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三日月の綺麗な或る宵の一幕  作者: ただのぎょー


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満ちゆくは十三夜の月。八

「ただいま戻りました!」


 私は急いでブーツの紐を解き、普段ならきちんと揃えて置くところを、その手間すら惜しんで脱ぎ散らかして廊下を駆けます。そしてお婆さまの部屋に。


「ただいま戻りましたあのあのですね書生さんがヒスイできえちゃって!」


 一息でそう言えば、机に向かい、筆を手に呪符をしたためていた梅お婆さまが、こちらを見上げました。


「おかえり、なんだい騒々しいねえ」


 そう言いながら筆を置きます。

 凄い。

 私は圧倒されて、思わず息を呑みました。

 今の私の肉体にはいつになく霊力が満ちていて、霊的なものを知覚する能力もかつてのように、あるいはそれ以上に視えています。

 梅お婆さまの霊力は、その総量でいえば今の私の一割から二割といったところでしょう。ですがその研ぎ澄まされていることといったら!

 家の前にも廊下にも、私の部屋にもいる霊なるものたちが、この部屋には全く見えないのです。

 私がそんなことを思っていると、お婆さまはにやりと笑みを浮かべられました。


「ああ、力を戻したか」

「……わかりますか」


 お婆さまはそうおっしゃい、せっかくしたためていた呪符をくしゃりと潰してしまいました。


「……どうして?」

「わからぬはずがあるものかね。これかい? これはあんたの力を封じるための呪符さね。だけどもういらんからね」


 お婆さまは凪の巫女でいらっしゃいます。力を失いかけていた私の霊力を完全に落とし、霊障に悩まされぬようにするのがそのお仕事。そのための札がいらなくなったとは。


「ここに来た時のあんたは二十六夜月みたいなもんだったさね。それならこの婆でも封じられもするが、今は十三夜の月か小望月こもちづきってとこじゃないか。こんな札ごときじゃなんの役にもたたん」


 明け方近くに細く昇って、すぐに陽が昇っては見えなくなる二十六夜の月。それほどに私は霊力を失った状態で、ここに来たということでしょう。

 それに対して、今の私は十三夜か小望月。つまり十五夜、満月の一日二日手前の、ほぼ力に満ちた状態にあると。

 つまり、私の霊力を消せない……?


「尋ねてもよろしいでしょうか」

「答えられることならね」

「幼い頃、霊力を失い始めた頃よりも今の方が多いように思うのですが?」


 お婆さまは肩を竦めます。


「本来は年齢と共に霊力の器が大きくなるもんさね。それにあんた霊力向上の修行してたんだろ? その時は効果が見えなくとも、器は育ってたのさ」


 ああ、なるほど。器が大きくなっていても中の水、霊力が抜けていたから自分では気づけなかったと。では次に……。


「書生さんが猫ちゃんだったんですが! ……お婆さまは気づいていらっしゃいましたか?」

「そりゃね」


 そうですよね。驚いた様子が全くありませんもの。


「えっと、名前を当てたら消えてしまったのですけど……」

「なら二階の部屋にいるだろうよ。正体を見破ったら消えるというのは妖にはよくある話じゃないか」


 それは確かによくある話ですけど、私の部屋にいるというのは?


「えっと……」

「正体を見破られた妖ってのは逆上して襲いかかる場合もあるし、消滅する場合もあるさね。だが、この場合は違うだろう。自分の霊力が満たされていることも含めて考えてみな」


 霊力が増えるとは、まず私がヒスイを取り込んで吸収してしまっている可能性。しかしそのような感覚はありませんでしたし、上にいるというのとも矛盾します。つまり。


「使い魔として正式に契約がなされた、ですか?」


 お婆さまは頷きます。


「あんたはあの猫に名前をつけたことで、既に使い魔としての契約は成立していた。だが、不十分だった」

「私が、彼の本質を理解していなかったから……」

「そうさね。あんたはあれが完全に人化できるほどの妖だと知った。それで契約は完全となり、霊力が共有されたのさ」

「えっと……普通の、というと変かもしれませんが。普通の猫又だと思っていたんですが……」


 諸説ありますが、十年生きた猫はその尾が二本に割れて猫又になるなどといいます。

 ふん、と梅お婆さまに鼻で笑われました。


「見る目がないねぇ」

「面目ありません」

「まあ、霊力がろくにない状態じゃ仕方ないけどね。それにしてもあんなのを猫ちゃんと言って連れてきたときは寿命が縮んだよ」


 ……絶対嘘だと思います。

 三十年生きた猫又は猫魈ねこしょうという上位の妖怪になるといいますが、ヒスイはそれなのでしょうか。


「ほれ、なんぞ考えておらんで猫んとこいきな」


 お婆さまはそう言って私を追い払うような仕草をなさいました。確かにそれはその通りです。私はお婆さまに一礼して部屋を出て、一度振り返りました。


「ああ、そうだ最後にお婆さま」

「なにさね」

「私がここにきた日、お婆さまは私が底の抜けた桶とおっしゃっていました」


 そんなことも言ったねと、お婆さまは呟かれます。


「その穴は塞がっているのでしょうか。それとも、またこの力は抜けてしまうのでしょうか?」

「さてね。そりゃあんた次第だ」


 ……もー。

 私は階段を駆け上がりました。

 扉をすぱんとあけて部屋を見渡せば、籐籠の上から黒い三角形が飛び出しているのが見えます。

 私はその前に跪きます。


「猫ちゃんここにいたのー」

「に」


 寝ているかのように目を閉じていたヒスイは、ゆっくりと目を開きました。それは美しきみどりに輝いています。彼が本来持つ霊力の輝きが、今の私には見えているということなのでしょう。

 私がそっと猫ちゃんの両脇に手を入れても嫌がるそぶりは見せません。わたしはその柔らかな毛並みに手をうずめ、ゆっくりと持ち上げました。


「もー、ヒスイが書生さんだったのねー」


 持ち上げられたヒスイはだらんと身体を伸ばしながら口を開きます。


「そうだな」

「猫がしゃべったー!?」


 落ち着いた、男性の声がしました。

 私は驚愕に叫びました。ヒスイは耳をぺたんと倒して迷惑そうな顔をし、私は仰け反って畳に倒れたのです。


「うるさいよ!」


 階下からはお婆さまの注意が響くのでした。

ξ˚⊿˚)ξ十三夜の章終了ー。


また投稿あけて、近日中にすぐ再開しますわー。それではー。

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― 新着の感想 ―
ネ、ネコガシャベッタァァァァァァ!!
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
さっきまで会話しとったやん。
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