最初の試練は熊退治⁉
その日から、朝起きたら用意された朝食をとって開墾作業へ向かう日々が続いた。
昼ご飯は近くの食堂で仕事仲間と摂ったり、またはアルティとカルノスの三人で食べたりして、午後から夕暮れまで再び力仕事。
そして大浴場でさっぱりしてからギルド併設の酒場での宴会騒ぎ……これが日課になっていた。
その為バイト代はほとんど残らなかった……
自分のバイト代は下っ端の為日当で二〇〇リオン。
昼食が水筒追加して五〇リオンで夜の宴会が殆どおごりなのだけど、気が引けるので一〇〇リオン置いてくるので残り五〇リオン。それもいろいろ買い食いすると結局手元には……
暫くは手持ちの資金でやり過ごすしかなさそうだ。
村の皆には、自分が異世界からきた事は一応秘密になっていた。何がある訳ではないが目立つ事には変わりはなく余計なトラブルを避ける為の処置だ。
そんな感じで自分はゲンデルさんを訪ねて来た渡界者の血を引く親類という事になっていた。
この世界で渡界者と言う存在は過去に実際に存在して世間には広く認識されていた。その者足しはこの世界に変わった知識や珍しい技術をもたらしたとして一部では尊敬の念を集める存在でもあった。
ただし元々渡界者事態の数が少なく、現時点では純血の生存者は居なかったので昔話や血縁者の伝え聞いた話が伝わる程度で、その話の多くは物語風にアレンジされた吟遊詩人の詩として人々の間では大人気だった。
その結果、真偽はともかく血縁者本人が来たという事で連日、人が話聞きたさに酒場には押し寄せて来たのだ。
まぁ、新参者としてこの世界に馴染む為にもコミュニケーションは大事にしないといけないと思っている。これはどの世界でも共通する処世術だ! という訳で飲みにケーションもその一つだと社会人になって学んだので毎晩のどんちゃん騒ぎに付き合い続けたのだった。
そんな生活が三週間続いた。
不慣れな環境で本来なら相当疲れが溜まってもおかしくない異世界生活のスタートだったが、村の大浴場が温泉だったのとアルティがくれた疲労回復に効果が高いネクタルの実のお陰で何とかピークを乗り切れた。
それに、最初は一日でへばっていたバイトも、何とかまともに一日出来るまでに体が慣れて来た。
「結局この三週間は剣術の練習は全くできなかったなぁ。最初のうちは朝起きれば体中が筋肉痛だし、筋肉痛が治まって体は正直でバイトから帰ってきたらぐったりですぐ寝てたし……しかしそれもようやく慣れてきたかな。ここ数日体の動きがなんだか軽くなった気がするし。まぁ。掌は豆だらけで少し痛いけどアルティがくれた薬のお陰でモノを握るのに支障はないから……休みの明日からいよいよ剣術の練習を始めるか」
いつもの宴会後、部屋に帰りベッドに寝ころびながらそんな事を考えていた。
身体機能アップの影響だろうか? 思ったより体が早く慣れたと思う。と言ってもこんな短時間では筋力もそんなにアップする訳ではないが、元の身体よりは十分にパワーアップした身体に慣れるにはそれなりの効果があった。
クワを振る動作も楽になったしブレずに目標へ振り下ろせる様になった。これを剣を振る練習の代わりと考えるなら明日の練習は最初から村正を持ってもイケるかも知れないな。
大爪熊との対峙まで後一週間……
時間は少ないけど倒す訳じゃないから体を動かす事に集中して来たけど……
「……大丈夫かな……」
目を閉じてれば賢者様に教えてもらった剣術と体術の動きを思い出すことが出来る……だけど、これを武具を付けて楽に熟せないと、冒険者としてはやっていけない……取り敢えず……明日は、昼頃まで……寝て……Zzzz
そして……
『グワァァァァー!』
その今までに聞いた事もない大きな咆哮によって自分の意識は現実に引き戻された!
「えっ⁉ ここは……」
まだボーっとする頭で周りを確認する。
そして今が自分自身にとってとんでもなく危険な状態だった事を思い出した。
「ヤバイッ!」
我に返った自分の頭をよぎった強烈な感情は恐怖だった!
