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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
最終章 その後
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56 君の幸せな笑顔が見たい(2)

 大人たちが帰ったあと、梓とあたしは莫さんちに残った。

 雪佳さんは莫さんに会釈をしてから出ていき、何か文句をいいたそうだった菅生さんは、千鶴さんに引っ張られて出て行った。

 莫さんは応接セットのコーヒーカップを片付けてから、あたしたちに紅茶を入れてくれた。アッサムティーとホットミルクを用意してくれたのにはびっくり。あたしのイチオシの飲み方だ。


「あの、莫さん」


 ティーカップをまるでマグを持つように両手で包み込んで持ち上げながら、梓は聞いた。


「さっきの話、本気ではなかったですよね?」

「さっきの? なんだい?」

「さっき莫さん、うちに下宿したらいいんじゃないかって言ってましたけど、それって弾みとか言葉のあやとか、そんな感じで言ったんですよね」


 そしたら莫さんの返事は、「いや、僕は全然それで構わないと思っているよ」っていうものだった。


「まあ実際のところは保護者の方たちの横槍が入るだろうから通らない案だとは思っていたけどね。でも万一そういう流れになったらそれはそれでいいんじゃないかとも考えて口にした」


 どうして?っていう梓の質問に、


「梓さんは肉親と暮らしてうまくいかなくなってしまったわけだから、他人と暮らしてみるのもいいんじゃないかと思ったのと、僕は僕で楽しそうだと思ったのとの、両方かな? 君にとっての僕は安全パイだろうと思うからね。もしもうまくいかなくなっても他人だから、お互いにダメージが少ないだろう?」

「そんなことないです。私は菅生さんに嫌われても全然平気だし、むしろ莫さんに嫌われる方がダメージ大きいです、きっと」

「いや、うまくいかなくなるってそういう意味じゃないよ。うまくいかなくなるイコールどちらかがどちらかを嫌いになるっていう考え方は短絡的過ぎるんじゃないかな」

「莫さんは楽しそうって言いましたけど、実際に全然楽しくなかったら? 私にすっかり嫌気がさして、見るだけでムカムカして、憎むようになったら?」

「楽しそうに見えたものが案外楽しくなかったってだけのことで憎しみは生まれないよ。どちらかというと期待値の大きい梓さん側の方が期待はずれだったときのガッカリ度が高いんじゃないかな。僕は年上というだけで、ずいぶん君に買いかぶられてるような気がするから」


 そんな風に言い返す莫さんが、少なくとも梓との会話をどこかで楽しんでいる様子なのはわかる。だから一緒にいて全然楽しくないってことにはならないんじゃないかなあ。


「私は莫さんのことがすごく気になってますけど、別に買いかぶってるわけじゃありません。だって私にそんなことを言ってくれたのも、単に私が司の姉だからですよね?」

「どうしてそう思うんだい?」


 莫さんは人の悪い笑みを浮かべてそう聞いた。


「だって、私にはそこまでしてもらえる理由がないじゃないですか? あなたはゲイだし、あなたにとって私は本来なら関心を持てない存在でしょう?」

「そこまでも何も、部屋を貸すって言っていただけだよ。買い物を代行したり勉強を手伝ったりのオプションはついていないよ?」

「話し相手にはなってもらえると思ったんですけど、違うんですか?」

「梓さんは聞いてもらいたい話があるのかい?」


 梓はジト目になって莫さんを見る。


「質問に答えてもらえませんか?」

「いや、違わないよ。話し相手にはなれると思った。君が私を訪ねて来た最初の日、僕は君の恋人にはなれないと話して、それで構わないという君の答えは君の本心だと思ったから、特に何のわだかまりもなく僕たちはやっていけると思った。それからなんだっけ? 君の質問」

「莫さんが私にここに住んでいいって言ったのは、私が司の姉だからでしょうと聞いたんです。話し相手うんぬんは、あなたが部屋を貸すだけでオプションは何もないって答えたことへのツッコミです。でも、そもそも部屋を貸してくれることにしたって過分な申し出だとも思いますけど」

