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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
41/63

40 梓の進路とママとの事情(2)

「梓のママが梓と顔を合わせたくないって、どういうこと? だって梓のママはシングルマザーで梓を養っていくために仕事を頑張っているんじゃないの?」

「ママは薬剤師の資格を持ってるから、わざわざ夜遅い仕事を選ばなくても、しようと思えばもっと別の、普通の時間に働ける仕事に転職できるはずなのよ。今は2つ隣の市の夜間診療所の調剤をやっているんだけど、そこの条件が悪くないのも理由の1つにあるのかもしれないけど……。でも私、雪佳さんに聞いてしまったの。3年前におばあさまに生前贈与をしてもらって、いまは無理してあくせく働かなくても十分やっていけるだけの貯金があるはずだからって」

「けど梓、3年前と2年前に大きな手術をしてるんだよね? それに使ってしまったってことはないのかな?」

「手術代はそれとは別で出してもらってるの。これまで私はママに詳しく話してもらったことがなくて、どうにかして費用を工面できたから、としか聞いてなかったのだけど。私、そんな風に手助けしてもらっていたのだったら本当はおばあさまにお礼を言うべきだったと思うのに、ママが教えてくれていないから、ずっと言わないでいたままだったのよ」


 おばあさまと梓は呼んでいるその人は、梓のママとママのお姉さんの雪佳さん姉妹のお祖母さんのことで、梓にとってはひいおばあさんに当たる人なんだって。手術費用を援助してもらったということを、夏休みに雪佳さんから教えてもらってすぐに、梓はおばあさまに電話を掛けたんだって。

 そうしたらおばあさまは梓がこれまでそのことを知らなかったなんて夢にも思っていなくて、今頃どういう風の吹き回し? なんて不思議がってたんだって。


「梓ちゃんもそういったことに気が回るようになったなんて、大人になったってことかしらねえ」


 なんてしみじみ言われて、いままで知らなかったってなんとなく言いそびれてしまい、お礼が遅れたけど本当にありがとうございました、とだけ言って梓は電話を切った。


「私ね、中学の頃だったか入学のちょっと前だったか、ずっと前にママと口げんかになって、そのときに多分キツいことを言い過ぎてしまったことがあるの。それ以来、ママはちょっと私に対してわだかまりを持っているって気がするの。別に口を利かないってわけではないのだけれど、なんとなく、話をしててもいつも構えられてる気がする。だから、ママは本当は私と顔を合わせたくないんだろうな、っていうのはずっと前から薄々感じていたことなの。それで私が入院していたときもママ、ほとんど私の病室に顔を出さなかったなあって、今回、思い出してしまったの。そのときは仕事が忙しいからだって思っていたのだけれど、それも単に私の顔が見たくなかっただけだったのかもって考えたら、なんだかそんな気もしてきて」

「えーと、聞いていい? その雪佳さんってどんな人?」


 梓はじっとあたしを見つめた。


「雪佳さんは静岡の浜松市の高校で教師をしている人。ママより一回り年が大きくて、子どもは2人いるけどもう独立してて、1人は東京に就職してるはず。おばさんの性格は実直でまじめで、すこーし口うるさいけど、裏表はない人だと私は思ってる」


 あたしは梓のママに会ったことがない。また、これまで梓からあんまりママの話を聞いたことがなかったけど、娘と顔を合わせたくないって、そんなことあるんだろうか? けれども梓の様子を見ている限りでは、梓は雪佳伯母さんという人を信用できる人だと思っているみたいだった。


「もしも静岡の大学に来るなら伯母さんのうちに下宿できるよって誘われたわ。それともしもママが学費を出し渋ったら、信用貸ししてくれるって。でも私、静岡じゃなくてほかに行きたいところがあるの」

「梓のママ、大学の学費を出してくれない可能性ってある?」

「ママは私が普通に聖優学園を卒業することを望んでると思う。たとえ2年遅れのままでもね。だからきちんと卒業するつもりがないなら大学進学は認めないって言われる可能性があると思ってるの。学費は奨学金で賄う方向もあると思っているけれど、受験料や受験のときの交通費や入学金などの当座のお金を出してもらえないと、どうにもならないから」

