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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第四章 土曜日
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51 ひび割れた日常(3)

 司くんはバイクで、あたしたち3人はタクシーで移動した。タクシーの中でやっとあたし、思い出して菅生さんからの伝言を伝える。

 雪佳さんは菅生さんの携帯の番号は知らないとのことだったので、あたしの電話から掛けてもらう。少し菅生さんと話をしたあと、のちほど掛け直しますといって、雪佳さんは電話を切った。


「ねえ、鞠乃」


 タクシーの中で、梓が聞いてきた。


「莫さんちに行ってくれたんだよね?」

「うん、行ったよ」

「もしかして、来てたの? 司のママだけじゃなくて……」

「司くんのパパ? 来てたよ。朝早くに茨城から車で出て来たって」

「どうして?」

「さあ。なんでも梓を一目見たかったからとか?」

「なんでいまさら?」


 驚いた顔の梓に、あたし、どう切り出そうか迷いながら、口を開く。


「ちょっといろいろとね、誤解というか、行き違いもあったみたいだよ。梓んちに着いたら聞いたこと全部、説明していい?」

「いま聞きたいかも」

「アパートに着いて司くんと合流してからの方がよくない? ていうか、どうしてあたしに代わりに司くんのママの話を聞いてもらおうと思ったの? 朝の電話で梓、とてもとても大事なことだって言ってたよね?」

「なんだかね、この頃少し──」


 梓は少しうつむいて、考え込む顔で言葉を切った。

 あたしは待つ。


「──ママのいうことが何かヘンなんじゃないかと、思い始めてて。鞠乃にはこの前話を聞いてもらってたでしょう。それに、以前から私が司を捜してたことも知ってくれてるし。だから司ママに教えてもらった話を照らし合わせたら、私から聞いていた話に何か違和感があったら気づいてくれるんじゃないかって思ったの」


 違和感どころじゃなかった。歴然とした食い違いを前に、あたしの眉間はコイル状になっていたよ。


「きっかけは夏休みに雪佳さんから聞いた話だったのだけどね。2年前の手術のときのこと、この前言ったでしょう? ママはどうにかしてお金を工面できたとしか私には言ってなかったけど、本当は費用を出してくださったのは静岡のひいおばあさまだったって話。ママ、はっきり話してないだけじゃなくて、ママが苦労して働いてお金を工面したんだと、私に思わせておきたかったのではないかと思ったの。

 私、2度の手術と療養で、ずいぶん長い間入院してたんだけど、ママはほんとにめったに顔を出さなかったんだよね。完全看護だったから、そりゃ、必要ないっていえば必要なかったのだけれども。同室に同じ高校生の子がいてね。その子のママはしょっちゅう顔を出して、その日あったこととかのいろんな話を聞いてあげて、その子の欲しいものとかいろいろ届けてあげてて。ああ、うらやましいなあ、私はずっとひとりぼっちだなあ、なんて思いながら、それでもそのときは、ママは手術の費用を工面しなきゃならなかったから、人一倍働かなきゃいけなくて、私のために頑張ってるんだからワガママ言っちゃいけないなんて思ってたんだけど。

 そのときのことも、いまになって思い返したら、単に私と顔を合わせるのが嫌で病院に来なかったのかもしれないと思ったりするの。私が父親に似てきたから、顔を見たくなかったのかなあ、なんて」

「あのね、梓。それなんだけど、梓と司くんは、どっちかっていうとママ似なんじゃないかと、あたしは思うんだけど。きょう司くんのパパにあたし会ったんだけど、それほど梓に似てるとも思えなかったんだよね。むしろ梓って結構、雪佳伯母さんに似てるよね。ママは直接見たことないからわかんないけど」

「でも私、ママに言われた記憶があるのよ。小学生のときとかに、梓ちゃんのそういうところ、パパにそっくり、なんて。すっごい嫌そうに言われたわ。見た目じゃなくて性質とかもあるのかも、って思う」

