表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
最終章 その後
58/63

57 君の幸せな笑顔が見たい(3)

 救いを求めたあたしの目線の先に莫さんがいた。莫さんはあたしに頷きかけると、柔らかく微笑んで口を開いた。


「一つ聞きたいんだが、梓さんはどうしていまこの話を鞠乃さんに打ち明けたのかな? 言わないでいる方が鞠乃さんに対して君は優位性を保てたままだったのでは?」


 返事をしないというか、何をどう言っていいのかわからないだけかもしれないけど黙っている梓に、莫さんは続けて言った。


「君が鞠乃さんの友だちに向かってついた嘘は、鞠乃さんを傷つけてないしその友だちも傷つけていないよね。むしろ角が立たない状態で鞠乃さんがグループを抜けるための役に立ってる。けれどもその嘘で君自身は傷ついた。そういう風に僕には聞こえたけど違ったかな?」


 あっ、1年以上も前のことなのに覚えてるってことは、そういうことだよね? 梓、自分のことを嘘つきだとか思ってるんだろうな。けど嘘ついて平気な人って嘘ついたこと自体あんまり覚えてないんじゃないかしら?

 梓は大きな目を見開いてその言葉をじっと聞いていて、そのあと首を横に振った。


「なんだかよい風に言ってもらってる感じですけど、そういうのは要らないです。私が鞠乃にとって誠実でなかったっていう事実は私がよくわかってるので。莫さんは私にとって新しく現れた存在なので、私に侵蝕されていないからとても気楽に話ができるはずだったんです。それなのに、いろんなことを好意的に取られ過ぎてしまうと、守りに入ってしまいそうな自分がわかって嫌になります」

「そうかな。好意的に捉えているつもりは特にないんだが」

「そうでしょうか? でも莫さんは、菅生さんのことすら好意的に受け取っていますよね?」


 睨むみたいにまっすぐに莫さんを見て、梓はそう言った。


「正直にいうと私は莫さんのものの見方に救われた部分もあるんです。自分の生まれは──菅生の血を引いているっていう事実は、自分ではどうにもならないことだから。だけど私自身に関してのことで弁護めいた目線は要らないです。だって自分で自分が駄目だって一番わかってるんだもの」

「菅生さんの、奥さんや子どもに暴力を振るうっていうのは、人間として絶対してはいけないことだったとは思うよ」


 そんな風に莫さんは答えた。


「ただ、人間ってかなりの確率で、人としてしては絶対駄目なこと、ってしてしまうものなんだとも、僕は思っている。道を踏み外さないで歩いて行けるのは、むしろすごく恵まれた幸運な立場にいる人だけでね。人生の本当に最初の方でしていいことと悪いことの区別をわかりやすくきちんと教えてもらうことができたとか、よい見本とかお手本になる人とかが身の回りにいただとか、平等に公平に扱われて育てられて正しい自尊心が養われただとか、そういったいろんな幸運の中で人は、真っ直ぐでいられるんじゃないかな。長く生きている分僕は駄目なことっていうのも結構してきてるし、自分が駄目であることが自分自身を傷つけてしまうことも知っている。また、逆に他者から不当に扱われたときに、自分に恥じない行動をとることが自分の拠り所になることも知っている。いま梓さんが、君自身がどう行動してきたかに目を向けているのは、だれかに支えてもらうのではない自分だけの拠り所をつくらなければと思ってるってことなんだと思うよ。そこがぐらついていたら、だれに手を差し伸べられてもその手を取ることができないから。だから君はいま、鞠乃さんの好意を素直に受け取れないでいる」


