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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
38/63

37 ドライブに出かけよう(3)

「とにかくヒロは悪くない。あんたに悪いところがあったとすれば、ほんと人を見る目がなかったっていうか、男を見る目がなかったってところだけだろ」

「……けど俺、まだきちんとお別れも告げてないし、荷物も国原さんのところに置きっぱなしで、これ別れたって言えるのか微妙だよね?」

「お別れ告げるとか告げないとか、いまは重要な問題じゃなくね? 相手があんたを理不尽にタコ殴りしてくる時点で関係はすでに破綻してるわけだから、細かいことはなんも気にしなくていいと思うけど。荷物なんかほかの誰かに取りに行かせりゃいいし、なんなら着払いで送れって言っとけば? 局留めか宅配便の事業所留めで送ってもらえば住所の記載がなくてもできると思うしさ。あっ、あんまり大きな荷物でなければだけど。俺、伝言しようか?」


 それ、司くんが危ないと思う。かおりちゃんと同じで国原さんに敵認定されてるはずだから。今朝2人でバイクで莫さんちから逃げ出してきた話を聞いていたからちょっと心配になる。

 夕べ国原さんが訪問したとき莫さんの隣にいたから顔もしっかり覚えられてるよね? 顔っていえば、梓も同じ顔なんだよ? 梓が危ないとか、そういう事態になるのは避けたいなあ。

 とはいえ髪を短くした司くんは少し男の子っぽさが増したというか、一目見た印象だけだと梓と瓜二つって感じではなくなってる。よく似た兄妹感、もしくは姉弟感はあるけどね。

 Aセクの意味を聞いた後、梓はもう黙って司くんたちの話を聞いてる。ただ、いまは窓の外は見てなくて、普通に耳を傾けてる感じだけど。


「荷物かあ。服とかもあるけど、通帳とか置きっぱなしなんだよね。送るように頼んでも国原さん送ってくれないと思う」

「その辺の対処法は弁護士さんに相談になるんじゃないかな? 免許証と保険証は持ち出してるから、さしあたって紛失届を出しておいて、住所決まったら通帳再発行してもらえばいいんじゃない? 通帳番号わかる?」

「カードあるから番号はわかる。けど保険証はもう使えないよね?」

「カードあるならとりあえず預金あるだけ出しておけば? それと、手続き上は退職まで猶予期間が2週間ほどあると思うから保険証はまだ使えるはず。診断書があるから傷病休暇の申請して時間稼ぎすりゃいいんじゃないかな? まあその辺もプロに相談ってことで」


 聞いた印象だけだと司くんも結構詳しいよね。もしかしたらだけど、家出願望とかあって色々調べたのかもしれない。単にそういう手続き上の決まりみたいなもの全般に興味あるのかもしれないけどね。法律家志望って聞いてるし。


「なんかほんとにタオにもごめん。俺気がついたらいつの間にか頼っちゃってるんだけど、ほんとに何も見返りないから申し訳ないっていうかさ。ていうか国原さんに伝言とかは絶対しないでそのまま逃げて。下手するとタオがかおりさんの二の舞になってしまう気がする。小宮山さんも本当はそれを心配して鞠乃さんたちを一緒に連れて行くように言ったのかもしれないのに、結局今朝は2人でバイクで飛び出しちゃうし」

「朝のカーチェイス結構楽しかったろ?」

「飛ばし過ぎて心臓が口から飛び出るかと思った。だから、いまの車の運転が安全運転過ぎて意外だよ」

「いやいやこっちが俺の本性だからね。地味で地道で堅実を目指してんの」


 今朝は一体どんな運転をしてたんだろう。


「なにそれ、似合わないよ」


 裕希くんはちょっと笑ったけど、まじめな声になる。


「とにかくタオはもうこれ以上俺にかかわらない方がいいよ。きょう送ってもらって一日つぶして助けてもらえてほんとに感謝してもし足りないけどさ」

「なんだよそれ? ゲイじゃないってカムアウトしたとたんに絶縁宣言?」

「そうじゃないよ。俺なんかにつきあって時間を浪費しない方がいいって言ってるの。タオにとって百害あって一利なしでしょ?」

「乗りかかった船だってだけじゃ、手伝う理由になんない?」

「だからそれが申し訳ないっていうか、気が咎めるよ。国原さんがタオの大学まで押しかけてきて俺を返せって騒いだらどうすんの?」

「あー、あり得そう。けどあの人俺の大学知らないんじゃない?」

「そんなの調べようと思えばいくらでも調べがつくよ。国原さんが大学で騒いで男同士の三角関係なんて噂が広まったらどうすんの? 大学生活めちゃくちゃにされるよ?」

「大丈夫だろ? それに万一噂みたいなのが立ったとしても、噂に振り回されてるようなやつとは最初からつきあってないから平気だよ。あと、みんな他人のことにそんな聞き耳立ててるほど暇じゃないよ」

