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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
32/63

31 月の出た深夜(4)

「あっ、やっぱ起こしちまった」


 目の前に、上から覗き込んでいる司くんがいて、やべー、なんてもう一度口にしてる。


「司くん、いま何時?」


 あたしまず、さっきから疑問に思っていたことを口に出して聞いた。


「台風通り過ぎた?」


 案外に自分の声が眠そうで、実際思ってたよりまだずっと眠い。さっきの会話って実は半分ぐらい夢でしたって可能性はないかな? 確認する勇気はちょっと出ないけど。


「1時ちょい前? 風は1時間ぐらい前に止んで、いまは月が出てる。ていうか、わりぃ、起こしちまったな」


 司くんの大声で目を覚ましたわけじゃなかったから、その言葉には何となく返事しづらい。

 あたし、両足を床に下ろながら、むっくり身を起こした。よいしょって気分。少し身体がだるくて重い。


「ほかの人は?」

「俺と莫さん以外はもう寝た。鞠乃ちゃん、気づいたらここで眠っちゃっててさ。勝手に運ぶのもどうかと思ったからそのままにしといたんだけど、ごめんな。うるさかったよな」

「ううん。誰かがお布団かけてくれたんだね。ありがとう」

「それ、お京さんな」

「お京さんもあのままここに泊まってるの?」

「ああ、ゲストルームのベッド使ってる」


 かおりちゃんとあたしの分の貸し布団が置いてあった部屋がゲストルームで、そこにもともと置いてあったベッドをお京さんが使っているらしい。書斎といって案内された部屋には裕希くんと司くん。その奥に畳の部屋があって、そこで莫さんはいつも寝てるんだって。最初お京さんは書斎の方に行くつもりだったんだけど、かおりちゃんが、お京さんは女性枠でいいんじゃない?って言ったから、あたしには事後承諾になるけど、そういう部屋割りになったんだって。お京さん、鞠乃ちゃんが起きたら3人でガールズトークしましょ、なんてちょっとうきうきだったんだって。みんなが寝落ちちゃう夜中まであたし、目が覚めなかったよ。お京さん、ごめんね。


「鞠乃ちゃん、起きたからシャワー浴びる? それとあっちの部屋に行く?」

「シャワー浴びたら音でお京さんたち起こしたりしないかな? でも歯磨きと着替えはしたい。こっそり着替え取りに行かなきゃ。あと、お水飲みたい」


 あたしのつぶやきを聞いて、莫さんが浄水器から水を汲んで持ってきてくれた。


「すみません。ありがとうございます」

「ゲストルームと浴室の間に脱衣所があるから、シャワーの水音はそこまで気にならないと思うよ。それと、ドライヤーはリビングまで持ってきて掛けたらいい。明日の朝浴びてもいいと思うが、朝はバタバタするかもしれないからね」


 莫さんラフな部屋着に着替えてて、昼間はオールバックにしていた前髪も下ろしてたから、ちょっと普段と雰囲気が違って普通に若い人に見える。ヒゲも剃ったらさらにもっと若く見えるんじゃないかなあ。

 あたしはグラスを受け取ると、その半分ぐらいを一気に飲んだ。


「司くんたち、明日の相談してたの?」

「いーや、相談じゃなくて、よもやま話っていうか、ただの雑談。こっち来るのすげー久しぶりだったからさ。莫さんの店にはたまに顔出してたけど」

「裕希くんが身を寄せるのによい場所っていうのが、さしあたっての問題だけどね。見つからなければアパートを探すことになるのだろうが、やはりもう一晩ぐらいはここで預かる方がいいだろうね」

「明日、山岡さんの事務所でも相談してみるけどさあ。なんなら俺んち泊めてもいーよ? 狭いしボロいけど。あっ、そうだ。『ONLY企画』の平島さんはどうよ。おととい店に顔を出してたって、お京さんに聞いたんだけど……」


 平島さんって、昼間お京さんがオオボケ野郎って吠えてた人だよね。司くんが莫さんに片思いしてるって信じてる人。


「平島さんって確かもともとの拠点は埼玉っていってなかったっけ? 不動産も幾つか持ってて、アパート経営とかもやってるって聞いたような……。あれ? アパートはイベント会社立ち上げるときに売っ払ったったって言ってたっけ?」


 平島さんの名前を聞いた莫さん、渋い顔になった。


「どうだろうね。確かに平島さんはカノンのオーナーと全く面識がないだろうし、東京にはたまにしか来ないらしいから、頼めるならありかもしれないけれども。ただ、あの人結構すっとぼけた人だから、この問題に巻き込んで大丈夫という気が今一つしないんだが。全然人の話を聞かないところがあるから」