「それはね、梓ちゃん──」


 あたしたちの話を横で聞いていた雪佳さん、梓とあたしが考えてもなかったことを口にする。


「美咲は──あなたの母親はね、自分にとって都合が悪いことを梓ちゃんが言ったり考えたりしたときに、よくそういって黙らせていたの。あなたはまだ小さかったから、よく覚えていないかもしれないけど。嫌な言い方になるけれども、昔からあの子はそう。全部自分の思い通りにならないと気に入らないし、あなたのことだって、父親に似てるから嫌なわけではなくて、あの子が嫌だと思うところを父親に似ていることにして否定しているだけだと思うのよ。だからね、梓ちゃんとママの間でいま起こっていることと、菅生さんのことは関係ないと思うの」


 梓は雪佳さんを見て何か言おうとして、けれども言葉が探せないみたいで、そのまま黙った。多分、思い当たる節があったんだと思う。


「あの子が姉の私のことを嫌うのも同じ理由なのよ。私が介入すると梓ちゃんが自分の思い通りにならなくなるからね。いまだって高認受けて受験してとっとと大学生になっちゃえば?って誘惑してるわけだし」

「私、やっぱり無理に進学しなくても、1年ぐらい待とうと思えば待てます」

「梓ちゃんに特に目標がなくて、なるべく長く高校生活を楽しみたいのなら、それはそれで構わないと伯母さんは思っているのよ。あなたのママの思惑とも合致するわけですしね。でもそうではないのでしょう? あなたには行きたい大学があって、やりたいことがある。だったら、あなたはあなた自身のために行動するべきなの。たかが1年、されど1年よ。聖優学園を卒業した娘って称号にこだわっているママを満足させるためだけの1年なんて、割に合わないと思うのだけれども。それにね、思い通りになって当たり前の人は、思い通りになって感謝なんてしないものですからね。むしろ感謝を強要されるわよ。2年も長く高校に通わせてあげたんだからって」

「けど、伯母さん、ママは何もかも自分の思い通りになるなんて、最初から思ってなかったと思うんです。ママが私と話をするのを避けるのも、私がもうとっくにママの思い通りの可愛い優しい娘じゃないってわかってて、わかってるから実感するのが嫌だから避けてるのかなあ、なんて思うんです。逆に一つぐらいはママの思い通りになってもいいんじゃないかって、それが私がママのお気に入りの高校を卒業することだったら、なんて、どこかで思ってしまうんです」

「その考え方自体が、ママに毒されてる証拠だと伯母さんは思うけど。それにきょうの美咲の行動そのものが、梓ちゃんをコントロールしようとしてのものだからね。まだまだ思い通りになると思われてるのよ」


 雪佳さんの言葉に、梓は大きくかぶりを振った。


「なんだかママは、まるで突然ヤケになってしまったみたいでした。私、司のママに話を聞きに行くっていっただけなのに、それで何もかが台無しになると思っちゃったみたいな感じで……」

「そのことなんだけど、あのね、梓──」


 あたし、司くんとパパの引っ越しに関する真相を、梓に話した。パパが転勤して茨城に引っ越したときも、そのあとで個人病院を開業したときも、どちらもハガキを送ってお知らせしたって千鶴さんは言ってたんだよって。

 けど、話の途中でタクシーが梓のおうちに着いたから、アパートの前で待っていた司くんと合流して、とりあえず部屋にお邪魔した。


 えーと、まずリビングの片づけが最初に必要だった。

 血のついた刃物が床に落ちてて、電話の受話器も血まみれ、床も血まみれ、脱ぎ散らかした服もドロドロ、テレビは電源つきっぱなしで、なんなら台所のシンクも水栓がしっかりしまってなくて水がちょろちょろ流れっぱなしだった。濡れて駄目になった梓の携帯は床に置いてあった。こういうのって、ショップに持っていったら、データだけでも復元してもらえるものなんだろうか?

