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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
34/63

33 シンクロニシティ(2)

 学校の図書室につくと、すでに梓は来ていて、テーブルについて課題に取り組んでた。梓はすこし身体を前に傾けてテキストに目を落とし、テーブルの下で両足をつま先のあたりで軽く組んで座っている。長い黒髪の隙間から見える、細いあごと細い首。大き目のセーラー服に包まれた、細い肩。広げたノートの上で、さらさらとシャーペンを走らせる細い白い指が躍る。

 髪を短くした司くんは以前よりシャープな見た目になってたけど、梓を言い表すにはなんて表現したらいいんだろう。シャープというよりも、か細くてどっか痛々しいような、見てたら胸がきゅうっとなるような感じになる。これはあたしが恋をしてるせいっていうとそうかもしれないけど、もっとなんか、大丈夫?ちゃんとご飯食べてる?と聞きたくなるような心配な感じ。

 前期の期末試験が終わったばかりだったし朝早かったから、図書室には梓の他にはまだ誰も来ていない。

 あたしが一瞬見とれてたことを知ってか知らずか、顔を上げた梓は微笑んだ。


「おはよう、鞠乃。おさげ似合ってる」


 あたしはふわふわのねこっ毛で、それはいいんだけど髪の色素が少し薄くて、中学に入学するときはいわゆる『地毛証明書』なるものを提出させられてる。高等部はそこまで厳しく言われないから普段はそのままで別にいいんだけど、きょうみたいな学校開放日は事情を知らない父兄の目があるから登校するならおとなしめの髪形にしてくるようにと言われているの。言われてるっていうか、お願いされてるっていった方がいいのかな。

 このおさげセーラー服姿がなぜかお京さんにすごいウケて、莫さんの家を出る前にツーショットの写真をお願いされた。撮られてしかも待ち受けにされた。写真はメールで送られてきて、あたしの携帯の中にもある。


「あとすごい荷物ね。駅のロッカーに預けてきたらよかったのに」

「そこまで気が回らなかったよ」


 教科書や参考書の入ったスクールバッグの他に、昨日身に着けてたものやスニーカーや夜に着たジャージの上下とかの入った大きなカバンを持ってたからね。


「ええと、勉強してるとこ悪いんだけど、話があるから入口のところの談話用の椅子に移らない?」

「話ってきのうのこと?」


 と、梓は不思議そうに首を傾げた。


「司から事情を聞いたから、きのうの説明だったら課題を片付けてからでも別に大丈夫よ。鞠乃の電話にいきなり弟が出たときは驚いたけど」


 ああ、梓ってそうだった。基本のんびりしていて、予定してたことはなるべく予定どおりが好きなの。ある意味ものぐさでもある。スイッチを切り替えるのが嫌い。一旦テキスト広げたから、そして椅子に腰を下ろしてしまってるから、もうしばらくは動きたくないんだろうな。

 梓と司くんの一番大きな違いって、このおっとりとせかせかの両極にある気がするよ。


「あたしのほうがものすごく話したいことがあるの。それと、きょうの相談もあるんだけど」

「きょうの相談?」


 そう、きょうの相談。これ大事。きょう裕希くんは病院に朝9時に傷を見せに来てくれって言われてて、早ければ9時半ぐらいに終わるって。でもできれば身体の傷も診てもらって診断書もお願いするってことだから、もう少しかかるかもしれない。


「ええとね。莫さんに頼まれてることがあるの。きょう司くんの運転する車に乗って、一緒に宇都宮まで行ってくれないかっていうものなんだけど」

「鞠乃も一緒に?」

「そう」

「何時?」

「早ければ10時ごろ」

「10時にどこ?」

「わからないけど、その辺の駅とかで待ち合わせになると思う」


 梓はちょっと考え込むみたいな表情で首を傾げたあと、うなずいた。


「わかったわ。だったらやっぱり課題を先に済ませてしまいましょう」

「え?」

「今まだ8時前だし、9時半ぐらいまで集中したら結構進むと思うもの。説明はあとで司の車に乗ってから聞くから」


 司くんだけじゃなくて裕希くんが同乗してくることについては事後報告になってしまうけど、これはもう仕方ないよね。梓はすっかりお勉強モードだから。

 そのあとあたしたちはめいめいに、秋休みの課題を教科ごとに順にやっつけていったけど、あたし、やっぱり数学でつまずいた。時間を見ると、9時半ちょっと前。あと30分や1時間やそこらじゃ、これを解くのは無理だ。半日ぐらいかかる。いや、時間を掛ければ解けるってものじゃないよね。あたし、問題を解くヒントがないか、教科書の単元の部分を最初から眺めてたら、梓がそれに気づいた。


