表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
42/63

41 梓の進路とママとの事情(3)

 司くんは電話を掛けに出て行ったまま戻ってこない。と思ったらカチャリ、とドアが開いて、山岡さんと裕希くんが先に戻ってきた。


「山岡さん、お弁当ごちそうさまです」

「おいしかったです。でも量が多くて残してしまってごめんなさい」


 立ち上がってあたしがお礼を言ったら、梓はそう言い添えた。


「いやいや、お口に合ったならよかったよ」


 山岡さんはにこにこして答えた。この人真顔になるとめちゃくちゃ強面(こわもて)だけど、笑うとへにゃっとなってすごく人がよさそうな雰囲気になる。お京さん、ギャップ萌えとかかしら?

 お弁当、あたしは全部食べたよ。梓はやっぱり小食だなあ。だから肩とかすごく薄くて、手首とか足首とかも折れそうなぐらい細いんだよ。司くんも全然スレンダーなんだけれど、手首の太さなんて見た感じその司くんの半分ぐらいしかない。もう少し栄養つけないと心配だよ。ほんのもうちょっとだけでもいいから。


 きょうの夕方山岡さんはあたしたちの市まで来てくれて、裕希くんと一緒に警察に被害届を出してから、国原さんにアポイントメントを取って、できたらそのままカノンからの円満退職を目指しての話し合いをする予定なんだって。具体的にどうするかの詳しい話はあたしは聞かなかったけど、ちゃんとうまくまとめるから任せておいて、って山岡さんは請け負ってくれた。

 裕希くんは打ち合わせでもう少し詳しく話を聞いてるのかもしれないね。ちょっと安心したような顔をしてるから、あたしもつられて安心する。


「菅生くんはまだ電話が終わらないみたいだね」


 一度様子を見に出てから、山岡さんは戻ってきてそう言った。


「連休で道が混むことを考えたら、なるべく早くここを出た方が無難だと思うんだけど、なんか彼、ドアの外でしゃがみこんで電話してたよ」


 言われてあたしたち、部屋を出て事務所の出口に向かう。エレベータホールの隅っこで、本当に司くんしゃがみこんで電話してた。

 司くん、ガラス張りの扉越しにあたしたちがのぞいてる気配を察して顔を上げて、それから通話相手に何か言いながら立ち上がり、電話を切った。


「ヒロ、面談無事終わった?」

「うん。山岡さんに正式にお願いして、退職の手続きを手伝ってもらうことにしたよ」

「よかった」

「うん、ありがとう。それで、連休で道が混むからこれから宇都宮に向かうならなるべく早いほうがいいんじゃないかって山岡さんが」

「ああ、わりぃな。待たせちまった」

「電話、宇都宮の平島さんから?」

「いや。母親から」


 お母さんと長電話っていうのが不可解だったのか、裕希くん首を傾げたけど、司くんの場合一緒に住んでいるわけじゃないからね。きのう千鶴さん、梓ちゃんについて聞きたがってたから、その話だったのかもしれない。


「あとで、アズちゃんに話がある。詳しいことは車で話すよ」


 ああ、やっぱり話の内容は梓のことだったみたいね。


 改めて山岡さんにお礼を言って、裕希くんはまたあとでお願いしますとあいさつして、あたしたちは事務所を出発した。

 さっきの電話の内容だけど、司くんが梓の近況について千鶴さんに聞かれて、病気で大きな手術を繰り返したせいで2年進学が遅れていることを話したら、千鶴さんが言ったんだって。手術代を始めとした治療費の半分を菅生サイドが負担するべきじゃなかったのかって。

 梓と司くんの両親が離婚したとき、当初はまとまった金額をパパがママに渡したけれども、その後継続して養育費を渡すって話にはならなかったらしい。子どもを1人づつ引き取ることで、それぞれが必要とする養育費は大体同じぐらいの換算になるだろうからってことだったそう。だけどそれは子どもたちが病気もなく特別な出費もなく平穏に育っていくことが前提だったから、こういうイレギュラーな出来事があった場合は、やっぱりパパもそれに対して責任を負うべきじゃないかって千鶴さんは考えたみたい。

 千鶴さんは司くんに、梓の病気のことをパパに話していいかどうか梓に聞いてくれって言ってきたらしい。許可さえもらえばあとは大人同士でなんとかするから、そう伝えてって言われたらしい。


「ごめん、アズちゃん。俺が母親に話しちまったから」


 大きな交差点の長めの赤信号のところで車を停止させた司くんは、助手席に座っている梓の方を向いて手を合わせた。

 梓は黙って司くんの話を聞いていて、司くんのごめんって言葉にも返事をしないで、ちょっと考え込んでいる様子。

 司くん、梓に双子の姉だって名乗られたとき、壮大なドッキリじゃないかって疑ってたものね。自分にお姉さんがいたことが本当のことかどうか、どうしても確認したかったんだと思うよ。あたし、心の中でだけそう言葉を添える。実際には口に出してないから、もちろん梓にはそれは伝わらない。