「けど、背に腹は代えられないっていうじゃん」

「それと、これはまた別の懸念点なんだが、平島さんは『つけ込む』人だよ?」

「あっ、そーか。そりゃ、マズいか。マズいよな」

「いや、しかしもし……」


 莫さん、何か言いかけてやめて、言い淀んで黙って、結局言った。


「タオ、君から釘をさせば効く気がする。軽い気持ちで遊び半分に友だちに手を出すな、とか言っておけば」


 疑問符を顔に浮かべた司くんに、莫さんは言い加えた。


「あの人、君に気があるからね」


 目を丸くした司くん、俺?っていう風に自分の鼻先を人差し指で指さした。


「そうなの? 平島さんって若けりゃなんでもいいんじゃねーの?」

「まあ彼にはエフェボフィリアの傾向があるとは思うがね」


 エフェボフィリアっていうのも聞いたことのない言葉だ。昼間司くんが言ってたペドフィリアだかの言葉よりもっと長ったらしいから、単語自体を覚えられなさそう。いいやもう、聞いちゃえ。


「エフェブフィリアって何ですか?」


 あーう。正しく言えなった。


「エフェボフィリアだね。自分よりずっと若い青少年を性愛の対象にする大人、という意味だよ」


 莫さんがしっかりあたしの言い間違えを訂正しつつ答えてくれた。いや、ほんとは間違えたわけじゃなくて、長すぎて噛んじゃったんだけどね。どっちにしても恥ずかしい。


「ストレートの場合に置き換えて言うと、JKやJDにガチ恋してる中年サラリーマンのオッサンみたいな感じ? 若いにーちゃんを好きな年配の女の人の場合にも使うっけ?」

「そっちはヘベフィリアだね」


 司くんの補足を、さらに莫さんが補足する。そんな言葉まであるのか。別にゲイ用語ってわけじゃないよね? 心理学用語になるのかな? 梓だったら知ってたかな? 梓はわりといろんな哲学用語みたいなの知ってるから。


「とにかく平島さんは、君のいうことだったら聞いてくれると思うよ。彼は君に惚れている……っていうより、君の崇拝者だそうだからね」

「崇拝? 何それ怖い。ていうかなんで? 俺、なんかしたっけ?」


 莫さんは肩をすくめた。


「そりゃ、100パーセント君の見た目のせいだろう。アイドル雑誌から抜け出てきたみたいなその顔とスタイルのせいだね。一目見たとき心を奪われたんだそうだよ」


 司くん、うへーなんて顔をしかめたけど、正直その辺の男性アイドルより司くんの方が綺麗だと思う。梓もそうなんだけどね。その辺の女優さんより綺麗。ていって、梓には女優さんのような華やかさやアクの強さはないけど。


「平島さんがいうには、探し続けてた理想の美を見つけたとかなんとか? 君が存在していること自体が奇跡だそうだよ? あの人のいうことを傍で聞いてるとそれなりに面白いけど、直接聞くと結構HPが削られるんじゃないかな? それでも連絡を取ってみるかい?」

「うう……正直ものすごく気が進まない」

「僕なんかは君と話をしてると、そういう君の容姿のことは普段忘れてるけどね。まあ普通にクソガキだと思ってきたし、そもそも最初に会ったときの君は、ボロ負けしたボクサーかフランケンシュタインかっていうヒドいご面相だったわけだし」


 莫さん、ちょっと楽しそうな口調でそんな風に憎まれ口を叩いた。つられて司くんの表情も少し緩む。


「そりゃ、違いねーや」


 莫さんは平島さんの会社の番号は知ってても自宅の連絡先は知らないって言ったけど、司くんがわかるかもってことだった。なんか以前にプライベート用の名刺だとかをもらったんだって。カバンの書類ケースの中に入れっぱなしかもっていって探したら出てきて、夜中だから電話はまずいけど、とりあえずメールしてみようってことになった。

 司くんがうんうん悩みながらメールの文面を考えてる間、あたしは莫さんにバスタオルとかドライヤーとか出してもらってシャワーを浴びた。顔も洗ったし歯磨きもして、やっとすっきりした気分。

 シャンプーした髪にドライヤーを掛けようと思ってリビングに戻ってきたら、司くんは電話中だった。さっきメールを送ったら、秒で平島さんから折り返しの電話がかかってきたんだって。最初はちょっと焦って電話に応対してたみたいだった司くんだったけど、途中からずいぶん熱心に話し込んでた。大宮とか秩父とか宇都宮とか八王子とかのいろんな地名とか、結婚式がどうのとか葬儀がどうのとか、パリーグの公式戦がどうのとか始球式がどうのとか、どういうつながりがあるのかわからない話題が、会話の中に飛び交ってたけど。

 莫さんに何か飲まないかと聞かれたけど、もう歯磨きしちゃってたから水をもう一杯だけもらって飲んだ。

 ドライヤーは司くんが電話している場所からなるべく距離を取って、小さいほうの音で掛けた。

 ドライヤー掛け終わっても司くんはまだ電話してたから、その間にあたし、莫さんに頼んでここから最寄り駅までの道順を教えてもらった。明日歩いて帰ることになるかもしれないからね。莫さんは、メモにさらさらと略図を書いて渡してくれた。駅まで5分って聞いてたけど、その5分の道の途中に2軒もコンビニあるんだね。うちの最寄り駅より便利。

