表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
最終章 その後
62/63

61 BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME(3)

 11月になって、2人はそれぞれ試験を受けて、梓は合格し、司くんは落ちた。司くんのパパは司くんに、家庭教師のバイトを辞めてダブルスクールに通うことを提案した。今回一次試験と二次試験は受かってるから、三次試験対策はもう専門家の手を借りてやったほうがいいんじゃないかって意見。司くん、親に甘えさせてもらうって言ってた。まあちょっといろいろゴタゴタしてたから受験対策に集中できてなかったっていうのもあったかもしれないね。


 カットハウスカノンはまだやってるけど、店長は変わった。国原さんはオーナーのままだけど、お店にはもう出てきてなくて、美容室にはチーフマネージャーを雇ってその人が全部切り盛りしてるらしい。国原さんはどこかに引っ越してしまってお店の上の階にももう住んでない。

 あっ、国原さんが不起訴になったこともあとで聞いた。示談が成立していたことと、結構な額の賠償金を支払った実績が考慮されたらしい。

 かつて莫さんは虐待されていた司くんを匿ったことで誘拐罪に問われて前科がついた。一方で、自分勝手な動機で他人の家に侵入した挙句暴行して怪我をさせた国原さんには前科はつかなかった。世の中ってほんとに不条理でできている。


 かおりちゃんは転職して実家の両親がいる町田市の新たな勤務先で頑張ってる。兄貴はあのあと何度かかおりちゃんに連絡を取ったみたいだけど、結局脈ナシだったみたい。梓のこともあきらめて、いまはあたしの全然知らない別の人とつきあってる。それにしても、兄貴とつきあってくれる奇特な女の人が次々と出現すること自体があたしにとっては謎だ。


 裕希くんからは、向こうにいってからのことを電話で聞いたよ。

 裕希くんはドロシーさんとアリスさんとの同居が気に入って、いまはきっちり家賃を払って住んでいるんだって。仕事はオンリー企画ではなく、美容院に再就職した。裕希くん、美容系の専門学校を出てるから、実は資格はちゃんと持ってるんだって。だから、新しいところでは見習いではなくアシスタント扱いで、もうちょっと人権みたいなものができたそう。女の人ばっかりの職場で、出会いがないって嘆いていたけど。

 猫を飼いたいって言ってた件についてだけど、シェアハウスにいる限りは無理なんだって。ペット不可物件だから。そのうち引っ越したいけど、ドロシーさんたちと一緒にいるのが思いのほか楽しくて、二の足踏んでるって言ってた。タコパしたり、闇鍋やったり、休みの日には格ゲーやったり、なかなか刺激的な毎日らしい。

 国原さんとのことについても彼女たちが話を聞いてくれて、カウンセリング代わりみたいになってるって。プロのカウンセラーにも何度か通ったけど、ドロシーさんたちに話を聞いてもらう方がなんだかしっくり来たんだって。そういうこともあるのか。

 何がいけなかったのか、どう対処すればうまく行ったのか、どうしようもなかったってわかっててもつい考え込んでしまうことがあるんだって。そんなときに、意見を押しつけずに聞いてくれる人がいるのはほんとにありがたくて感謝してもしきれない、みたいに裕希くん、言ってた。


 平島さんにモーション掛けられなかった?って聞いたら、掛けられたけど、自分一人とつきあってくれる人がいいんだって話したら、僕、まだ身を固める気にはなれなくて、まだまだ遊び足りないんだよね、なんて返されて、それからは特に何もないそう。でも一緒に飲みに行ったりはしてるって。

 あと、転職先としては結構熱心に口説かれたって。でももう少し気が済むまで美容師として腕を磨きたいから、そのあとでまだ必要としてくれているようだったら改めて考えさせてくださいって答えて、待ってるから、待てないけど待ってるからって言われたそう。


 お京さんだけど、莫さんの副業関係の顧客が増えてすっかり店に出られなくなったせいで、お京さんが日々の店番をやってる。お京さん、そのうちこの喫茶店乗っ取って、美容室に改造してやろうかしら、なんて言ってた。