 山岡さんの弁護士事務所を出発するときに、あたしたちはちょっと席替えをしたの。梓が座っていた運転席の真後ろの後部座席にあたしが座って、裕希くんが座っていたナビシートに梓が座って、あたしがいた場所に裕希くん。理由はリアシートもリクライニングさせることができることに気づいたから。後ろでも裕希くんには楽な姿勢を取ってもらいやすいし、司くんは千鶴さんの電話のことを梓に話しやすしいで、この並びになった。

 裕希くん、弁護士さんに話を聞いてもらって少し安心したのか、窓枠にもたれてさっきからうとうとしている。実をいうとあたしも少し眠い。あたしの場合は単にお腹がいっぱいになったせいだけどね。けど2人のパパとママの話は正直気になるから、ちょっと気を引き締めてあたし、後部座席から司くんの話に耳を傾けてる。


 しばらくして梓、ゆっくりと口を開く。


「私が最初に司を探そうと思い立ったとき、それとなくママに言ったら、すごい反対されたの。変に菅生にかかわって私がひどい目に遭わされないとも限らないから、ぜったい探したり向こうと接触しようとしたりしないでちょうだいって」

「それって俺たちが引っ越してから? 引っ越す前?」

「引っ越したあとのこと。引っ越す前は、ママも居場所を知ってたと思うから。ただ、ほんとにママは関わりたくないようだったから、私は司に会いたいってことが、ずっと言えないでいたの。あなたたちの消息がわからなくなってしまったってママが言ったのが、私が中1になる年の初めだった。1月の終わりに聖優学園中等部の受験と合格発表があって、そのすぐあとぐらいだったと思う。最初あなたを探すことを思い立ったときにママに猛反対されたから、あとはもう、ママに黙って一人で探し始めたの。土日とかでママのいない日のお昼ご飯抜いて、そのお金で電車に乗ったりしてあちこち出かけたり、いろんな人の話を聞いて人を辿ったり」

「アズちゃん、ほんとに苦労かけたみたいでごめん」

「いいの」


 梓はそう首を振る。


「正直私一人がやきもきしてただけなのかしらって思ったりもしたけど、おとといの晩に莫さんに話を聞いてもらって、ちょっと気が済んだっていうか、気持ちが収まったのよ。中学生の頃のあなたがどんなだったかも、少し教えてもらったし……」


 司くん、梓のその言葉には返事をする代わりに、まじか、なんて独り言のような声を漏らした。


「私、そのときにあなたを捜し出すことはできなかったけど、当時はやっぱり捜さなきゃいけないような状態だったんだってわかったから、なんとなくだけどいま、気持ちに折り合いがついたの」

「アズちゃん速攻莫さんちに突撃取材するなんてさ、無駄に行動力ありすぎだよ。ていうか中学の頃の自分ってほんと黒歴史みたいなもんで、迷惑も顧みず莫さんちに押しかけていって居座ってたし、莫さんと彼氏さんの仲をぶち壊したこともあるし、そういう状況説明されるのってほんとにアイタタタって気分なんだけど」

「私、そんなことまでは聞いてないけど。でもそうだったのね。その話、詳しく聞きたい気もするけど、話を戻すね」


 梓は小さく笑ったけど、すぐにまじめな声に戻る。


「私、ずっとママに黙ってあなたを捜していたの。私が菅生のお家にかかわるのをママが嫌がるのがわかってたから、あえて何も言わずに行動してた。私、偶然あなたに再会できたことすらまだ言えないでいるのよ。だから、司のママからいきなり連絡されるとうちのママはきっととても驚くし、まったく受け入れられないかもしれないの。その、私の手術代を半分負担するって話も、そんなの必要ないって拒絶するかも。もう別のおうちなんだからって」


 黙って聞いている司くんに、梓は言い加えた。


「正直に言うとね、司のママの申し出は客観的にはありがたい話なのだと思うけど、私はいまさらママの気持ちを乱されるのは嬉しくないって思ってしまう。いまさら連絡してきて、ママにとっての平穏無事な日常をかき乱さないでほしいって、どうしても考えてしまうの」


 2人の話を聞きながら、あたしはあたしで考えてた。菅生のおうちから梓ママに連絡が行くと、梓ママは平穏な生活を乱される、そう梓は言ったけど、多分梓自身の平穏な生活も乱されるってことなんだろうなって。

 きょうちょっとだけ梓と話をした感じだと、梓はママにとても気を使って生活しているみたい。あたし、梓に話を聞く前は、ママは放任主義な人で梓がどこに行っても何をしても基本的には気にしない人だとなんとなく思ってた。だけどそうじゃなくて、梓の方が意識して存在感を消して生活しているような感じだ。梓が空気のような状態でいないと、梓ママの平穏が乱されるから。だから梓は自分の進路の相談をママにするのを怖がっている。

