表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三日月の綺麗な或る宵の一幕  作者: ただのぎょー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/43

満ちゆくは十三夜の月。六

「では馳走ちそうになろう」


 書生さんは卓上に置かれたミルクとシベリアをしばらく見ていたかと思うと、古風な物言いで頭を軽く下げられました。


「はい、どうぞ。私もいただきます」


 そう言って私はミルクを一口。書生さんはミルクのグラスを手に取って口につけ、ちびり、と舌を湿らせる程度に飲まれました。

 その慎重な様子に、思わず尋ねました。


「いかがです、か……?」

「うむ、うまい」


 そうおっしゃってもう一口。


「近頃のにんげんは乳を良く飲むようになったな。良いことだと思う」


 人間……奇妙な言い方ですがまあ日本人ということでしょうか。

 ミルクホールというのは国の政策として、国民に洋風の食生活をさせることで体格を良くしようというものの一つであると聞きました。

 実際、たまに外国の方も見かけるけど、やはり見上げるほど大きいですものねえ。そういう意味では書生さんのおっしゃるようにこれは『良いこと』なのでしょう。

 そういえば……。


「三太さんは長身でいらっしゃいますね」

「三太でもないぞ。というかなぜまた三なのだ」

「では四?」

「増やすな。そもそも数字ではない」


 殿方の平均身長は五尺二寸程度と聞きますが、書生さんは五尺五寸ほどあるのではないでしょうか。

 きっとご出身のあたりではミルクを飲まれていたのでしょう。

 彼はちびちびとミルクを飲みながらも、視線が卓上のお菓子に落ちています。どうやら気になる様子。


「これがしべりや」

「はい」


 皿の上にはシベリア、黄色と黒の縞模様になったお菓子が載っています。手前にはお菓子用の小ぶりなフォーク。


「食べぬのか?」

「……いただきます」


 私が先に食べるのを待ってくださったのでしょうか。私はフォークを手に取って、黄色の部分と黒の部分が両方取れるようにフォークで切ります。黄色い部分はカステラ生地、黒は羊羹ようかんのような粘り気の強いあんでできているのです。

 書生さんはその様子をじっと見つめています。ちょっと見られているのは恥ずかしいのですが、私はそれを口に入れると、左手で口元を隠しました。

 口を動かしていると、カステラのふんわりとした甘さと、餡のねっとりと絡みつくような甘さが混ざり合った美味しさが口内に広がっていくのです。

 そしてミルクを口に含めば、ミルクにシベリアの甘さと香りが加わって、これがまた美味しいのです。甘さを洗い流した口で再びお菓子に手を伸ばせば、これはもう永久機関というもので……。

 私は手を止めます。書生さんがこちらを見ているのでした。


「うまいか」

「はい」


 彼は私の言葉に神妙に頷くと、フォークに手を伸ばしてシベリアを口に運びました。

 くわっと目が見開かれます。口はもぐもぐと動きますが、フォークを運んだ手も、身体の他の部分も微動だにせず、その味を全身で感じているかのよう。

 ちょっと心配になるくらいの時間が経って、口の中のお菓子もなくなったのでしょう。彼はぽつりと呟くようにおっしゃいました。


「うまい……」

「それは良かったです」


 私もほっと安心して再びシベリアを口にします。

 書生さんも追いかけるように二口目を口にされました。


「うまいが、なぜしべりやという名なのだ。これではしべりやではなく虎柄では?」


 半分ほど食べ進めたところで人心地ついたのでしょうか。そんなことをおっしゃいました。

 虎柄には思わず笑ってしまいます。


「黄色に黒はシベリアの大地を走る鉄道の線路を表しているとか? 真偽は分かりかねますけども」


 ふむ。と頷いて書生さんは窓の外に視線をやりました。

 先ほど通りがかった路面電車を思い浮かべているような気がします。多分、シベリア鉄道はチンチン鐘を鳴らして走っているんじゃないと思いますけど。

 結局、お話をしながら二人ともシベリアをぺろりと平らげました。お代わりはいりますか? と尋ねましたが、それは断られていまいました。


「ではそろそろ出ようか」

「あっ、はい」


 ちょうどお店が混雑してくる時間帯でした。食べ終わって長居するのも良くありませんし、仕方ありません。


「少し歩くかね?」

「はい!」


 このあたりは洋服問屋として栄えていて、飲食店や寄席なども立ち並んでいるのです。特に何か買うわけでもありませんが、書生さんと並んで道を歩いて店先を覗いていれば、同じ通りを歩いていても素敵に感じられるもので。

 でも楽しい時間は過ぎるのが早いもの。お会いしたのが午後といいうのもありますが、陽は傾いてきています。長くなった影を寄り添わせて神田川のほとりを歩いていけば、すぐに家が近づいてきます。


「また会えますか?」

「いつかね」

「……ずるいです」


 私ははしたないとわかっていても、書生さんの袖をちょっと摘みました。


「書生さんは、私の質問には答えてくださらないんですもの」


 書生さんは自分のことについてはほとんど教えてくれないのです。


「僕の名が言えればね」


 私はじっと恨めしさの意図も込めて書生さんを見上げます。一筋の白髪が夕陽に染まっていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この百年くらいで、日本人の平均身長も大分伸びましたね( ˘ω˘ )
俺の名を言ってみろ!
アラアラ(笑)。 初々しいデエトですこと(笑)。 書生さんの名前は、コ……(ここで何故か筆は止まっていた)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