「行きたいところって?」

「H大学かK大学の医学部」


 梓の意外な答えにあたし、目を丸くした。

 梓のいうH大学は司くんが通っている東京の大学じゃなくて、青森県にある国公立だ。そしてK大学は香川県。ここからだとどっちが近いんだろう。どっちもどう考えても通える距離じゃないことは確かだ。


「医学部といっても医学科ではないのよ。お医者さんになるのではなくて、H大学とK大学には心理療法士になるために必要なことを学ぶことのできる学科があるの。ただ、雪佳伯母さんには、だったらいっそ医学科に進んで精神科医を目指したらどうか、とも言われたわ。臨床心理士の資格を取るにしても大学院にも進む必要があって、どうしてもトータル6年はかかってしまうの。それに、私はカウンセラーにはあまり向いていないんじゃないかって伯母さんに言われて、少し迷ってる。普通に医学部の医学科だったら浜松の大学にもあるよ、っておばさんに言われてるの。いとこが住んでた部屋を貸してくれるって」


 大学で心理学を専攻して大学院で臨床心理学の資格を取って臨床心理士を目指すというのが、最初に梓がイメージした進路だという。けれどもカウンセラーはそもそもとても他人に気を使う仕事だし、いろんな人との信頼関係を築くスキルを磨かなければならない。人見知りで引っ込み思案なところのある梓には負担が大きいんじゃないかって雪佳さんに指摘されたんだって。もちろん目指すことも自由だし資格は勉強すればばっちり手に入れることもできるだろう。それに苦手を克服って考え方もある。ただ、苦手を克服するにしても少しでも楽しんで克服するベクトルでないと、嫌になっちゃう可能性がある。

 だったらいっそカウンセラーではなく精神科医という方向で考えたらどうかって言われたんだって。お医者さんの仕事もつまるところは接客だけど、権威に守られている分多方面でサポートが得られやすいし働き方の選択肢も広がる。どうしても臨床が苦手となった場合の逃げ道もある。また、あとから臨床心理士の資格を取ることもやりやすい。順番が逆だとハードルが高くなる。


「どっちにするの?」

「まだ決めてない。けど医学部医学科だと、もしかしたらちょっと余裕ないかも」


 中学校の3年間は梓は成績優秀者が学費を免除される特待生枠だったって聞いてたから、成績の面から言えば、さほど心配はいらないのかもしれない。これは本人からではなくて周りがそう教えてくれたの。先輩っていうか梓のもと同級生の人たちが、去年はまだ3年生だったからね。

 病気のためとはいえ留年を理由に枠から外れて今は一般生徒だけど、梓の成績はずっとずばぬけて上位だ。あたしたちの学校は中高一貫だから先取り授業というのをやっていて、高校2年生の年度末には公立高校の3年生がやるカリキュラムは一通り履修してしまう。   

 それでも首都圏の国公立の医学部はどこも難しいと思う。なんなら私立だって超難関だ。ただ、地方となると少しハードルが下がるのかもしれない。どちらにしてもあたしは自分の選択肢としては理系方面は全く考えたことがなかったから、それがどのぐらいの難易度のものなのかちょっとピンとこないけど。梓なら大丈夫──かもしれない。わからない。


「あと、調べてみたら普通のお医者さんになるだけなら院を出たあと2年の研修を受けたらいいのだけど、精神科のお医者さんになろうとしたら、そのあとさらに数年間の専門医研修が必要みたい。トータルで10年以上かかる計算になる。伯母さんはそこまでは知らずに勧めてきたのだと思うのだけれど」

「長いね」

「ええ。長いと思った。ただ、研修医って一応お給料もらえるみたいだから、本当に親掛かりなのは6年だと思っていいのかも」

「けど、医学部っていうか、お医者さんって激務じゃないのかな? 梓は身体の方は大丈夫なの?」

「かかりつけのお医者さまからは、あと1年ぐらいは様子を見るけれども、これからは普通に生活しても大丈夫だって言われてるの。もし今後気をつけることがあるとすれば、出産ぐらいじゃないか、みたいに言われたから、たいていのことは大丈夫だと思う。こんど定期健診があるからそのときに一応確認はしてみるけど」

「そしたらすぐもう受験? どっちの進路を目指すにしても、まずは準備だよね、大事なのって。今、9月の終わりだから入試の準備。もうあと4か月もない。梓、全国統一模試はもう受けてみたの? それと塾に行った方が……」