「理由は僕にとって楽しそうだからだね。君がタオのお姉さんだからっていうのは突き詰めればそういうことなのかもしれないけど、最初に思い浮かぶ理由じゃないよ」

「突き詰めて考えてもらえませんか?」

「どうして?」


 莫さんの切り返しに、梓は鼻白む。


「事実君はタオと姉弟(きょうだい)なわけで無関係にはなれないし、この際それはどうでもいいことだと思わないかい?」

「あの、はっきり聞きますけど、莫さんは私が司に似ているから気にかけてくれているのでしょう?」


 莫さんは微笑した。


「確かに君は少し前のタオを思い起こさせるから、君を見ているとちょっと懐かしいような不思議な心地がするのは事実だ。でも君は君で、タオとは別の場所で育った別の人間だってこともわかっているつもりだよ」

「少し前、ですか?」

「見た感じの雰囲気は、ちょうど1年から2年ぐらい前にかけてだろうか。君がいま、ちょうど高校生だからっていうのもあるのかもしれないね。10代の子って結構変わるから、君もこれから積み重ねていくものによって変わっていくだろうし、タオもまた変わるだろうし、そのうちにお互いにそこまで似てるって言われなくなるんじゃないかな?」


 淡々と、莫さんはそう告げた。やっぱりこの人達観してるって、聞いてて何となく思う。でも莫さんは10代の過渡期で変わっていく司くんと出会えて関わり合いになれたことを幸運だったとも言っていた。だからただ遠巻きに淡々と眺めてきたわけでもないのだと思う。


「ほかに聞きたいことはあるかい?」

「さりげなくこの話題を流さないでもらえますか? 私の莫さんにとってのアドバンテージは司に似てるというその一点だけですよね? なのに私が受け入れてもらえているのは、司が莫さんにとって特別な存在だからじゃないんですか?」


 莫さんは足を組んで座って、少し考えている風に天井の方を見てたけど、ちょっとしてゆっくりと口を開いた。


「えーと、2つの質問が混ざり合っているような気がするから、ひとつずつ答えよう。まずタオが私にとって特別かというと、それはその通りだと思う。彼はとてもパワフルで理解力と洞察力が卓越していて、出会ってからの7年間、ずっと私を理解してくれて支えてくれる存在だったと思う。ただ、梓さん、君からもそうであるようにこちらとしては少々買いかぶられていた感はあるけどね。タオは私を自分よりもずっと大人であるかのように思っているが、波長が合うというのは精神年齢が近いということでもあるからね」


 莫さんは結構自分を客観視しているというか、それができている印象。普通は私たちは自分の目に映る自分自身の姿と他者から見た姿がかけ離れていても案外気づかないものだけど、そこがほかの人より長けている部分という気がする。所作の一つ一つが洗練されているのも、他者の目が自分の中にあるからなんだと思う。常に外側から自分自身を吟味しているとでもいうのか。

 とはいえ、いまの莫さんはかつて見たことがないほどくたびれてて髪もヒゲもボサボサだし、なんだか目も落ちくぼんでるような感じがするしで、洗練されているとはとても言い難いものがあるけどね。でもやっぱり姿勢がよくて、穏やかで落ち着いた話し方も変わらない。


「あの、この前も聞いたんですけど、恋人になりたいとかは思わなかったんですか?」

「うーん。出会ったときのタオは思春期前だったからね。いやまあ年齢的には思春期だったけれども、ゲイだノンケだ以前にそっち方面には関心がなかったんじゃないかなあ。こちらとしてはやましい感情は持ちづらかったというか……」

「けど7年間ずっと思春期前だったわけじゃないでしょう?」

「ぐいぐい来るね。まるでタオと会話しているみたいだ」


 そう切り返されて一瞬固まってしまった梓に、莫さんは笑いかけた。


「冗談だよ。それよりもうひとつの質問の方に先に答えさせてもらっていいかな。君自身のことと君がタオの身内であることは切り離して考えているし、それができているとも思っている。梓さん、君は君だし、別にタオのお姉さんだからではなく、君自身が話し相手として魅力的だから僕は交流を持ちたいと思っている。それに関して偽る意味も理由もないし、言葉のまま受け取ってほしいんだが」


 対する梓は困惑顔だ。


「だってそんなのって。莫さんは私を知らないからそんな風に言うんです。実際に交流したら、きっと嫌になります。私、性格悪すぎて、実の母親にすら嫌われてるぐらいなんですから」


 ん?