「ねえ鞠乃、私のノート見る?」

「ありがと。ただ見せてもらってわかるかって言うと……」


 ありがたくももったいないその申し出を辞退しようとしたら、梓は椅子をすっと立つと、あたしのすぐ横に立って覗き込んでくる。


「この問題、教科書の187ページの例題を参考にしたら解けるはずよ」


 言いながら梓、実際に教科書のそのページを開いて解き方を解説してくれた。いつものおっとりとして静かな話し方で。あたし、梓の説明に遅れないようにノートにシャーペンを走らせる。けど、あたしの肩にかかってくる梓の黒髪から、草原の草のようなシャンプーのにおいが仄かに香ってくる。テキストをなぞる指の爪の形が綺麗。改めて見てもやっぱり手首細い。ちらりと横を見ると、目を伏せた横顔は物憂げで、まつげが長い。髪、どうしてこんなにいつもストレートでサラサラなんだろう。いろいろ気をとられてあたし、なかなか集中できない。

 あとね、やっぱり梓ってセーラー服姿、すごい似合ってるよね。清楚オブ清楚って感じ。周囲のあたしと同い年の子たちとくらべても、無垢な印象がある分かえって幼いみたいに感じるんだよね。制服ってフルオーダーじゃないから手足の長い梓の選んだ制服は、ほんとにぶかぶかっぽいの。サイズ感ちょっと間違ってる感じ。そんな感じの大き目の制服もなんていうか、梓のあどけない印象を強調してしまう原因になってる気がする。

 少しして梓、あたしの顔を覗き込んで聞いてきた。


「鞠乃、ぼーっとしてるよ? きょうは疲れてる?」

「そうかも」

「休憩しましょうか」


 あたしたちは朝一でここにきたけど、周囲の机で勉強する生徒の数はいつの間にか増えていた。特に3年生は受験までもう半年もないものね。聖優は中高一貫だけど、系列の大学はないからね。ミッション系の大学へは結構難易度の高いところに対しても推薦枠があるって聞いてるけど、学内でいい成績をとらないと推薦ももらえない。一般受験の生徒はこれからが勝負なの。




 図書室の入口のすぐ外側は、階段を登り切った踊り場になっていて、そこに椅子がいくつか並べてある。あたしたちは荷物を持って、そこに移動した。

 図書室のある棟は古い建物で、廊下には冷暖房が効いてないから踊り場は夏は暑くて冬は寒いんだけど、いまは暑くも寒くもないから気にならない。

 そこに置いてある古い木の椅子は、座り心地は悪いしガタガタいうけど結構丈夫で、まだまだ壊れそうな感じではない。あたしのママよりももっと年上の卒業生が寄付した椅子って聞いてる。(ママは聖優学園の卒業生で、どうしてもあたしをここに入れたかったらしい)


 外に出てすぐ、あたしはメールをチェックする。司くんから連絡入ってないかな? メールは入ってなかったけど、そのすぐ後で電話の着信ランプが光り出す。きょうは音は消してある。学校だからね。


「司から?」


 梓の質問に頷いて、あたし、電話に出た。

 電話の向こうの司くん、いきなり本題に入る。


「いま、レンタカーの手続きが終わったとこ。どこに行けばいい? てかほんとに来てもらっていいのかな? アズちゃんは来るって?」

「うん、梓も行くよ」

「直接ガッコーに迎えに行くのはマズいよな?」


 聞かれてあたし、学園の最寄り駅の西口を指定する。学園があるのと反対側の出口だから関係者に会いにくいし、もしもだれかに見られてたとしても、昼間に梓のきょうだいの車に乗るだけだから特に問題ないとも思う。

 問題はないと思うけど、一応学校の前は避ける。万一クラスメートに見られたらいろいろ言われそうだからね。男の子2人組の車に乗ってたなんて思われたら、根掘り葉掘り聞かれちゃう。そして、クラスの子たちに何をどう説明するとしても、どこからもどこまでも差しさわりのあることだらけのような気がするから。



 学校から駅までは10分ちょっとかかる。梓の歩調で15分。歩きがてら必要だと思われることから先に梓に説明した。

 いま司くんと一緒にいるのが、きのうカレシのDVから逃げてきて莫さんがかくまった裕希くんで、朝病院にいって怪我の診断書の発行を頼んだこと。そのあと江戸川区にある弁護士さんの事務所を訪ねて今後の相談をする予定でいること。それから宇都宮にいる莫さんの知り合いの人のところに、裕希くんを預かってもらうために連れて行くこと。

 えーと、平島さんって莫さんの知り合いってことでいいんだっけ? 莫さんのお店にコーヒー飲みに来てたっていうから莫さんの知り合いよね? 司くんがプライベート用の名刺をもらってたってことは、むしろ司くんの知り合いって言った方がいいんだろうか?

 平島さんがゲイで、司くんのことが好きってことも伝えておいたほうがいい?