 思わず焦って漏らしたあたしの言葉に、梓はちょっと笑った。


「ふふっ、心配してくれてありがとう、鞠乃。どこの何科を受けるにしても無事に受験出来たら受かるつもりで受けるけど、そこまで無事に行きつけるかの方が問題なのよ。ママにどの時点で報告するかについても迷ってるの。第一本当に、この頃ママは捕まらないんだ。ママが帰ってくるのを夜遅くまで待って話しかけようとしても、疲れてるから話は今度にして頂戴って言われるし、昼間は寝てしまってるし」

「もしかして梓、本当にママと会話がないの?」


 あたしの言葉に梓は頷いた。


「もうずいぶん前からそういう状態」


 ママと梓のすれ違い生活についてはなんとなくだけど、以前から知ってた。梓が学校から帰る時間にママはいないから、梓は晩御飯は自分で作ったり買ってきたりして食べて、残ったものを冷蔵庫に入れておいたら夜中に帰ってきたママが食べて、ママが食べてない日は次の日も梓が自分で食べて。洗濯は洗濯機一回分が溜まったらどちらかが回して部屋干しして、みたいな生活。けどそこまで極端に会話がないっていうか、ママが梓と会話しようとしていないことを、あたしはいままで知らなかった。


「あずさ、大丈夫なの?」


 何がどう大丈夫なのかを聞きたいかもよくわからなかったけど、あたし、立ち上がって梓の座っている椅子のすぐ近くまで行った。

 梓の手が宙をさまようみたいに上がって、途中で止まる。あたしは両手を伸ばして、半端に宙に浮いたままの梓の手をつかんで引き寄せた。やせた肩をそのまま抱き寄せて安心させるみたいにぽんぽんしたくなったけど、それはやめて、ただぎゅっと両手を握る。


「わからないの」


 あたしに両手を握られたまま、梓はそう言って小さく首を振った。


「司が菅生にされたみたいにいきなり張り飛ばされるなんてことは絶対ないって、ママはそんなことする人じゃないってわかってるんだけど、それなのに私、自分が望んでいることをママに言うのが怖いの。ほんとはママに言わなきゃ先に進めない。けど、ママに黙って何もかも全部自分で進めて雪佳さんに援助頼んでそのまま何も言わずに家を出てしまいたい、とすら思うの」

「梓は反対されると思うのね」

「ええ。多分反対はされる。でも反対されることというよりも、ママをこれ以上失望させることが──ママの失望を目の当たりにすることの方が怖いのだと思う」

「どうして?」


 あたし、梓の手を取ったままテーブルに肘をついて、少しお行儀悪く梓を覗き込んだ。


「梓はいま自分で将来のこと考えて、可能性を探して頑張るって話をしているのに、どうしてそれが梓のママを失望させるって思うの?」

「だっていままで私はたくさんママを失望させてきたのだもの。何度も病気したし、通院とか入院とかすごい手をわずらわせたし、勉強は頑張ったけど結局出席日数が足りなくて高校も留年することになったし、第一ママをひどく苦しめた男の娘だし……」


 言いかけて梓はもう一度かぶりを振った。


「いいえ、そういうことではないのだと思う。単に私がママの望むような娘ではないから、ママは失望しているのよ。ママは現実を直視するのが嫌だから、実物の私を見ないし話もしたがらないけど、可愛くて素直で優しい娘を頑張って育てている自分、っていう状態も手放したくないのだと思うの。だから家を出るって言えば、多分反対される。病気で進学が遅れたのは恥ずかしいことじゃないから中退なんて考えないでちゃんと高校を卒業しなさいって。それで、梓ちゃん、あなたは身体が弱いんだから家から通える東京の大学になさいって、きっと言われる。そして同じ家にいながら顔を合わせない日々が、これからもずっと続いていくの」

「待って、梓。だって梓はママにとって可愛い娘じゃないの?」

「鞠乃のうちは家族みんな仲がいいから想像もできないんでしょうけど、自分の子だから無条件で可愛いっていうのは、ママの場合多分違うのよ」


 それから梓はあたしをじっと見返して、少し首を傾げた。


「鞠乃は私がママのこと悪く受け取りすぎだと思う?」


 あたしは首を横に振った。正直あたしには想像もつかない世界だったけど、梓ママが梓と話をしようとしないことで梓がママに不信感を持ってしまっているという現実がそこにあって、それはどう考えても梓のせいではないと思ったから。