 少しの間、梓は黙って莫さんの言葉を咀嚼しているみたいだった。莫さんの淹れてくれたミルクティーをゆっくり飲んで、それから少ししてまた、口を開いた。


「なんだかやっぱりいい話風にまとめられてしまってる気がします。煙に巻かれたとでもいえばいいのかしら……」


 そう言って梓は、考え込むように指を組んで膝の上に置く。


「莫さんのやった駄目なことって、聞いてもいいですか?」

「まあいろいろ、では許してもらえないかな?」


 にっこりと梓は笑う。こういう顔で人に圧をかけるのは相手を選んだ方がいいと思うんだけど。

 莫さんは苦笑した。


「そうだね。たとえばだけど、僕は高校の頃、既婚者とつきあっていたことがある」

「えーと、不倫?」

「そうとも言うね」

「驚きました」


 目を丸くする梓に、莫さんは微笑み返した。


「相手の人って、どんな人だったんですか?」

「だれにも自分がゲイだっていうことを言えずにいるやつだった。とにかく鬱屈していて、本当の自分の行き場はどこにもないんだって思い込んでいるようなところがあって。そんな風になるのはちょっと嫌だと思うような大人だったね。なにより本人が楽しくなさそうだった」

「既婚者だって、最初からわかってつきあったんですか?」

「さすがにそれはなかったけど……」

「だったら相手が莫さんのこと騙してた? 莫さん高校生だったのに? それって最低じゃないですか?」

「いや、こっちはこっちで年齢をかなりごまかして知り合ったからね。お互い嘘で塗り固めた出会いだったのもあって、そのうちいろんなボロが出て、うまく行かなくなってしまったよ」

「年齢ごまかしてたんですか?」

「2丁目のバーで知り合ったからね。ざっと5歳ぐらいサバ読んでた。まあ昔はいまよりもいろいろ緩くて、特に年齢確認とかもされなかったんだよ。あと、そのころは僕も自分がゲイだということを周囲の人間には告げてなかった。同じ高校に京平がいて、そっちはオカマだとかいろいろ噂されてた。そんな風に好奇の目に晒されるのもうっとうしいと思っていたし、うまく立ち回らない京平のことを、その頃はどこかで馬鹿にしていたと思う。けれどもだれにも自分のセクシュアリティを明かさずに生きていく先に、そいつのような生き方があった。

 ところが、いざ正直になろうと思ったら、勇気が出ないんだ。結局僕は高校の間はオープンにしてない。これまで積み上げてきた友人関係が崩れるのも怖かったし、女の子に興味はなかったけど正直モテるのは気持ちよかったから、そういうアドバンテージみたいなものも失いたくなかった。バレンタインでもらうチョコの数を競ったりも楽しかったしね。高校のコミュニティって結構単純で、性格が悪くても、女子に対する態度がなっていなくても、勉強ができてスポーツができれば結構モテた」


 いや多分それだけじゃモテないと思う。それにプラスでそこそこのコミュ力は必須で、場合によってはルックスも必要だ。莫さんルックスは言わずもがなだし、高校生で夜の街に繰り出していって見知らぬ人とコンタクトを取るほどアグレッシブな人なわけだから、コミュ力も人より高かったんだろうとは思う。莫さんは特に意識してなかった部分なんだろうけどね。

 あたしが黙って心の中でツッコミ入れてる間に、梓がぼそりと感想を漏らす。


「それって結構クズですね」


 歯に衣着せない梓の言葉に莫さんは頷いた。


「そうだね。クズだったって話をしてる。ただ、大学に入るときに、ゲイだってことを隠さずに生きていこうと改めて決意した。高3の最後の時期に京平と初めて直接言葉を交わして影響を受けたのもある。人からどう思われるかが気になるのは自分の芯がないせいだと思った。京平はそこがしっかりしてるからブレないんだ」