そう、さっきまで見ていたのは夢……じゃなく、走馬燈だった様だ!
初めてのモンスターとの戦闘は想像以上の精神的プレッシャーを自身にかけていた様だ。
そこにあの危機的状況が重なり、精神的に逝ってしまい現実とごっちゃになっていた……
だから何か変な感覚だったのか……
などと色々な事が恐怖で混乱した頭の中を駆け巡るが……
その直後に襲ってきた背中への衝撃で、自分は今度こそ本当に現状を理解した!
予期せぬ攻撃を躱そうと後ろに飛び、そして今、着地に失敗し背中から倒れ込んだのだ。
そしてこの後、大爪熊が雄叫びを上げながらコチラに襲い掛かって来る……
もうこれで終わりなんだと、そんな事を無意識に考えていたのだろう……だからあんな走馬灯を見たのか……
あぁ……これで終わりだと……
しかし……何故か次の攻撃が襲ってくる気配がない。
と言うか冷静になってみると叫び声の主が遠ざかって行く様に思えた……
「一体何が……」
と呟きながら倒れ込んだ状態で顔だけを少し起こして見ると……
さっきまで酔っ払っていた大爪熊が、自分とは反対方向の森へと凄い勢いで走って行くのが見えた。しかも酔ってフラフラの状態だったので周辺の木々にぶつかってもそのままへし折りながら走り去って行く。
その光景をぼんやり眺めながら、あんな体当たり食らったら自分なんて簡単に何十メートルも飛べそうだなんて事を考えていがそれでも取り敢えずは助かった事は何となく分かった。
それでも何となく夢の中にいる様な感覚が抜けなかったが兎に角、一応助かったのだろうと体を起こした直後
『セアラ・アガラス』
と聞こえたと思うと、森の手前に地面から多数の石の棘が壁を作るように現れた。
「おおぉ~スゲー⁉ これがカルノスの魔法か」
実はこの時がこの世界に来て魔法を見た最初だったのだ。
その衝撃で一気に意識がはっきりした。
「本物の魔法だ! ちょっカルノス! もう一回……」
そう言い立ち上がりかけた自分にものすごい勢いでアルティが駆け寄って来た。
「レン兄! 大丈夫⁉」
未だ地面に座り込んでいる自分に向かって走り込んで来たアルティは何故か真剣な表情で自分の体中をあちこち触りまくる。
「どうしたんだ⁉」
そんなアルティに慌てて声を掛けるが暫く触りまくる手止めなかった。そして一通り触り終わった後で
「はあ~良かった、どこも怪我はしてないようだね。」
「怪我? あぁこけたから心配してくれたんだ」
「ん? こけた? いあ、僕は大爪熊がレン兄のいる所に向けて腕を振り下ろしたから、でもうまく避けられたんだね。その時にこけたの?」
「えっ? 自分の方に腕を振り下ろした?」
「そうだよ? それにしても、あの咆哮には僕もビックリしたよ……尻尾切ったくらいではあんな逃げ出し方はしないはずなんだけど……」
……あれ? おかしいぞ?
