あとがきと人物解説(ネタバレあり)
一人の女の子の目を通して、ゲイの人たちの人間模様と、とある家族の遍歴をつづったおはなしです。
一人称で群像劇は無理があるんじゃないかと思いつつ進めましたが、予想以上に難しかったです。
四章まではとにかく主人公がその場に居合わせるという状況を無理やり作ってストーリーを追っていきましたが、最終章はさすがに無理でした。なので対話で説明していく形式になりました。
途中から三人称にシフトすることも検討したのですが、物語のトーンが変わりすぎる気がしたので避けました。
この話を書き始めたのは人魚のお話よりももっと前で、虐待の連鎖という当時の私にとって難しすぎるテーマに耐え切れずに途中で逃亡して、ずっとそのままにしていました。
今回なろうさんに転載するに当たって、久しぶりに続きから取り組んでみたけれけども、うまく書けたかどうかはよくわかりません。
でも最後まで読んでくださってありがとうございます。
以下、だらだらと補足&人物解説。(自分にとっての覚書のようなものです)
時代設定について。
高卒認定試験が高校在学中でも受けられるようになったのは2005年からだそうです。物語の時代はそのすぐあとぐらいのイメージです。
2007年ごろかなあ、と思っています。
お京さんのインド放浪について。
当時のことはよくわからないのですが、ビザは3か月で切れていたと思うので、途中一度ネパールあたりに向けて出国して再入国しているのだと思います。
物語の時間が止まっている間に、インドが飛躍的な発展を遂げたのは驚きです。
お京さんについて。
ゲイというよりもバイというよりも、この人はいわゆるノンバイナリーもしくはクエスチョニングだと思います。男性として男性に恋することもあれば、女性として男性に恋することもあり、女性として女性に恋することもあります。とても曖昧な性自認です。
一方莫さんは普通にゲイだと思います。
国原さんと裕希くんについて。
これは当時古蔦がランダムに読み漁っていたBL関連の書物や漫画を通してフラストレーションを溜めまくった挙句設定した「俺様攻めと健気受け」です。その組み合わせがどうにも苦手だったので、受けが攻めから決別できればいいのになんて考えていたわけです。
ですが古蔦が描くと裕希くんは健気じゃないし、国原さんは俺様というより激昂しやすくて不穏な人に……。
美咲さん(梓のママ)について。
美咲さんは本人がいわゆる児童虐待の被害者です。不適切な対応という広義の意味での虐待ですね。この人は自分の母親と祖母からきょうだい差別をされて育っています。どんなにワガママでも許されて受け入れられて甘やかされて肯定されて、特別扱いされてペットみたいに猫っ可愛がりされて。逆にお姉さんである雪佳さんはずっと厳しくしつけられて育ちました。雪佳さんが搾取子、美咲さんが愛玩子という感じです。美咲さんはそれを梓と司で再現しようとしていただけだと思います。
菅生さん(司のパパ)について。
菅生さんは暴行と暴言を含むガチの虐待を受けて育った人です。だれにも助けてもらえない絶望感の中で子ども時代を過ごした人です。
菅生さんには母親から性的虐待を受けていたのではないか?という疑惑があります。でもこれははっきりとしたものではなかったのでは、とも思っています。具体的な何かがあったわけではなく、母親からカレシの代理としての役割を要求されていたことがメンタルの面でとてもとてもキツかったということだと思います。
梓と梓のママについて。
梓は何も語りませんが、両親が離婚して2人で暮らし始めてからずっと、彼女はママから結構ヒドいことを言われながら育っています。中学生になる頃に口論になったのも、梓にしてみればママにずっと言われ続けてきたことをアレンジして伝え返しただけなのですが、自分のことは棚に上げて美咲さんはひどく傷つきました。
梓の世界にはママと梓しかいなくて、ママにひどいことをしたあげくどこかに消えてしまった父親の分も、父親の分身として梓はママに償いをしなければならない存在でした。そういう自意識を植えつけられて育ちました。何が起こっていたのかをいまでは頭では理解できているとは思いますが、梓がママの呪縛から逃れるのにはまだ時間がかかるのだろうと思います。
司と鞠乃について。
本当はこの2人はくっつけたかったけど、くっつきませんでした。鞠乃がずっと梓の方を向いたままだったので。でも梓が言っていたように、司は鞠乃のことが好きだと思います。
鞠乃視点なのでそのあたりの描写はとても不自由でした。
途中で作品のカテゴリーをヒューマンドラマから恋愛へ移行したのですが、思うように恋愛を進展させられないまま完結してしまいました。完結に当たってヒューマンドラマに戻すべきか迷いましたが、それでも物語の中心にあるのは鞠乃から梓へ向けての好きという気持ちそのものなので、ジャンル詐欺かもしれませんがそのままにしておきます。
莫さんと司について。お互いにものすごく大事な相手なんだけどBLではない、という関係を書きたかったのだと思います。
これも鞠乃視点だったためもあり、全部台詞による説明になってしまいましたが。
この2人に関しては、裕希くんと裕希くんの元カレ(ナナシの大学生)と対比させてます。
莫さんは司の自己肯定感を育て、裕希くんの元カレは裕希くんの自己肯定感を奪いました。
僕らのStand By Meというタイトルについて。
HKTさんに同じタイトルの曲があります。(名曲です)
かぶっているのが気になったので、できれば表題を別のものに変えたかったのですが、ぴったりのを思いつかず結局もとに戻しました。
このお話はHKTさんの曲ともスティーヴン・キング原作の映画ともドラえもん映画とも全く無関係です。
同性婚について。
クマさん夫婦(夫夫)もドロシーさん夫婦(婦婦)も、養子縁組をするか同性婚が国によって認められるのを待つか、迷いながら日々を過ごしていく2007年です。
まさか2023年にいまだ同性婚が成立する道筋ができていない未来を過ごしているなんて、この話を書き始めた当初は思っていませんでした。
何が原因でこうも立ち遅れているんでしょうか。
とはいえ国の制度としての進歩はなくとも、男女の恋愛のあり方やセクシュアルマイノリティーの人々に対するスタンスなどは、政治とは直接関係のない人たちの間では徐々に変化してきているのを感じます。
子どもに対する虐待に関して。
当時よりも状況はよくなっていると思いたいのですが、現代でもびっくりするような事件がニュースで流れてくることがあります。
制度の改善も必要だけれども、人間が起こすことなのでどうにかして人間が見つけて、もしも隠されていてもちゃんと暴いて対処して止めていくしかないのですね。