 莫さんはデザインだけじゃなくてイラストレーターみたいなこともやっているらしく、最近ますます多忙みたい。インターフォンも切ってしまって自宅にこもってしまってるからしばしば連絡が取れないらしい。

 そうだ、これも言っておこう。少し前に莫さんは梓をモデルにした絵を描いた。白いブラウスの襟元から覗く梓の胸の傷も含めた半身像。

 鎖骨のすぐ下からまっすぐに伸びる手術のあとが描かれてて、生々しくてそこに目が吸い寄せられるけれども、それも含めてとても綺麗な絵だった。少し目を伏せた憂い顔がすごく素敵。すごいミステリアス。その表情はとてもとても丁寧に端麗に描かれてて、女性目線?って思っちゃうような優しいタッチの絵だった。でもこれは世には出回ってなくて、莫さんの書斎にひっそりと飾られてる。

 司くんではない梓だけの表情をよく捉えてた。

 それとは別に、莫さんの描いたイラストは製版されたゲームソフトのパッケージになって世に出回った。憂い顔の少女たちのイラストだったよ。


 そういえばビスクドールについても調べたけど、ロングフェイスジュモーのロングフェイスって長い顔のことじゃなくて、憂い顔のお人形さんという意味だった。なんで世間には憂い顔の女の子なんてものに対する需要があるんだろう。

 ジュモーはリプロ品なら数万円からだけど、刻印つきの本物のアンティークだと数百万円ぐらいするらしい。そんなものを平島さんは1個買ってみようかと言ってたのかってびびっていたら、なんと本当に1体入手したという連絡が来た。写真つきのメールが司くんのところに送られてきたから見せてもらった。

 でもそこまであたしに似てるかなあ。さすがにあたしはここまで幼くはないと思うよ。髪の色はあたしの髪よりももっと黒っぽいアッシュブラウンで、ふっくらとした頬のあどけない輪郭で。でも目の下側のところのラインから頬骨のあたりまでと鼻から口元にかけてが似てるって梓には言われた。ってそれほとんどってことだよね? 眉毛はお人形さんの方が凛々しくて太い眉。

 ところがそれからしばらくしてそのビスクドール、ヨーロッパの収集家がちょうど捜している製造番号のものだということが判明したんだって。長ったらしい英語のメールが送られてきて、それが譲渡を交渉するものだったそうなんだけど、それの翻訳とやり取りを依頼されて司くんがやった。

 ツーリングの約束が反故になったから、それの代わりのお礼としてでいい? って司くんは言って、メールのやり取りを請け負ったんだって。バイクで遠出するにはちょっと寒すぎる季節になっちゃったからね。

 ビスクドールは入手時の約2倍の値段で売れたそう。わーお。


 梓ママのその後については雪佳さんから聞いた。

 雪佳さんと東京に住む雪佳さんの息子さんが交代で、時折様子を見に行ってるんだって。つかず離れず、手を掛け過ぎず、見守ってるって。あれから自傷したりはないそうだけど、カウンセリングにはきっちり通ってるそう。でも相変わらず、梓にはもう会いたくないって言ってるんだって。

 だけどいつ風向きが変わって梓に依存状態にシフトするかわからないから、やっぱり物理的に距離を取った方が安全だって雪佳さんは考えてるみたい。依存でもなんでもいいから梓はママとコンタクトがとれたら嬉しいんじゃないかとあたしは思うけど、雪佳さんは違う考えだって言ってた。いまは梓がママに対する怒りや反発を持たないことそのものが危ういと思っているんだって。梓とママとの再会はママのペースに巻き込まれることなく、ゆっくりと梓がいろんなことを受け止める力をつけてからって、雪佳さんは考えているらしい。

