呼び寄せられているのは分かっています。

 集まってくる霊が増えた理由は二つ。私の霊力が増えていること、その霊力を制御できていないこと。

 私がそれをヒスイに伝えれば、彼は頷きを返すように尻尾で畳をはたりと叩きました。


「そうだな。一応伝えておくが、茉莉の制御力が他の術師よりことさらに劣っているということはない」

「どうなのでしょう。あまり制御の訓練をしたことはないのですが」


 修行の大半は失われていく霊力を増やすことに専念していたので。


「単に、器に霊力が満ちた状態に不慣れであるだけだ。学べば問題ない」

「ヒスイが教えてくれるのですか」

「なんて?」


 ヒスイはきょとんと瞳を大きく開いてこちらを見つめました。

 いや、そういう流れなのでは?


「婆様は」

「お婆さまは霊力を鎮め、消沈させるので術の系統が違うというか……」

「それを言ったら僕は妖怪だが……実家は」

「私、家を放逐されていますし」

「その力で家に戻れば、悪い顔はされないと思うが……いや、失礼したな」


 私の顔がよっぽど嫌そうに見えたのでしょう。ヒスイが謝罪しました。

 ともあれ、こうして霊力の修行の師を得ることができたのです。


「……ざっくり言えば霊力は丹田、下腹で生まれ、それを意志、脳で制御している」

「はい師匠」


 ヒスイもまた嫌そうな顔をします。


「師匠はやめよ。よって胴から霊力が漏れることはあまりない。制御が甘くなって漏れやすいのは末端。人間なら四肢、猫なら尾」


 猫師匠かわいいですのに。


「ちょっと瞑想してみよ」


 私は畳の上で居住まいを正して座り、目を半眼にして意識を鎮めます。数分は経った頃、ヒスイが前足で私の手に触れました。肉球がぴとりと私の肌に吸い付きます。


「ふむ。霊力の循環に問題ない……。集中している時の制御はできている。であれば、漏れやすいのはもう一つ、意志の力が弱まった時だ。前に思考が散漫であるという話をしたかと思うが、意思が乱れやすくて制御が弱くなるのだろう。やめていい」

「なるほど」


 私は目を開きます。


「集中が乱れないようにする、例えば瞑想や精神修養はこちらだな。それと制御力を符で補助するかだが、茉莉は安倍晴明系の術を収めた陰陽師だろう」

「はい。……詳しいね?」


 私がそう問えば、呆れたような表情を向けてきます。表情豊かな猫ちゃんです。


「さっき桔梗印を描いてたであろう。それに陰陽師の大半は晴明系だ。それで、そういう符はないのか」


 まあ、現存する陰陽師の流派は遡ればその大半が安倍晴明様に辿り着きます。そしてヒスイの質問なんですが……。討伐の一門だったので、あまりそういうのがないと言えば、単純で暴力的な流派だったのかと、ため息をつかれました。

 結局、それはまた別に調べるとして、まずは精神修養からになったのですが。


「猫ちゃんに教わってるの、変な気分」

「ほう、ではこうした方が良いか?」


 ヒスイが煙に包まれたかと思えば、その煙はするすると大きくなり、私の身体に纏わりつくように広がっていきました。

 膝の上に揃えた私の手が掴まれます。肉球ではありません。人の手です。大きくて、ゴツゴツしていて、すこしひんやりとした殿方の手。手首から先は私の身体の背中側へと伸びていて、つまり背後から抱きしめられているような形になっています。


「ほら、集中がすぐ乱れる」


 頭上から声が落ちてきました。つむじのあたりの毛が吐息に揺れます。

 軋むからくりのような動きで見上げれば、書生さんの怜悧な顔が私を見下ろしています。


「ふ」

「ふ?」


 そう問い返して、優しげな笑みを浮かべられました。私の身体が熱を持つのがわかります。視線の片隅では、また霊が寄ってきているのも。せっかく整えた霊力が千々に乱れているのです。


「不純異性交遊ですぅ!」


 私は立ち上がってそう叫ぶと、慌てて階下へと逃げていったのでした。

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