 ちょっと待ってよ。

 だれ一人自分のことを好きになるわけがないみたいな、その思い込みは一体何?

 あのー、もしもし梓さん? あたし、あなたに告白したよね。好きだって。大好きだって。特別だって。あたしのことはノーカンなんでしょうか? 

 納得できないので、口に出してみた。


「あたしは梓が大好きだけど? 出会って1年半経ってるし去年は同じクラスだったけど? 今でも毎日顔を合わせてるし放課後だってこうして一緒に行動してるし? 嫌いになる気配なんてないし今後もそんな予定一切ないし?」

「だって鞠乃は私に騙されてるだけだもの。ちゃんと周りが見えてたら私のことなんて好きでいるはずなんてなかったのだもの」


 何を言ってるんだろうこの人は。


「えっと梓? ほんっとうに意味がわかんないんだけど」

「だって私、前のクラスのとき鞠乃と仲良かった子たちが疎遠になるように仕向けたんだもの。鞠乃とは話がしたかったけど、あのとき鞠乃と一緒に居た賑やかなグループの子たちに私が混ざるのは無理だと思ったから」


 ええ? なんで突然高1のときの話?

 高1の春のことだよね? しかも、まったく何にも心当たりがない。っていうか覚えてない。

 高校に入学してしばらくあたしが一緒に行動してた子たちだけど、結構大所帯だった(9人ぐらいいた)しあたし1人が抜けても特に支障はなかったはず。あと、クラスに馴染んでくる頃って自然にグループ替えって起こるんだよね。

 梓は本当にあの子たちに何か働きかけたのかもしれないけど、梓と一緒に行動するようになったのはあたしの意志だよ。


「それ本当? ってか何したのか聞いていい?」

「鞠乃が私にだけ悩み事相談してるんだって伝えた。だからしばらく鞠乃のことは誘わないでそっとしておいてねって」

「まじ? あたしは何を悩んでたことになってたの?」

「だれも深くは追及してこなかったよ。みんないい子たちだったよね」

「それはみんな騙されるよ。だって梓は一見すごい大人なお姉さん風なんだもの」


 高1のときの2コ上って結構大きいからね。梓は美人で背も高めだし、初対面では本当に大人っぽく見えた。


「でもそれで騙されたのはあたしの友だちで、あたしが騙されたんじゃないよね?」

「そのことだけじゃないもの。鞠乃はすごい素直だからいつだってこういう方向に誘導しようって私が思った方向に行くの」

「そうだっけ?」

「ほら、全然気づいてない」


 だけど梓、あたしは梓が思ってるよりずっと、梓のことをちゃんと見てると思うんだけどなあ。梓検定1級は無理でも2級ぐらいには行けてると思うんだけど。でも、ちょっと意味不明なお悩み抱えてるのに気づかなかったのはやっぱり検定失格?

 何が納得いかないって、梓があたしに対してすら罪悪感を持って接してる感じなのが一番納得いかない。


「つまり梓はあたしの梓に対する好きだって気持ちすら、梓からコントロールされて生まれた錯覚だって思ってるってこと? ないから。それは絶対ない」


 好きだって告白したとき、受け入れてもらえないだろうことは覚悟してたし、その現実も何とか受け止められたつもりでいた。だけどちょっと待って? これって好きだっていうあたしの気持ち自体がちゃんと伝わってないってことにならない?

 もしかして梓、自分はまともに人から好かれないって思い込んでない?

 そんなことないんだけど。あたし本当に梓が好きだし大事だし大切だし可愛いし。いやもうほんとに全力で頭なでなでしたい勢いで可愛いと思ってるし。

 どうすればわかってもらえるんだろう。

 そんで莫さんは大人で知略に長けてるからコントロール不能で、だから好きになってもらえっこないって思ってるってこと?

 やっぱりこじらせ過ぎだよ梓。

 けどこんな意味不明かつ強固な思い込みに対してどう反論したらいいんだろう。

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