 梓自身はあれからママのことをなるべく考えないようにしているみたいに見える。大人たちが莫さんの家に集まってて、雪佳さんが梓にママとの別離を宣告した日からずっと。



 駅までの距離を、きょうもあたしは梓と歩く。

 ずいぶん風が冷たくなって、冬服のセーラー服の上に、あたしたちはコートを着込んでマフラーを首にぐるぐるに巻いて。

 司くんとの同居には慣れた?って聞いたら梓、足をけり上げるように前に運びながら、少し嬉しそうにうつむいた。


「なんだか司が、毎日、ものすごい甘やかしてくれるの」

「どんなふうに?」

「私、ときどき今でも夢でうなされるんだけど、気づいたら部屋に来てくれて、もう一度眠るまで手を握っててくれる。あと、髪を撫でてくれる」


 ああ、それ小さい子にするやつだ。


「子守歌とかも?」

「子守歌はないけど、でも頼んだらやってくれそう」

「けどうなされるって、梓、悪い夢見るの?」

「ママが首に包丁を向けながら、こっちを睨んでくる夢見る。叫んで自分の声で、目が覚めて、そしたらコンコンってノックされて……」


 それで司くん、梓がもう一度眠るまで、傍にいてくれるんだって。


「そうしたら私、なんだか安心できて、今度はぐっすり眠れるの。司、優しいよね。なのに私、司のことをうらやましいってどっかで思ってて、駄目な姉だなあって思う」


 司くん、梓のこと甘やかしたくて甘やかしたくて仕方ないんじゃないかなあ。

 あたしその気持ちちょっとわかるよ。だって今の梓、頼りない小さな女の子みたいでめちゃくちゃ可愛いんだもの。

 ああ、でも梓から、久しぶりにママって言葉を聞いた。いまでも夢でうなされてるって全然知らなかったけど、せめて司くんが梓の傍にいてくれてよかったと思う。

 


「駄目ってことないよ。実際司くんの方が恵まれてきたんだし。だからきっと、司くんはその分を梓と分け合いたいんだよ。たった2人のきょうだいなんだから」

「私、恵まれてないわけではなかったと思うのよ。でも気持ちの面で、全然満たされてなくて乾いてたのだと思う。なんだかいまの自分はスポンジみたいだって思うの。それか、鳥のヒナ? なんだか司はせっせとエサを運ぶ親鳥みたい」

「甘やかしてくるってそれだけ? ほかにはどんな感じ?」

「うん……」


 梓は頷いて、


「えーとね、一緒にご飯食べたりする。メールで何食べたいか聞いてきて、食べたいもの答えたら、一緒につくるから待っててって言われて、材料買ってきてくれて、それで一緒につくったりしてる。テーブルに並べたら2人でね、それぞれ椅子に座って、いただきますって言って、一緒に手を合わせるの。そういうときにお互いに顔を見合わせてね、ふっと笑いあうと、それだけのことなのに、なんだか胸がいっぱいになってすごく泣きそうになるの」


 梓さん、そんな当たり前のことが泣きそうになるほど嬉しいだなんて。なんていうかほんとに、何をどう言えばいいのかわからなくなってしまうぐらい、いじらしい。あたしはあたしでこんな梓のことを独り占めできてる司くんがうらやましいけど、でもでも、それでも司くんにはもっといっぱい梓のことを甘やかしてほしいよ。


「あと、お風呂上りにドライヤー掛けてくれる。あっ、手を怪我してたとき、鞠乃もやってくれたよね。まあ、鞠乃ほど丁寧じゃないけど。あと、歯も磨いてやろうかっていわれたけど、さすがにそれは断った」


 えーと、司くん? 3歳児ぐらいを想定してる? 