 梓にはダイニングの椅子に座ってもらって、司くんにはお茶を用意してもらって、そのあいだに雪佳さんとあたしで片づけをした。救急隊員の人が土足で上がってきたっていうから、床は一通り全部拭いた。

 一段落して、みんなでテーブルを囲む。

 椅子は2脚しかなかったから、もう一方には雪佳さんに座ってもらって、司くんとあたしは立ったまま。


「続きを聞いていい?」


 梓に促されてあたし、小さかった司くんが記憶をなくしたきっかけについて、千鶴さんから聞いた話を説明した。パパとママの離婚によってパパと2人だけになってしまった司くんが、梓とママが死んでしまったって思い込んでしまってショックのあまり口を利かなくなってしまい、それを解決するために菅生さんが面会を申し入れたけど美咲さんに断られたって話。そのあとも、司くんが家出して行方不明になったときも、もう連絡はしてこなくていいって美咲さんから言われていたことも。


「あのね、それとね、梓のパパとママが別れたときの話についても、以前梓に聞いた話と、パパサイドの記憶が食い違ってたんだよ。裁判したらあなたの方が負けて子どもを2人とも手放さなきゃいけなくなるでしょう、って言葉を口にしたのはママの方だったって言われた。ただ、これは梓のパパが千鶴さんと出会う前のことだから、証人はいないの。だからどっちが正しいかはわからない。ただ言い分が食い違うよっていうだけの話。菅生さんは──梓のパパは、本当だったら司くんと梓の2人ともを手元に引き取りたかったって言ってた。でも裁判をしたら本当に自分には全く勝ち目がないからあきらめたって」

「もしも当時法廷で争っていたら、親父の方が不利だったのは間違いないよ」


 司くんが言い添えた。


「どっちが何を言ったかはともかく、事実として親父に勝ち目はなかった」

「あのね、菅生さんね、梓に会いたがってる。もしよかったらだけど、会ってみない?」


 あたしはこう言ったけど、多分梓にしてみたらそんな急には飲み込めないだろうとも思う。菅生さんのことを梓はママからずっと、ひどい父親だと言い聞かされ続けてきた。梓自身としても実際にパパがDVを振るってたときの記憶もある。

 それに、梓にとっては連絡を絶ってしまったのは父親の方からで、だからずっと自分には何の関心も払われていないのだと考えて生きてきたのだもの。

 梓のママは被害者で、なのに加害者の血を引いている娘を頑張って育ててくれて、大事にしてくれて、感謝もしているし申し訳ないとも思ってきた。だから、パパに会ってみたいなんてちょっとでも考えるだけでママに申し訳ないっていう気持ちでいっぱいになっていたはず。

 自分の存在の半分はママを虐待するひどい悪い男からできていて、もう半分だけが可哀想なママからできているから、梓は自分が存在しているだけで、ママに対して悪いことをしているような気がして、そうやって負い目を持ちながら暮らしてきたんだと思うから。


 隣で雪佳さんが、ああ、私も菅生さんに連絡しなきゃ、って言って、あたしから電話番号を聞いて、掛け直すために廊下に出ていってしまう。


「あのさ……」


 司くん、雪佳さんを目で見送りながら、ちょっと遠慮がちに梓に切り出す。


「親父のことで、ちづちゃんと電話してて、ちょっと聞いた話なんだけどさ。親父がそもそも虐待のサバイバーなんじゃないかって言われた」

「サバイバー?」

「うん。虐待から逃れて生き残った人をそう呼ぶの。ただ、ちづちゃんはそうじゃないかと疑ってるけど、親父が何も話してくれないから聞けないでいるとも言ってた。親父、実の母親をすごい嫌ってて、連絡してきても絶対取り次ぐなって言ってるんだって。理由は聞けないけど、実際に母親──っていうか俺たちにとっては祖母に当たる人なんだろうけど──から連絡があっとき、気分が悪くなって吐いたことがあるっていうの。これ相当じゃん? だからちづちゃん、それ以降は連絡があったことすら告げないで、全部シャットアウトしてるって。きょうほんとはそのことについても、もう少し詳しく聞いてみようと思ってたんだけど、親父本人がついて来ちまったから、かえって話題にできなかった」

「……だからって……そうだとしても……奥さんや子どもを殴っていい理由にはならないと思う」


 戸惑った声で、梓はそう、反論の言葉を紡ぐ。


「うん。それはまあ、その通りだよな。もちろんヨメさん殴っていい理由には全然ならないし、殴られてた俺たちの母親にしてみればいい迷惑でしかなかったと思う。俺だって、それ聞いたからっておとなしく殴られてやろうとは微塵にも思わねーし。つか俺、中坊のころ、ガチで親父に反撃してたから。親子喧嘩で俺がズタボロになってガッコー行くと、生徒が怪我をして登校してきたからって、児童相談所に連絡が行くの。そんで相談員がウチにくるんだけどさ、そしたら応対する親父がそもそも顔にスリ傷とか青タンとか作ってるわけよ。んで、息子が反抗期で暴れまして……って説明するから、それで相談員は帰っちまうの。理不尽じゃね? 向こうが先に暴れたって、だれも思わないんだもんな」