「けど俺もう、俺とかかわったことでだれかの人生が狂うのを見るのは嫌なんだよ。かおりさんだって今度のことで仕事辞めるって言ってたし、最初相談に乗ってもらったときは、こんな大ごとになるなんて思ってもなかったのに。あのさ、俺、オヤがいなくて兄貴と一緒にイトコん家に居候して育ったって話したけどさ、そこでイトコのこと好きになって、向こうにもそれを受け入れてもらって、つきあってたんだ。でもそれがイトコの家の人にバレて──イトコの部屋で、そういうことしてたの見られちゃって、そのときも大モメしたの」


 なんだか流れで、裕希くんの身の上話が始まってしまう。最初ぼそぼそと小さい声でしゃべってた裕希くんだけど、話してるうちに気が高ぶってきたのか、いまは少し声が大きくなってる。


「それで兄貴と一緒にイトコんち追い出されて……。それが兄貴がちょうど大学受験を控えてたときで兄貴受験失敗して、それで人生狂ったって──一生俺のこと許さないって、そんなキモい弟は最初からいなかったって思ってるって言われて──。そのあとも俺が高校卒業するまでは兄と一緒にアパートに暮らしてたけど、もうずっと口も聞いてくれなかった。俺が専門行くために東京に出てきてからは、ほとんど連絡取ってない。結婚式だけは出てくれって連絡が来て一応出席したけど」


 それお兄さんちょっとヒドくない? 確かに受験って大事だけど、裕希くんが直接お兄さんの受験を妨害したわけでもないのに。


「俺、宇都宮でその平島さんって人に紹介してもらったら、なんとかそこに居られるように頑張ってみるから。タオはもう俺とは関係ないって顔して、万一国原さんが接触してきてももう知らぬ存ぜぬだけでいいよ。何もしなくていいよ。これ以上変なことに巻き込まれることないよ」


 司くん、そういう裕希くんの言葉を聞き流して質問した。


「ヒロとお兄さん、幾つ違いだっけ?」

「兄貴は俺の5コ上」


 あ、あたしと同じだ。


「それが大学受験ってことは、当時ヒロは中1? ヒロが好きになった相手っていうのもそんぐらいの歳だったの?」

「いや。イトコは当時大学生だった。20歳ぐらいだったかな。ああ、いまの俺と同じぐらいだったのか、そういえば」

「それあんたよりかイトコの方が罪が重いと思うけど、イトコの人生って狂ったの?」

「イトコには振られたよ。親バレしたからもう終わりにしようって。だからイトコが今どうしてるかは全然知らない」


 司くんは小さく1つため息をついて、切り出した。


「ヒロが周囲の人間に恵まれてないってことだけはよくわかった。けど俺、そういう連中と一緒にされると不愉快なんだけど」


 司くん声のトーンが少し低くなってるよ。いまちょっとイラっとしてるのかな? まあちょっと、司くんの気持ちはわかる。あたしも20歳が13歳を相手にしたあげく、保身のためにあっさり振ったって聞いて、ドン引いた。


「ヒロに心配してもらわなくても、俺は自分の身にかかる火の粉は自分で振り払う。もしも国原さんがあんたとのことを根に持って何か攻撃してきたらきっちりと対処するし状況によっては反撃もする。だからなにがあっても逆恨みみたいな見当違いの怒りをあんたにぶつけたりはしない」

「そんなこと言ってないよ。単に俺なんかとかかわってもタオにとって何もいいことないって言ってるだけだよ」


 裕希くん、さっきから『俺なんか』って言葉が多い。ある種の少女漫画の地味な感じの主人公が『私なんか』『私なんか』ってめそめそしてるような何か面倒くさい感じになってるよ?


「いいことなくても別に何も問題ないから。それとヒロにいいところがないなんてことは絶対ないから。ちょっともうこっちがイラっとするほど善良でお人よしなのもいいところだよ、やっぱちょっとイラっとするけど」


 司くん、イラっとするって2回口にした。駄目だよ、そういうのってトゲトゲ言葉っていって、悪意がなくても相手を傷つけちゃうんだよ。


「ごめん。俺、自覚なく人をイライラさせるみたいなんだ」

「そうじゃなくて……」


 案の定、裕希くんはうつむいて謝ってくる。司くんはもどかしそうに、さらに少し声を荒げた。


「俺が苛立つのはあんたの兄貴に対してだよ。なんでまだ中学生だった弟をかばってやるどころか、イトコの親どもと一緒になってあんたのこと責めてるんだよ。そのイトコとやらにも腹立つよ。あんたがちゃんと自分で責任を取れる歳になるまでなんで待ってやれなかったんだよ。ヒロはもっと怒れよ。なんで自分が全部悪いみたいに思って、自分を責めて小さくなってるんだよ!」