「ていうか、さすがにそれは冗談だと思うけど」


 ふふっと梓は笑う。


「この前の日曜日、一緒に海に行ったの。バイクの後ろに乗るのは怖いから嫌だっていったら、電車に乗っていこうっていわれて電車で連れて行ってくれた。鎌倉の砂浜をずっと歩いてね、歩くとき、ゆっくりゆっくり私の歩調に合わせてくれるのも、嬉しくて。

 司の意図はわかるの。意識して、一緒に行動する、っていうのを実践してくれてる。あと、私のペースに合わせてくれることと、どうしたいって思っているのかを聞いて、望みを引き出してくれること。意図がわかって、それでも気持ちにすごくすごく沁みてくる。私、自分で思っていたよりもっとずっと弱ってたんだなあって実感したの」


 素直な梓さん。可愛い。可愛くて可愛くて、あたしは萌え死しそうだよ。


「一緒に過ごすのは、来年の3月まで限定だから、いまだけちょっと甘えさせてもらっとこうかなって思っているの」


 梓のその言葉に、あたしはちょっと現実に引き戻される。こうして一緒に登下校するのも3月までだ。それも、年が明けたら梓は受験があるから多分、学校は休みがちになるだろうと思う。


「静岡の大学を志望校に、決めたの?」

「うん」


 梓は頷いた。


「受けるからには受かるつもり。受験勉強もしっかり続けてるよ。大学に進学して雪佳さんちに下宿したら、夜中にうなされて目を覚ましても、さすがに雪佳さんは頭を撫でに来てくれたりはしないと思うし、そこからは自分だけでしっかりと立ち向かっていかなきゃならないんだもの。いまのうちに、力をためておく。司が力をくれるから、ありがたく受け取っておく」


 あたし、心のなかで頑張れってエールを送る。頑張れ梓。あたしには何もできないけど、何もできないことがめちゃめちゃ悔しいけど、でも、いつだって応援してるよ。


「鞠乃も、いつもありがとうね」


 梓は不意にそう言った。ひょっとして、あたしの心の声が聞こえんだろうか。

 振り向いたあたしに、梓はこんな風に言った。


「私、鞠乃に謝らなきゃならないことがあるの。あれは9月の終わりの連休の最終日だったかしら。司の運転するレンタカーに乗って、一緒に栃木県まで出かけた日があったでしょう? ちょうど弁護士さんの事務所でお昼をいただいてたときだったと思うのだけれど、高卒認定試験を受けて、卒業を待たずにママと暮らしている家を出て、1人暮らしするつもりだって話したときに、鞠乃、頑張ってっていってくれたでしょ?

 あのときほんとはね、どうしてひきとめてくれないんだろうって、内心不満に思ってて。鞠乃は私のこと好きだって言ってくれてたのに、どうしてそんな物わかりのいいこといってるのよって、心の中ですっごい悪態ついてた。でもね、もしも鞠乃が、遠くの大学に行くなんて嫌だ、傍にいてくれっていってたら、それはそれで私、鞠乃に腹を立ててたとも思うの。変でしょ? 鞠乃がどう返事をしていても、私は結局鞠乃に腹を立てて、理不尽に怒りを向けてたと思うの。

 私は一体どうしたいのかしらって、気がついて、考え込んで、私は自分のなかでいつもくすぶってる、わけのわからない正体不明の怒りを受け止めてくれる人を無意識に探してたのかもって思ったのよ。鞠乃なら私がどんな感情をぶつけても、許してくれそうに思ってて」

「けど梓、あたしに怒ったりしてなかったと思うんだけど、それともあたしがニブくて気づかなかっただけ?」

「文句を言ってやろうと思って顔を上げたら、鞠乃さんがすごく忠犬っぽい顔でこっちを見ていたんです。どこまでもついていきますぜ殿、ってフキダシが頭の上に見えた」

「そういえば、そんなヒドいこと言われた気がする……」


 言いながらあたしもちょっと思い出したけど、多分梓の記憶違いなんじゃないかなあ。あのときの梓は腹を立ててるそぶりなんて皆無だったよ。ありがとうとごめんなさいだけしか口にしてなかった。心の中では違うことを考えてたのかもしれないけど、理不尽を口にする寸前だったってことは、多分なかったはず。そもそもそんな余裕はなかったはず。

 あのとき梓はママと話をしなきゃいけないことを、すごく怖がってたんだっけ。あのときあたしが梓の話をもっともっと真剣に聞いていたら、ママの暴走を未然に防ぐことができてたんだろうか?