そう言えば自分は尻尾なんて切った覚えはないんだが……確か尻尾を狙って大爪熊の背後に回って、そしたら衝撃があって後ろに転んで……
「なぁ、アルティ。そう言えばしっ……」
そう話し掛け様としてアルティの方を見ると、彼女は何故が足元に転がった丸太を凝視したまま黙っていた。
そんなアルティに釣られて改めて自分の足元を見渡してみると、長さが違うよく似た丸太が他に後二本転がっていた事に気が付いたが、自分が尻尾を切った事実が無い事には変わりはないのだ。
おや、これはなんかよく分からない状況だぞと思い始めた時
「やったね、二人とも! 作戦は大成功だ!」
そう言って魔法で壁を作り終えたカルノスも駆け寄ってきて嬉しそうに声をかけてくる。自分たちの作戦が成功して上機嫌の様だ。
「これで爺ちゃん達も俺たちの事を見直すぞ! それにしても、大爪熊のあんな声初めて聴いたけど、何かした?」
「いや……特に何もしてないんだけど……」
これは、本当だ。改めて思い出してみてもやっぱり尻尾を切った記憶がない……
「そんなはず無い……アル? どうしたの?」
カルノスがウキウキ顔で話していた最中もその横で、アルティはしゃがみ込みずっと地面に落ちている丸太を調べている。
そのあまりの真剣な表情に、いつの間にか自分とカルノスまで黙ってアルティを見つめてしまっている事に気付いたのだけど、直後、その静寂を破る大声をアルティが上げた。
「ああぁぁぁぁぁ! これ爪だよ! 大爪熊の爪だよ! もしかしてレン兄⁉ 爪切り落としたの⁉ 鉄も突き刺す爪切ったの⁉ だからあんな雄叫びを挙げて逃げ出したんだよ! 凄いよ! レン兄!」
いきなり大声をあげて立ち上がったアルティは、暴走気味に大興奮していた。
その興奮した姿に意表を突かれ自分とカルノスは茫然としてしまった。
いったいアルティは何を言っているんだ? 爪? 爪なんて切ってないぞ……そう言えば最近、爪を切ってなかったから切らないと……そう言えばこの世界に爪切りって切り難いんだよなぁ。
なんて訳の分からない事を考えていたら、カルノスの方が先に我に返った様だ。
「アル! 落ち着いて!」
「カル! 爪だよ! 爪! なんでそんなに落ち着いてられるんだよ⁉」
「アルが興奮し過ぎだって……で、本当にそれ爪なの?」
そう言ったカルノスも、いつの間にかさっきまでと違い驚きの眼差しをアルティが手に持つモノに注いでいる。
それをよく見ると……さっき自分が踏んで転んだ丸太、だと思っていたものだった。
その丸太だと思い込んでいた物は、白く金属質の光沢を放ち綺麗な曲線を描き先端は鋭く尖っている……ドラゴンの牙だと言われても納得してしまいそうな巨大な物だった……
そしてさっきの出来事を思い返してみる……
「もしかして……あの時の衝撃って……爪を切った時のものだったのか?」
後で、その時の状況を見ていたアルティに聞いたところ
『煙幕を遠巻きに見ていたハチドリが、いきなり煙の切れ間に見えた大爪熊の顔めがけて急降下したんだよね……多分、興奮したハチドリが刺したんだと思うよ』
という事だった。
そう、大爪熊はハチドリに顔を刺され激怒、周りのハチドリを力のまま払い除けようと腕を振りかぶりそして振り下ろした場所が、たまたま自分の居た所だったと……
それを聞いた時には自分の血の気が引くのが分かった
……本当に運が良かったのだろう。振り下ろされた腕のスピードと角度それに自分が刃を立てて構えた事……そこに当たった角度、全て偶然の結果だ……何か一つ、少しでもズレていたら終わっていたと思う。
そう考えた瞬間、一気に汗が吹き出し鼓動が早くなり手足が震え出した……これはしばらく立ち上がれないな……
なんてことにはお構いなく
「「凄いよー!」」
と二人が地面に座ったままの自分に抱きついて来きた。
……しかも、まるで英雄を見る様に目をキラキラ輝かせて。
そんな二人を見ていたらいつの間にか震えも止まり、逆に気恥ずかしくなってきた。
爪を持って村に帰る道すがらもずっと誉めちぎられた……大爪熊の爪は非常に硬くまして巨体種のこの太い爪なんて、ドラゴンの角を切り落とすのに等しい! とはしゃいでいる。
自分としては偶然の結果であり、素直に喜べないところだが二人からは
『運も実力の内、まして冒険者には重要な要素だよ』と言われ爪を渡された。
「レン兄の冒険者としての初めての戦利品だね」
確かに今までの人生も随分と運に助けられてきたと思うと、これも良しとしておくかと言う気持ちにはなった。
これに勘違いして調子に乗らなければいいだけだ。と、爪を見つめながら心の中で誓った。
何はともあれ、ミッション完遂である。