「私はママのことを悪く取りすぎてるのかもしれない、とも思うの。ママはただ本当に忙しくて余裕がないから、疲れ切っているときに下手に話をしてうっかりまた喧嘩になっちゃうようなことを言いたくないだけかもしれない。それか、私がまた、ママを傷つけるようなヒドいことを言うんじゃないかって怖がっているだけかも。夜遅くまで仕事をしてるのも単純にその仕事が好きで生きがいみたいに思ってやってるだけかもって。そんな風に考えて安心していたい自分もいて、けど本当のことを確かめなくちゃとも思っていて、でも怖くて足踏みしてる。私、無駄に憶病だよね。もっと毅然としていたいのに。もっと、自分のことなんてどうでもいいぐらいに、思っていたいのに」

「どうでもよくないよ!」


 うまい返し方が思いつかなくて、それでも声だけは強い調子になってしまってあたし、繰り返してそれだけを口にした。


「絶対どうでもよくなんてない!」

「そう思えた方が楽なの。そう思えなくて苦しいんだけど」


 仕方ない、という風に梓は口の端を曲げて笑う。いつもならシニカルにも見えるその微笑みが、いまは妙に頼りなげに見えてしまう。


「ねえ梓、梓がママと話をするときにあたし、偶然みたいにその場に居合わせようか? 梓んちに泊めてもらったりとかできるなら、行くよ? もしも2人が冷静に話ができなくなったら、あたし調整に入るよ。梓の将来のためだから真剣に考えてあげてほしいって頼み込んでみるよ?」

「ありがとう、鞠乃。けど、ママが賛成しても反対しても、もう決めていることだって言うつもりだから。それより私、ママに死刑宣告されたみたいになって呆然としてるところ、鞠乃に見られたくないかも。ただちょっとだけ、覚悟決めなきゃいけないだけなの。雪佳伯母さんに指摘されるまで問題から逃げてたのは、私も同じなのよ」


 問題から逃げてたって梓はいうけど、お家に帰ってから本当だったらほっと一息つけるはずの場所に逃げ出さなければならないような問題があること自体が問題っていうか、本来あってはいけないことだよ。けどあたし口に出してそうも言えなくて、黙って梓の言葉を聞いているしかなかった。


「ママはもともとそういう夢見がちなところがあるっていうのかな。もしかしたら結婚に失敗したから余計意固地になってるのか、なんていうのかちょっとだけ話が通じないところがあるの。私のこと大事に育ててくれたんだけど、それと同時に私のことを見たくないし何も知りたくないと思ってて──私は半分ママを苦しめた人の血を引いているから──いろんな葛藤があって近づけないでいるのだと思うの。やだ鞠乃、そんな顔しないで」


 だって梓のママが梓のことを見たくないし何も知りたくないと思っていて、そんな風にひたすら避けて暮らしているんだったら、それは大事に育ててくれたとは言えないんじゃないかと、あたしは思ったの。でもそんなことはやっぱり口に出しては言えない。

 梓はあたしの手を一旦ほどいて、ほどいた手を伸ばしてあたしのほほに触れる。包み込むみたいに。水曜日に再会したときの司くんに対してしたみたいに。あたし、変な姿勢だったのと手を振りほどかれたのもあって、体制を崩してテーブルにベチャリと倒れこんでしまった。そうしたら梓は、ゆっくりとあたしの頭を撫でて来た。まるで子猫かなんかにするみたいに。


「なんだか鞠乃、忠犬みたい」


 そんな失礼なことを言う梓に怒ることもできず、あたし、されるままになってる。

 ああ、あたしが梓のママだったら、梓のことぎゅっと抱きしめて、梓ちゃんは可愛い可愛いママの娘よ、とかいって頭を撫でてよしよしするんだけどなあ。好きなところに行って好きなことをおやりなさい、ママはいつだって梓ちゃんの味方だからね、って言ってめちゃくちゃ励ますんだけどなあ。あたしは無力だ。

 ぎゅっと目をつぶってテーブルからずり落ちそうになったあたしを、あずさは引っ張り起こしてくれた。あたし、これ以上バランスを崩さないように、椅子を引っ張ってきて梓のすぐ隣に腰を下ろした。