 あたしはあたしであのとき梓のママに腹立ててたような記憶があるんだけどね。梓が不安そうなのがやりきれなくて、こんなに娘を不安にさせてるママ許すまじ、と思ってたような気がする。


「鞠乃が本当に私に対して一生懸命なのが見えて、ちょっと落ち着いたっていうか、冷静になったの。この子は私なんかのために、何を必死になってるんだろうって思って。もう少し話してるうちに鞠乃が無理してるのもわかったし、無理して笑って送り出してくれるつもりなんだってわかって、勝手に気が済んだの。ほんと勝手だけど」

「なんかくやしいなあ。梓にはあたしの気持ち、全部見透かされてるんだもの」

「たくさんの気持ちをくれて、ありがとう。鞠乃はずっと、私の支えだったし、いまでもそうだよ」

「綺麗な気持ちじゃないんだよ。以前にも言ったと思うけど。あたし司くんとかにも嫉妬しまくってたし。なんで突然出てきて弟ヅラしてんの、なんて半ギレだったし」


 キレ顔ジェスチャーつきの、あたしの告白に、梓は笑う。


「司にしてみたら、とんだ迷惑だったかもね。突然出現した姉ヅラする女と、その横にいる威嚇する女って」

「ちょっと、梓ヒドい」


 怒って見せるあたしに、梓はさらに笑ったけど、ふとまじめな顔になって、もう一度言った。


「ずっと好きでいてくれて、ほんとうにありがとう、鞠乃」

「気持ちには応えられないけど?」


 あたしの問いかけに、梓は再び微笑んだ。


「鞠乃の気持ちには応えられないけど、それでもいまは、申し訳ないとか思えなくて、負い目みたいなものもなくて、単純にただ嬉しいと思っています」

「なんかズルいなあ、その言い方」


 あたしは口を尖らせる。だってなんだかあたしも嬉しくて、少しムズムズする。だって、いまのいま、本当にあたしの気持ちが梓に伝わった気がしたんだもの。

 ううん。あたしの気持ちの方も、告白したあの日からすこーし変化しているのだと思う。とにかく好きで大好きな気持ちは変わらないけれども、同じ気持ちを返してもらえないことに対する哀しみとかやりきれなさは少し薄れてるの。哀しみがなくなったわけじゃないけれども、少なくともその哀しみは膨れ上がったり暴れたりはしない。小さくなって、あたしの両腕に花束のように抱えていけるだけの穏やかさで、ただそこにあるだけで。


「そんな風に言われると、あたしはただずっと梓のことを好きでい続けるほかないでしょ?」

「ずっと好きでいてほしいかな。もしも鞠乃がどこかの男の子に恋をしても、そのこととは関係なく」

「そんなのもちろん、ずっと好きに決まってる」


 あたしがどっかの男の子に恋をするかどうかは置いといて。ていうかそんなこと一生起きないかもしれないし。けど、きっとあたし、この先何があっても梓のことはずっと好きでい続ける。


「ありがとう。私も鞠乃のこと大好きよ」

「そんなクールに言われてましても」

「鞠乃の恋のお相手として、弟はどうですか?」

「ええ? だって梓、弟はやめておけとか言ってたじゃない」

「一緒に住んでみると、司がめちゃめちゃ忍耐強いのがよくわかるの。司は女の子殴ったりしないと思う。それに司、ちょっとやそっとじゃ気が変わりそうにもないし、パパ……ほど恋愛体質でもなさそうだし、だからたぶんあと何年かはあの子、鞠乃のことが好きなままだと思う」


 パパ、のところで梓の声がちょっとちっちゃくなったのが可愛い、なんてあたし、あらぬところに気をとられてしまう。だって、呼び慣れなくてすごい戸惑ってるのが伝わってくるんだもの。

 ていうか、司くんがまだあたしを好きっていうのはないんじゃないかなあ。だっていまの司くんは、とにかくなんでもぶっちゃけてくるし、まず女の子扱いされてないと思うんだよね。