 一度だけ遊びに行ったことのあるアパートの梓の部屋を思い出す。

 南向きで窓も大きくて、窓には可愛い柄のカーテンが掛けてある部屋。机と一体化された本棚には綺麗なガラス製の写真立て。中にはママとのツーショットの写真が飾ってある。部屋をかわいらしい雰囲気に演出していたそれらの小道具は、だけど梓のためのものという感じはしなかった。

 小さな勉強机にパソコンは置いてあったけど、紙の本はほとんどない。棚に並んでいるのは教科書と参考書だけ。梓のお気に入りの本はすべて電子書籍。画集すらも。

 梓っぽいものが何もないから、モデルルームみたいに見える綺麗な部屋。

 花柄のカバーを掛けたベッドの横に縦長の白いお洒落なクローゼットがあって、中にはちょっと乙女趣味のワンピースとかがたくさん掛けてあったけど、もうサイズが合わないものが多いんだって。あまり着れてなくて、自分のものだけど勝手に処分もできなくて、そのままにしてるって、梓は言ってた。

 思い返すと、自分の部屋の中ですら、梓はひっそりと、自分の存在感を消して生活してきたように思える。



 梓の言葉が途絶えた後、考え込むようにしばらく黙って運転をしていた司くんは、しばらくして、もう一度口を開く。


「アズちゃんの希望としては、菅生サイドからアズちゃんの母親に直接連絡を取るのは控えてほしい、ってことでいいのかな? 俺が勝手に話しちまったことだし、ちづちゃ──俺の母親にはそう伝えておく」


 梓は一つため息をついて言った。


「ママには私の方から先に話を通しておくわ。偶然司に再会したことと、私が大きな手術をしたことを向こうが知ったために、話をしたがってるってこと。だからママに伝わるまで、行動を起こさずに少しだけ待っててもらえないかって、司のママに伝えてくれる?」

「わかった。それと、あんたと再会したこと、親父にもまだ話さないでいてもらう方がいいよな?」

「菅生さんが知ったらうちのママに接触してくるとかってあると思う? 私が望まなくてもママが望まなくても勝手に、って意味だけど」

「それはない、と俺は思う。過ぎてしまったことに対しての話であって、これから手術の費用が必要だ、とかの急を要することでもないわけだし」

「だったら話してくれてもかまわない。もしかしたら治療費を出したいって思っているのは司ママだけで、菅生さんの方はそうは考えないかもしれないもの。司のご両親も意見のすり合わせって必要だと思うし」


 2人の話を聞きながら、実の父親を菅生さんって呼ぶのってどうなんだろう、とあたしは思ったけど、これも梓の平常運行だ。司くんも不自然さには気づいているはずだけど、そこはあえて突っ込まない。


「だったら親父にあんたのこと話す方向で進めるから、そう心づもりしてもらっててもいいかな? 一応ちづちゃんの意見も聞いて相談してからにするつもりだけどさ。それと、万一親父があんたに会いたいって言っても、無理なら無理って絶対断るから」

「逆に私、ちょっと会ってみたい気もしているのだけどね」


 梓は両足を揃えて姿勢を整えてから、両腕を前に上げて伸びをした。


「え? 親父に?」

「だってまさか、再会していきなり殴りかかってきたりはないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「別に伝えなくていいからね。本気で会うつもりはないから。どんな人なのか見てみたい気はするのだけれど、ママの許可を取るのが面倒だから」

「いや、そこは母親の許可要らなくね? アズちゃんが会いたいならだけど。子どもの当然の権利じゃん」

「菅生さんの方も別に会いたくないって思ってるのではないのかしら?」

「それはどうだろう」


 司くんは首を傾げた。


「自分の子どもに特別な思い入れがあるみたいな人だからなあ」

「でも司はずっと私の存在を知らなかったわけでしょう? 菅生家では私はいないことになっていたってことなのよ? だから菅生さんにとっての私はなんの興味もない別の家の人間ってことにならないかしら?」

「そういわれてみたら、アズちゃんのいうことも一理あるんだけどさ……」


 なんだか釈然としない様子の司くん。


「うまく説明できないけど、いまのあんたの存在を知ったら、やっぱなんか親父は執着しそうな気がするんだよなあ。って言っても、あんたが顔を合わすのが嫌なら、絶対向こうから勝手に接近してこないように俺とちづちゃんとでしっかりガードするから。そこだけは絶対」


 繰り返してそう強調する司くんに、梓は言った。


「私は別に、菅生さんに会いたいとか会いたくないとかは全然なくて、むしろママを直接菅生さんに接触させないようにガードしたいの。司のママにはそこの部分を一番気をつけてもらえないか、伝えてくれる? むしろ、大人同士で話っていうのが、一番怖いと思ってる」

「わかった。とりあえず話を通してみる」


 今度は梓は無言でうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