 あっ、それよりなによりまず最初に言っておかなきゃいけないことがある。

 思い出してあたし、足を止めて梓のことも呼び止めた。


「えーと、梓、いっこ聞いておいてほしいことがあるんだけど」

「なあに?」


 いぶかしげな顔をして、梓も立ち止まる。


「きのう、司くんに言われた。つきあってほしいって」


 振り向いた梓が、ゆっくりと目を丸くする。


「いつ?」

「きのう」

「きのうのいつ?」

「きのうの昼、図書館で」

「図書館?」

「この間偶然司くんに会った図書館で、きのうも偶然会って」

「会っていきなり言ってきたの?」

「なんかいろいろ話してて……」

「……驚いたわ」


 梓が驚いているのは態度でわかる。でも彼女、それ以上は何も言わなかった。梓が黙って再び歩き始めたので、あたしも止めていた足を運ぶ。

 どうするの?ぐらい聞いてほしいと思ったけど、そういう言葉はない。多分聞きにくんだろうなというのも少し思う。だって、この間の水曜日、あたしは梓に告白したのだもの。好きだって。友達に対する好きじゃなくて、梓のことを特別に思ってるって。だからもし、どうするの?って聞かれていたら、それはそれで、梓にとってはもう人ごとなんだなと思ってあたし、勝手に傷ついてた気がする。


 けどしばらくして梓、なんか思ってもみない言葉をつぶやいた。


「久しぶりに会った弟が軽薄なナンバ師に成り下がってたなんて、なんていうかもう、ものすごい衝撃なんだけど……」

「待って梓。司くんのこと、すごい誤解してる!」

「どこが誤解? 会ったばっかりでつきあってくれだなんて、ナンパ以外の何だというのよ?」

「えーと……。そういわれると反論しづらいけど、やっぱり違うと思う。軽いって言われたらそうなのかもしれないけど、適当とか手当たり次第とか、そんな感じは全然しなかったよ。あたしたち、結構いろんな話をしてたの。梓のこといろいろ聞かれて話してたのもあるけど」

「そうなの?」

「うん」


 ていうか梓さん、その言葉はブーメランじゃないでしょうか。あなた、出会ったばかりの莫さんに、私とつきあってくださいって言ったとか言わなかったとか。

 いや、梓にとっての莫さんは正確には出会ったばかりじゃないのか。インターフォン越しの声だけだけど、ずっと前に一度コンタクト取ってるものね。そういえばそのとき莫さんが梓をモニターで見てなかった謎は多分解けた。きっと莫さんは書斎からインターフォンを取ったんだね。


「司くんにはあたしが梓に告白したところを見られてるの。最初に図書館で会ったときに」


 あたし、水曜日のいたたまれない感情を追体験することと、司くんの名誉が損なわれていることを天秤にかけて、迷ったけど結局前者を選んだ。


「だからきのうもちょっと相談に乗ってもらって……そのあと、身代わりでいいからつきあってよ、みたいに言われたの。だから、もしかしたら司くんの方にはどっか同情とか、そんな気持ちもあったのかもしれない」

「それはそれで無神経っていうか……」


 ゆっくりと歩きつつ、そう梓はため息をついた。


「男ってどうしてこう、雑っていうか単純っていうか繊細さに欠けるっていうかなんていうか……」


 ああ、いつもの辛口な梓だ。ずっと大事に思ってきた弟に対してすら容赦がない。けど司くんが雑というか割と大雑把なのはあながち間違ってないとは思う。ちょっと神経質なところのある梓とは、そこも違うところだよね。


「それで、鞠乃はなんて答えたの?」


 ええ? 結局それ聞いちゃう?


「断った」


 断った理由は言わなくていいよね。そんなに簡単に気持ちを切り替えられないから、っていうの。そんなの聞かされても、改めて梓は困るだけだと思うもの。


「そう」


 夕べあたしはうたた寝から目を覚まして司くんと莫さんの会話を聞いていて、司くんの告白にちょっと本気が入ってたっていうのを知った。梓にはそのことについては言えないから完全名誉回復ってわけにはいかないけど、ちょっとは状況を正確に伝えられたよね?

 そうだ、少し話題の方向性を変えよう。


「ねえ梓、お互いのきょうだいに告られるなんて、なんか変なシンクロ起こってると思わない? これってオカルト?」


 ていうか、梓はうちの兄貴の方にこそ、その苛立ちをぶつけていいよ。兄貴は雑で単純で繊細さに欠けていて、ナンパする程度の軽い気持ちで梓にモーション掛けてきたに決まっているんだから。

 夕べ兄貴がかおりちゃんにドギマギしてたの、あたし気づいてたんだからね。あれって、ほかの女子のことを好きな男の態度じゃなかったよね。


「シンクロニシティ?」


 考え込むように梓は少しうつむいて、さらに歩調を緩めた。歩きながら、ぽつりとつぶやく。


「そうなのかも……」

「え?」

「私たちきょうだいでね、きっとお互いの一番近くにいた人に、心が動いたの」

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