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【書籍化】三日月の綺麗な或る宵の一幕  作者: ただのぎょー


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上弦の月は地平に嗤う。四

「料理は軽めにしてもらった」

「はい、ご配慮ありがとうございます」


 このお店ではフランス式のコース料理がいただけるとのことですが、正式なコース料理ともなれば量も多いですし、いただくのに時間もかかるものです。

 外を見やればお店の窓からは不忍池に日差しが煌めいているのが見えます。池に小舟を浮かべて遊ぶ方々の姿も。

 学校帰りですぐに来ましたので、まだ夕食というには早い時間ですからそこまでお腹が空いていませんし、広い店内には他のお客様の姿も見えません。

 いえ、これはこの時間を九条様が貸し切ったのかもしれませんね。そうでなければこんな場で九条家のご令息が私に、華族ではなくなった平民の女に頭を下げられないでしょう。


「ではいただきます」


 コンソメの黄金色のスープをスプーンで掬います。無数の肉や野菜が溶け込んだ芳醇な香りと旨みが食欲と、記憶を刺激しました。

 ああ、そうだ。

 かつてまだ私が倉橋で期待されていた頃は、家族の皆で出かけたりして、こういう食事もしていたのだと。


「美味しいね」

「はい」

「昔は食事会もしていたなぁ」


 誠二様も同じ過去を思い出しているようです。かつては私たちの交流を深める目的もあり、九条家との食事会もあったのですから。

 ぽつりぽつりと思い出話などしつつ食事を進めていきます。流石に緊張も解れてはきたのか、ここにくる途中の車中とは異なり、少しは話が続きます。


「どうした?」

「いえ……」


 誠二様の様子をうかがっていると、彼はそれに気づいて尋ねてきました。

 私は十年、彼を見てきました。それ故にわかります。誠二様のお心には今も緊張があると。

 誠二様はわざわざ私に謝罪してくださいました。それはもちろん私への思いやりでもありますが、ある意味で誠二様ご自身にとっても心残りが晴れたということになるはずです。それも私が謝罪を受け入れて、桐花ちゃんとの未来も祝福しているのですから、緊張は解けていなくてはおかしい。

 では何が彼の心を占めているのでしょうか、何かを憂いているのでしょうか。そのようなことを考えていると、私のナイフとフォークが手が止まり、少しして誠二様の手も止まりました。


「食欲がなかった?」

「いえ」

「口に合わなかったかな」


 私は首をゆっくり横に振り、食器を置くとナプキンで口元を拭いました。


「美味しゅうございます」

「ならどうして……」


 私は誠二様を正面から真っ直ぐ見つめました。ふと、思います。こうして彼としっかり視線を合わせるのはいつ以来でしょうか。


「誠二様、本日のご用件は私への謝罪だったでしょうか」


 誠二様はどこか観念したような表情を浮かべ、フォークを置きました。


「食べ終えてから、珈琲コーヒーでも飲みながら話そうと思っていたんだけど」


 そう言って、再び私と視線を合わせて、ここで話すべきだと思われたのでしょう。改めて口を開かれます。


「茉莉さん。これは将来の話なんだが」

「はい」

「君を、世話させてはもらえないだろうか」

「……っ!」


 私は息を呑みました。

 誠二様がおっしゃっているのはこうです。『自分のめかけにならないか』と。

 思わず、膝の上のナプキンを握り締めます。

 私の内心には絶望と怒り、悲しみといった負の感情が吹き荒れました。


「……あっ、う」


 言葉にならぬ呻き声のようなものが口から漏れます。


「落ち着いて。ゆっくり考えてもらって構わない」


 その言葉に私の理性的な部分が反応します。これは本来、とても良い話をいただいているのだと。

 女の地位というものは低い。倉橋の家は霊力を女系が継承しやすい問題で女性の力が強いですが、これは秘された特殊な事例です。家を追放された平民、栗橋茉莉にはその社会的・経済的な地位は存在しません。

 それをかつての婚約者が救済してくれるというのです。妾は男の甲斐性などとしばしば言われますが、九条伯爵令息であり倉橋の表の当主となる誠二様であれば、妾を困窮させるようなことはなさらないでしょう。

 ではなぜ、私の感情はこれほど千々に乱れるのでしょうか。

 視線を落とせば、皺の寄ってしまったナプキンが目に入ります。


「桐花ちゃんはこのことを……」

「もちろん知っている」


 思わずぽつりと漏らした言葉を誠二様は肯定されます。自分で言っている途中で気づきました。妾というものは正妻が認知しているものです。そうでなければそれは不義密通に他ならない。

 誠二様の妻となる桐花ちゃんが認めるからこそ、妾という関係が成立するのですから。


「というか、これは桐花さんが言い出したことなんだ」


 身体が跳ね上がるように反応します。


「今、遠縁のお婆さんのところに下宿して、師範学校なんかに通っているけど、そんな苦しい生活をさせたくはないと。それより、自分に囲ってあげて欲しいと。そう言っていた」

「倉橋とは、別のところで」

「ああ、別宅を用意しよう」


 囲う、つまり住居と生活費を用意するとおっしゃっているのです。

 お父様、お母様、桐花ちゃんの顔が脳裏に浮かび、そして梅お婆さまや猫のヒスイさん、それとなぜかあの日の書生さんの顔が浮かびました。

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とことん搾取する気やな。悪魔か。
霊力タンク確保!
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