 第一、彼女になるかもしれない子に、父親が過去父親の父親に虐待されていた話なんてしないと思うよ。

 そんなこと考えるあたしの気も知らず、梓は重ねて司くんを推してくる。


「だからそのうち、ちょっとそんな気になれたらでいいから考えてやってよ」

「うう、でも司くんはなー」

「何が問題なの?」

「梓さん、あなたに似すぎていてあたしの脳が混乱するんです」

「そんな似てる?」

「似てます、もう瓜二つ。ていうか最近の梓の表情、なんか司くんに寄ってきてるし」

「えっ?」

「いいことだと思うんだけどね。あたしは混乱するけど、屈託がなくなるのはいいことだと思う」


 大事なことなので2度言った。


 でもね、梓の心はまだ、傷ついて血を流してる状態だと、あたしは思ってる。傷ついた梓の傍にいたいっていうのは言い訳かもしれないけど、あたしはいまはまだ梓のことだけを考えていたいの。これはもう司くんがどうのっていうのとは別の問題だよね。


 ゆっくりと歩く梓の足取りは、でも重くはなくて、あたしはいつものように梓に歩調を合わせる。こうして寄り添っていられることが、いまはただ、幸せだなあって思う。そばにいられる時間は期限つきになってしまったけれども、それでもそばに居られる間は、できるだけそばにいたいし、こんな風に一緒に歩いていたい。楽しい気持ちも、つらい気持ちも、お互いに話して、受け止めて、半分こにして、過ごしていきたい。


「なんだか雨が降りそうな空」


 そう言って梓は立ち止まり、空を見上げる。


「折りたたみ持ってるよ」


 そう言ってあたし、ぽんぽんと自分の鞄を叩いてみせる。雨が降ってきたら、相合傘で歩こう。うん、これはこれで幸せかも。

 なんて思ってたら、はらり、と何かが落ちてくる。

 花びらのような雪だった。

 立ち止まって2人で雪を見上げる。


「綺麗」


 なんてつぶやいて、梓は空に手を差し伸べた。

 梓の黒い長いまつげに落ちてきた雪がふわりと触れて融ける。白い指の先にも、紺色のマフラーを巻いた首元にも雪は降る。

 雪よりなにより綺麗なのは梓だってあたしは思うけれど、陳腐な言葉だし口には出さない。無言で見とれるあたしを振り返って、梓は微笑んだ。

 司くんみたいな歯を見せた笑い方じゃないけど、その笑顔はちょっとだけ幸せそうにも見えて──それはただのあたしの願望かもしれないけど──こんな日がずっと続けばいいと、あたしは願う。だれかを傷つけたり傷つけられたりのない、穏やかな当たり前の日々が、これからずっと。

 好きで大好きで愛しくて、とてもとても大切な梓。あたしの初恋で片思いの相手で、あたしより年上だけどどこか頼りなくて危なっかしいところもあって、傷つきやすくて脆くて繊細で幼くもあって、頑固で思い込みの強いところもあって、なんだかすぐに自分のことを卑下してしまうところとかは困りものだと思うとこともあるんだけど、つまるところ大事で大好きでただ大切な存在だよ。

 だけどそれは改めて口には出さずに、あたしは道の先を促した。


「傘、差すほどでもないよね。このまま歩こう」

「きょうの帰り、図書館に寄っていく?」

「いいの? 読みたい本の新刊が出てるはずだから寄りたいと思ってた」

「鞠乃が本を物色してるあいだ勉強してるけど、いい?」

「うん。梓が勉強してる隣であたしは優雅に読書する」

「読書はいいけど私も読んでるシリーズだったら私が読むまではネタバレはしないでね?」

「あと3か月? 4か月? うう、そんな長期間ネタバレできないの結構ツラい」


 他愛のないおしゃべりをしながらあたしたち、またゆっくりと歩き始めた。


≪おしまい≫

読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