「いまの莫さんは人からどう思われるかは気にならないんですか?」

「気にならなくはないかな。だが、人にもいろいろあるからね。無責任なことを言ってくる相手に対しては、どう思われるかの責任を負う必要はないと思っているよ。まあもともと僕は人に軽んじられたり馬鹿にされたりが嫌だっただけで、その相手のこともそもそもどうでもいいと思ってたんだ。それに気づいて愕然とした部分もあったけれども、その一方で開き直れたりもした。ところでこの話は君の質問の答えになっているだろうか? それともズレてきたりはしていないかな? 梓さん、そもそも君は、他人の評価をそこまで気にしていないだろう? 君の行動が君自身の心に添わないでいる理由は、君が他人の評価を気にしているからでなくて、もっと別の理由によるものだろう?」


 莫さんの問いかけに、梓は小さく首を傾げた。


「よく知らない相手を勝手に色眼鏡で見たり勝手な評価をくだしてきたりこういう人だって決めつけで接してくる人を、私はもともと好きではありません。だから、直接私にかかわってさえこなければだれが何を思おうと本当にどうでもいいと思ってきました。でも私はゲイではないのでその他大勢からの風当たりは体感ではわからないので、莫さんや藤永さんが受けてきた痛みはわからないかもしれないです。他者に対しては私はどちらかというと透明人間であることを望んでいて、ある程度は望みもかなっていると思うので」


 ねえ梓、それって自分のことが全然見えていないと思うよ。

 梓は道を歩けば振り返って2度見されるレベルの美少女だ。透明人間はさすがに無理だと思う。そして、相手にどう思われても構わないという言動は、初対面の人と接したときの梓の態度の端々にあらわれているから、かえって相手に強い印象を残す。

 まあ、嫌な女って思う人はいるかもしれない。嫌な女って思われても梓は別に困らないから、そういう意味では梓の思い通りになっているのかな? 好ましい可愛い子と思われるよりは、ツンツンした嫌な女と思われる方が透明人間度が高いかのもしれない。

 高1のときにもしも梓があたしのことをなんとも思っていなくってあたしの方から気になって近づこうとしていたら、きっとまるで相手にされてなかったってことだね。まずは、あたしは梓に見つけてもらえてよかったと思おう。


「私だって、上から正論を振りかざすことがいいことだと思っているわけじゃないんです。人間が過ちを犯してしまうことがあるものだっていうのもわかります。でも、菅生さんのように奥さんや子どもを殴るのって、やっぱり普通ではないっていうか──ものの限度を超えているって、どうしても思ってしまうんです。だからある日突然普通の顔で私のところにやってきて普通の父親のように振舞われても、かえってどうしていいかわからなくなってしまうんです。て言って、私が鞠乃に嘘をつき続けてきたことがそれと比べてマトモだって言いたいわけじゃありませんけど」

「君についての話はちょっと横によけておくよ。菅生さんにはね、梓さんが考えていることを言えばいいと僕は思う。いまごろやってきて普通の父親のような顔をされても受け止めきれないってはっきり言えばいい。もちろん何も言わないのも自由だけどね。理由は言わずに受け入れることはできないことだけ伝えるのもありだ。君が菅生さんに対して何かしなければいけないわけじゃないんだよ。なんなら今後一切リアクションなしで放っておいてもいい。僕とか鞠乃さんとかタオとか千鶴さんとか、とにかく周りの人間が代わりに何か伝えるだろうし、菅生さん自身にしたって梓さんには受け入れてもらえなくても当然だと思っているだろうしね」

「さすがにそれはヒドくないですか?」


 思わずそう答えた梓に、莫さんは微笑した。


「菅生さんのしてきた駄目なことっていうのは、そういう種類の取り返しのつかないことの一つだという話をいま君がしていたんじゃなかったかな? だからそれに対して君がちょっとした意趣返しをしても、あるいはなんのリアクションも返さなくても、別にひどくはないんじゃないかな。むしろ当たり前の反応だと思っていい。それに、菅生さんはまだ恵まれていると思うよ。仕事では成功しているし理解のある奥さんもいる。息子とはギクシャクしていたようだけどね。いや、息子にしたってそこまで菅生さんのことを毛嫌いしているわけじゃなさそうだし、ほんとに過ぎるぐらい恵まれてるんじゃないかな。だから君は、君の好きなようにしていいんだよ。腹が立つなら怒りをぶつければいいし、何の感情もわかないのなら放置でいい」