 うつむいて司くんの言葉を聞いていた裕希くん、しばらくして小さーい声で言った。


「俺がもっとしっかりしてたら、とかどうしても思ってしまうんだ……。でも、ありがとう。俺なんかのことで、そんな怒ってくれて」

「あーもう、頼むから手伝わせてくれよ。かかわるな、なんて突き放すようなことを言わないでくれよ。過去のヒロに対してできることは何もないけど、いま起こってることに対してだったらまだ間に合うし、なんかできることがあるはずだから。できることならなんでもさせてよ。友達だろ。──って、会ったばっかで、俺が勝手にそう思い込んでるだけかもしれないけどさ」


 裕希くん、答えない。会話が途切れ、沈黙が降りた。

 と思ったらしばらくして、小さく鼻をすするような気配がしてきた。裕希くんはちょっとの間、声を殺して泣いていたみたいだったけど、やがて泣き笑いのような声で言った。


「ああもうだめだ。心が弱くなっててタオの無遠慮な親切心が沁み過ぎるよ」

「押しつけがましくて悪いな。けどここで引くのはもう無理だから」

「下手にゲイと仲良くすると惚れられたりして面倒だよ? そのへんちゃんとわかってる?」


 司くんが悪びれずに言ったら、裕希くんは今度は笑ってそう答える。さっきまでと違ってちょっと打ち解けたような口調に戻ってる。


「ヒロいま恋愛はこりごりだと言ってなかったけか?」

「言ったよ。言ったけど、タオが男前すぎてもう惚れちゃいそうなんだけど」


 裕希くんは冗談めかして言ってるけど、もしかしたらちょっとだけ本当の気持ちも混ざってるのかも。言葉の調子を聞いててあたし、そんな風に思う。莫さんの危惧もあながち、ってことなのかな?

 それでも裕希くんはきっとまだ、国原さんのことを引きずってる。だから冗談は冗談なんだろうけどね。


「いや、そんな調子じゃヒロ、チョロすぎじゃね?」


 あきれたような司くんの口調に対して、裕希くんは首をかしげて言った。


「チョロいのかなあ。けどつきあったの国原さんで2人目なんだ。数としては多い方じゃないと思う。なかなか積極的にはいけないよね。本気で好きになった相手に対しては嫌われたくないとか思っちゃうから告れなくてさ」

「告れなくて片思い、みたいなのもあった?」

「まあね。前回も懲りてブランクが空いた」

「8年のブランクとかどんだけだよ」

「タオの話も聞かせてよ。さっきタオは最近ストレートだって自覚したみたいに言わなかった? ってことは好きな人ができたっていうこと?」

「あ、俺告白して速攻振られたから」

「相手どんな人?」


 一旦聞いて、司くんから何かリアクションがあったのか、後部座席からはよくわからなかったけど、裕希くん察したみたいだった。


「えーと、ごめん。この話題なんかいま微妙っぽいね?」

「いや。別にいいよ。俺が告って振られたのは鞠乃ちゃん。ヒロのお察しの通りってやつ?」

「え? なんで?」


 裕希くんは身を起こしてちょっと振り向いた。


「タオいいじゃん。なんで振るの? ほかにつきあってる人がいるとか?」

「ヒロ、このタイミングでそれ聞くのはセクハラだ」

「ああそうか。気をつけなきゃ。ごめんなさい鞠乃さん」

「あたしも別にいいよ」


 あたし、気にしてないよって軽く手を振って、ついでとばかりにざっくり説明する。


「つきあってる人はいないけど、好きな人はいるの。あたしは司くんじゃなくて、梓が好きなの。あたしも告って振られたけど」


 状況が状況だったとはいえ、ここにいるメンバーの中で裕希くんだけが自分のいろんな事情を暴露してる状態なのは、なんだか収まりが悪いっていうか──バランスがよくないと思ったの。裕希くんはバランスの悪い人間関係に慣れきっているみたいだから気づかないかもしれないけど。

 といって、司くんと梓のご両親の離婚事情だとかをあたしが勝手に話すわけにはいかないものね。しがないあたしの失恋話でもひとつ、って思っちゃったわけ。


「え?」


 と、こちらを見る裕希くんの目が丸くなった。


「ってことは、鞠乃ちゃんがこっち側の人?」


 あ、裕希くん、あたしのことちゃんづけで呼んだ。

 けど、こっち側と向こう側って感覚はなんかヘンじゃない? 人間だれにだっていつかどっかで普通からはみ出すことって起こり得ると思うんだけど。

 そんなこと考えてたらふと、星野さんの弟さんの守さんのことを思い出した。守さん、要するに普通からはみ出したかったのね。遅れてやってきた反抗期みたいなもの? あたしたちの年代だとお酒とかタバコとかでもそういう反抗めいた心情にふさわしいアイテムになるわけだけど、いい歳の大人が今更深酒してもあたしたちが大量のフライドポテトをヤケ食いする程度のことでしかないものね。けど同性愛をそういった反抗期的アイテムとして使うのはよくないと思うよ?

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