「なんかドン引きなんだけど。聞くと、やっぱりもしも梓がパパに引き取られてたら大変だったって思っちゃうよ」


 あたしがそう感想を言うと、司くん、こう言い返してきた。


「きょうちづちゃんの話を聞いてて思ったことがある。ていうか、前々から自分でも不思議だった自分の感情の動きについてだけどさ。俺が親父に反撃しなきゃいけないって思い込んだのは、俺の母親がそう仕向けたのかなって思った。やっぱりきちんとした記憶があるわけではないんだけどさ、親父が殴ってきたら、俺がやり返さなきゃアズちゃんたちを守れないって、なんかずっと、思い込んでたのかもって。もう守る相手もいないのに、って考えたら、中学の頃の俺、アホみたいだったかも」

「えーと……自分を守るのも大事なんじゃないかな?」


 どう答えたらいいのかわからなかったあたし、苦し紛れになんとか、そう言葉をひねり出した。

 司くんは頷いた。


「俺、アズちゃんにもさ、自分を守るって視点を持ってほしい。こんなこと言われるの嫌かもしれないけど、いま、俺、あんたの母親があんたにした仕打ちを許せないと思ってしまってる」

「多分だけど、きょうのママはパニックになってしまっただけだと思うの。私が、その、対応を間違えてしまったから……」

「あんたの母親があんたに──」


 司くんは、何か言いかけでやめて、代わりにこう言った。


「あんたがあんたの母親を許してしまってるのは、俺にはとても歯がゆいけどさ。仕方ないよな。アズちゃん母親のこと、大事に大事に守って、傷つけないようにずっと気をつけて暮らしてきたんだろ。俺が傍に居たら、気苦労を分け合えてたかもしれなかったのに、ごめんな」

「私だって、再会したあなたがあなたのパパをすっかり許してるみたいなのが、歯がゆいと思ってる」

「けど、アズちゃん、殴られる方がまだ……」


 今度も言いかけて司くん、口を噤む。

 あたしには、司くんが言えなかった言葉がわかってしまった。

 親に殴られる方が、目の前で親に自傷されるよりは、多分ずっとマシだ。なぜなら子どもは親を憎むことも、拒絶することも、立ち向かうことも、きっとずっとたやすくできるから。どんなふうに傷つけられたかがわかりやすくて、わかりやすい分、自分の傷も自覚しやすい。

 けれどもいまの梓に、ママが梓を傷つけようとした、それもひどいやり方で傷つけようとしたっていう現実を突きつけるのは、やっぱり酷だと思うよ。司くんの怒りや苛立ちはわかるけど、それは絶対いまの梓に対して吐露してはいけないものだと思う。

 それと司くん、殴られることを何かと比べてマシだって考えるのは危険だよ。何とどう比較しても駄目なものは駄目だし、仕方のない場合もあったんじゃないかとか考えるのはよくないと思う。


 あとで司くんにバイクで送ってもらうとして、莫さんの店にもう一度一緒に寄っていかないか提案してみようかな? 多分司くんはちょっとだれかに胸の内を話してガス抜きする必要がある気がする。

 ああ、でも梓についてられるなら、ほんとはそうしたいっていう気持ちもある。けど先週莫さんちに泊まって次の日の月曜日も帰宅が遅くなったし、文月家的にはさすがに今週も外泊ってわけにはいかない。きょうは帰らなきゃ。

 雪佳さんはきょう、泊っていってくれるんだろうか。学校の先生をしてるんだよね? 秋休みの次の週末。明日が運動会だったりとかではないよね? この家に、絶対梓をひとりにしておくことなんてできない。