「私ね、ずっと司を探してたでしょ。あの子を探してあの子の父親から救い出すことができたら、ほんの少し強くなれるっていうか、自分自身を励ますことができるかもしれないと、どこかで考えていたのだと思う。もう別れて何年も経つのにママはまだ菅生の影に縛られてて身動きが取れないでいるみたいで、そんなママを私はそばにいても助けることができず、かえって苦しめることしかできていなくて、どうやったら解放してあげられるかわからなくて。だからせめて司だけでも、って思ってたのかも。けど司はなんだか半分ぐらい自己解決してしまってるし、雪佳伯母さんは、ママとはもう距離を置いた方がいいっていうんだもの。どうにもならないからもういいんじゃないかって、伯母さん、そんな風に言うの。一度お互いに離れてみたらいいんじゃないかって。司が父親から距離を置いたみたいにね。私、理性ではもうわかってて、ちゃんと行動するつもりでいるのだけれど、でも足を踏み出すのが怖いの」


 梓は司くんのことを半分ぐらい自己解決してる、みたいに言ったけど、司くんは司くんで、そんなに簡単に解決できているようにも思えない。司くんはお父さんのことが大事みたいなんだよね。距離を置いたといいつつも、気になって仕方ないのが透けて見えるとでもいうのだろうか。

 司くん、最初はあたしたちに対して、暴力振るわれて育ってなんかないって頑なに否定してたもの。さっき裕希くんに対しては少し本音っぽいことを言ってたけどね。あと莫さんにはガチの本音で話してたけど。だけど、お父さんのことできればなるべく悪く言いたくないし悪く思いたくもないんだと思う。

 梓とママはどうなんだろう。梓がママの話を具体的にするのを聞いたのは、実は、きょうが初めてといってもいいぐらいなの。でも口に出さないから問題がないわけではないものね。当たり前のことだけど、問題に向き合うのって勇気がいることだもの。ずっと梓が沈黙していたことこそが、梓にとってそれが大きな問題だってことを示しているような気がする。

 むむっと考え込んでるあたしに、梓は苦笑して言った。


「相談のようで相談になってなくて愚痴みたいな話でごめんね」


 ぶんぶんとあたし、大きく首を振る。梓がこんな風に思ってることや考えてること、悩んでることや願ってることを話して聞かせてくれるの、あたしは嬉しいんだよ。


「それと、家を出て、遠い大学へ行くって話をしたのに鞠乃、手放しで励ましてくれてありがとう。もっと──」


 言い淀んだ梓に、あたしはかぶせるように言った。


「駄々こねると思った? もっとそばにいたいって? けど梓、梓に幸せでいてほしいのはあたしも同じなんだよ。あたしは自分が傍にいて梓が幸せなのが一番だけど、あたしが傍にいなくてどこか遠くで梓が幸せなのは二番目ぐらいに望むことなんだよ。だから梓が将来のために頑張るんだったらあたしはいくらだって応援するよ。梓がどこに出かけて行っても、どこで暮らしてても、あたしは梓のこと応援してる。そりゃ、梓がどっか遠くに行ってしまうのは嫌だけど。寂しいけど。だけど梓を苦しめてまで傍にいたいなんて思えないよ」


 どうか望む場所に行って、望むことをして、望むものを手に入れてほしい。どうか、どうか何かを願うことをためらったりしないでほしい。願い続けていてほしい。そして願いを叶えてほしい。

 うまく言えなくてもどかしい。


 梓のことが好きなあたしの気持ちの中には、本当は、梓の幸せを望む綺麗な気持ちだけじゃない薄暗がりがある。やっぱりそれは自覚してるの。知らない遠い場所に梓が行ってしまうなんて絶対嫌だと思っているあたしが、心のどこかにいて、嫌だ嫌だとずっと駄々をこねている。梓が好きな勉強をすることをあきらめて無気力になって、このまま聖優学園の3年に進学して、適当な東京の大学に入ることになれば、あたしはまだ梓のそばに居られる。だからもしもそばにいられるんだったら、その方があたしは嬉しいんじゃないか、なんて考えてしまう。

 恋って醜いよね。

 本当はあたしの一番目の望みと、二番目の望みの間にはとてもとても大きな隔たりがある。けど、そのことはもう言わずにいようと決心した。

 言いにくい話を打ち明けてもらったのはやっぱり嬉しかったし、もしママが梓の進学を反対するにしても、せめてあたしぐらいは旗振ってあげなきゃね。

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