 莫さんの言葉を聞いている梓の表情は、けれども混乱したままみたい。

 あたし、ふと思いついて口を開く。


「梓のどうしたらいいかわからないっていうのは、どうするべきかじゃなくて、自分がどうしたいのかがわからないってことだよね?」

「……そうかも」

「だったらやっぱり放置でいいんじゃない? わかるまで放置。わかるためになんかやってもいいけど、なんもやらなくても別にだれも困らないし。っていうよりさっき梓、菅生さんにそこそこ普通に返事してたよ? 一緒に住めない理由を説明してた。自覚なかったのかもだけど、とても優しい菅生さんのこと責めない断り方をしてたよ?」

「そうだね。優しい断り方だった」


 莫さんも言った。


「うまく行かなくなったらあなたは殴るでしょう?とは言わなかったからね」

「そんなこと、よく知らない相手に言えるわけないじゃないですか」

「あっ、梓の立ち位置としては、それぐらいでいいんじゃないかな。パパのこと、よく知らないけどなんだか馴れ馴れしくしてくる相手、ぐらいに思っとけば? 理由もなく梓のこと好いてくる謎のオジサン、みたいな感じで」

「鞠乃さんもなかなか言うね」

「莫さんほどじゃないと思いますけど」


 あたしはそう言い返す。


「さっき莫さん梓のパパにずけずけ物を言ってて、正直驚きました」

「まあ私にとっては口論ぐらいはしたことのある相手だからね。それと、今回の話し合いに参加してくれって言ってきたのは菅生さんだったから、何か僕の意見も述べた方がいいのかなって」

「そうだったんですか?」

「うん」


 莫さん頷くと、ちょっと菅生さんの口真似をする。


「あんたの意見も聞きたいから話し合いに加わってくれ。これまでだってどうせ半分親みたいな役割を買って出てくれてたんだから、もののついでだろう。……って」

「人にものを頼むにしては、無駄に偉そうですね」


 梓がそう感想を述べて、莫さんは「確かにね」なんて笑って言って。

 そのあと梓がトイレに行って席を外したから、莫さんはその隙に、さっきの自分の発言についてもう少し詳しく説明してくれた。

 莫さんはあのとき本当は菅生さんにそこまで言うつもりはなかったけど、偶然梓が訪ねて来たからちょっと梓に聞かせたいって思ってしまったのもあって、口が滑ったっていうのとは違うけど、つい言い過ぎてしまったっていうのがあるんだって。

 莫さんは本当は、中学生のときの司くんと司くんパパのことではなくて、いまの梓と梓ママのことについて言いたかったとのこと。梓とママがどういった状況なのかを、あたしたちが訪ねてくる前の雪佳さんの説明で大体把握していたから。

 梓がずっと罪の意識を抱えて生きてきたことも、罪悪感から逃れることすら後ろめたいと思っていることも莫さんは知っていたから。親とうまく行かなくなっても子どものせいじゃないって意味のことを梓に伝えたかったんだって。だから、予防線を張ってくれたという梓の解釈はある意味的を射ていて、莫さんさっきはドキッとしたんだって。


「梓さんはタオよりもずっと繊細だね」


 なんて、あたしにとってはいわずもがなのことを口にする。

 ああ、胸が痛いなあ。莫さんが梓のことを理解しているのが悔しいし、でも嬉しいしありがたい。司くんのお姉さんだからっていうのを梓は気にしていたけど、この際本当にそれはどっちでもよくない? それって莫さんが梓を理解するきっかけというかとっかかりにはなっているけど、梓は梓だ。

 うちの子ほんとに可愛いでしょうなんて言って、梓の話を莫さんとしてみたい。すぐに本人が戻ってきちゃうから、そんな時間ないけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