 電話を終えた雪佳さんが戻ってきたので、きょう明日の予定を聞いてみた。

 そしたら明日は運動会ではないけど学園祭だって返事だった。実はきょうもそうで、きょうは同僚に無理を言って抜けてきたとのこと。マジか。

 できればきょうじゅうに静岡に帰った方がいいんだって。確かに梓を一人でここに置いておくわけにはいかないし、きょうもう梓を静岡まで連れて帰ろうかって考えてるって言われた。ただ、梓が怪我人なのは、やっぱり気になるよね。

 いくつかの案を出して、話し合う。


 案その1、伯母さんがここに泊まる。学校に事情を説明して学園祭は2日目もお休みをもらう。 ←現実的ではない。

 案その2、静岡の伯母さんの家に梓を連れて行く。梓はしばらく学校をお休みする。怪我は向こうの病院に転院。 ←梓の負担が大きいよね。きょうの移動もそうだし、環境が大きく変わるのはいろんな意味でキツいと思う。気は紛れるかもしれないけど。

 案その3、司くんが梓のうちに泊まる。←きょうだいだけど男女だし、お風呂とかどうするの? 司くんには介助できないよね?

 案その4、あたしが梓のうちに泊まる。←2週続けて外泊はちょっと厳しそう。

 案その5、梓をあたしの家に連れて行く。←これ名案かも。ちょっとママに相談してみよう。


 ちょっと横になりたいって梓がいうから、部屋に連れて行って、ベッドに寝かせる。病院で処方された痛み止めを飲んで横になったら、すぐに梓はウトウトし始めた。

 あたしはベッドサイドにもたれて床に腰を下ろし、ママに電話を掛けた。

 相談は単刀直入に。梓のママが入院したことと、梓も腕に7針縫う怪我をしていることを話して、数日うちで預かれないかを聞いた。ママの返事は、梓の保護者の方が構わないならっていうもの。だから雪佳さんにお願いして、少しママとお話ししてもらった。


 梓が眠っている間、リビングに戻って、司くんとあたしと雪佳さんの3人で話をした。

 っていっても3人ともずっと気を張ってたせいか、思ったより疲れてて、ちょっと気が抜けてしまったのもあってとりとめもない話をしただけだったけど。

 雪佳さんがさっき電話で菅生さんに、きょう梓とママに何が起こったのかを話したら、菅生さん、今度梓の様子を見に出てきたいって言ってたって。明日は雪佳さんはいないけど、来週の土曜日か日曜日にまた美咲と梓の様子を見に出て来るって告げたら、雪佳さんの都合に合わせて菅生さんも出て来るつもりでいるから、連絡がほしいと言われたって。でもできたら菅生さん的には日曜日の方が都合がよいって。

 菅生さんの医院に応援に来てくれる先生っていうのが年配の女の方で、すんごいマイペースな人らしい。菅生さんは午後にはもう診療に戻ったのだけれど、午前中はその先生1人だったにもかかわらず常にゆっくり往診。患者さんを効率よく回していくってことをしてなくて、順番待ちの人が待合室に溢れ返ってしまっていたそう。看護師さんたち悲鳴を上げてて、土曜日に抜けるのはこれきりにしてくださいって泣きつかれたそう。

 司くんの話もした。

 司くんに対しては雪佳さん、本当に5歳のときに最後に会ったきりだったんだって。5歳のときの司くんは雪佳さんから見てもすごい無口で内気な感じの子で、ひそかに心配してたんだって。大きくなって、ハキハキしゃべる若者になってて心底安心したって言った。

 司くん、大学でこっちに下宿してることとか法学を専攻してることとか、そういう話をする。あと、ゼミを受けたいと思っている教授がいてガッツリアプローチしてるところなんだとか、そんな話題も。生徒を取るのは基本はGPAだとかの順だけど、教授からは同じ成績なら配慮すると言ってもらえてるそう。

 あたしのことも聞かれた。普通に家族構成とか、兄貴のこととか、どんな進路を志望してるのかとかそんな話。芸大を考えてるって答えたら、志望理由とかも聞かれたよ。志望理由なんてあたし、ふわっとしか答えられなかったけどね。


 夕方、雪佳さんと梓とあたしはまたタクシーに乗った。まずあたしの自宅に移動する。タクシーはあたしたちを降ろしたあと、伯母さんを乗せて、駅に向かった。

 司くんは一人バイクでアパートに戻った。

 司くんが襲われたのは、その晩のことだった。

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