 リビングの電気をつけて、さっきまで眠りこけてた長椅子に座って莫さんと待ってたら、電話を切り終わった司くんが椅子から立ち上がってやってきて、空いたソファにどさりと座った。


「あー疲れた」

「どうだった?」

「なんか明日宇都宮まで行くことになったんだけど」

「宇都宮? 大宮じゃなくて?」

「なんか宇都宮の方にも新規で事業所立ち上げたところだって。そんで接客室の内装に関する相談とか、新しいスタッフの募集とかあって平島さん、しばらくそっちにいるんだって。この間東京には、ヘッドハンティングに来てたみたいよ。莫さんのお店に寄ったのはついでだったみたいだけど」

「平島さんがやってるのって、イベント会社だよね?」

「葬儀の司会とかが需要が増えてて忙しいんだってよ。あとはコンサートの運営とかも委託されてやったりとかしてて、そっち方面でももっと手を広げたいからスタッフが欲しいんだって。ヒロのこと、どこまで話していいかわかんなかったけど、いきなり普通に働ける状態かどうか俺にも判別つかねーからさ。とりあえずスタッフとして当てにするんじゃなくて、彼氏のDVから逃げてるところだから場所の確保だけ協力してくれないかって話したんだけど、一日一時間のバイトからあるよ? なんて言われて、とりあえず連れてきてみて、って言われた」

「頭が仕事方面向いててそればっかり考えてる状態だね」

「そーかも。てかあの人俺に気があるってほんとかな? 莫さんやお京さんから聞かされたようなじんましんになりそーなクソ浮ついたセリフ聞かされんじゃないかと一応ビクビクしてたんだけどそんなことなくて、ひたすらハイテンションで仕事の話をまくしたてられたんだけど。今後の事業展開計画みたいなやつ?」


 司くん、それだけばーっと一気に言った。いま、司くんの方がちょっとハイテンション気味かも。


「宇都宮までだとさすがに電車のほうがいーよな? 俺まだ19だからタンデムで高速走れねーし、一般道で栃木まではさすがに遠い」

「車貸そうか? 免許取ったって言ってたよな?」

「どうしよう。莫さんの車デカいからなー。それに保険、どうなってんの?」

「ずいぶん前から誰でも乗れるようにしてるよ。勝手に乗り回すやつが多いもんで」

「お京さんとか?」

「ほかにもいろいろ」


 いろいろって元カレさんとかかな? 司くん、そこにはツッコまなかった。


「明日ヒロに相談してみるか。平島さんのこともヒロ自身の意思も確認しなきゃだし」

「栃木に行くのに京平に同行してもらったらどうだろう。運転手も兼ねて」

「お京さんに来てもらうと、ここに残るのが莫さんだけになっちまうからなあ。それはちょっと避けた方がいい気がする。相手がフツーじゃないわけだからさ。一対一だとなんかモメたときの証人がいないじゃん」

「もう家に上げるつもりはないよ。その辺のカフェかなんかに来てもらう」

「押し入ってくると思うけど? 上げなきゃ上げないで、ヒロが隠れてんじゃねーか疑われてしつこくされると思うけどな。ああそれと、貸し布団返しに行かなきゃだから、やっぱ莫さん車は持ってた方がいいんじゃね?」

「布団はまあ延長料払えば済むことだから」

「いや、それもかったるくね? とはいえ電車であちこちヒロ連れまわすと、疲れさすような気もするしなあ。病院だけバイクで連れてって、そのあと駅でレンタカー借りるとかでもいいか。運転しやすそーな車種もあると思うしさ。とにかくお京さんは、莫さんサイドにいてもらった方がいいと思う」

「レンタカーか……」


 莫さんは、ふむ、とあごひげを撫でて、こう言った。


「だったらいっそ京平じゃなくて、鞠乃さんを連れて行ったらどうかな?」

「は? 何言ってんの莫さん」

「あたし、車の運転できませんよ?」


 司くんとあたし、はからずも声がかぶった。


「運転要員としてではなくお目付け役、みたいな感じで鞠乃さんに同行を頼めないかな? 平島さん、本当に人の話を聞かない人だから。タオと裕希くんの2人だけじゃ、あのひとのペースに巻き込まれて太刀打ちできない可能性がある」

「いやいや鞠乃ちゃん明日ガッコーだろ? つーか17歳の女の子になに期待しちゃってんの」

「どうだろう、鞠乃さん。もし鞠乃さんが都合つかないなら、やはり京平に同行を頼むことにするから別に無理はしなくていいんだが」

「学校は、大丈夫って言えば大丈夫です。明日は祝日で自由登校日だから」


 明日は聖優学園は学校開放日で、進学を希望している小学生などが父兄を連れて見学に来る日だ。中等部は公開授業をやるけれども、高等部には関係ない。部活やってる子なんかは顧問の先生に駆り出されて学校案内をすることになっているけれども、あたしたちは帰宅部だからそれも関係ない。


「行くなら梓も一緒でもいいですか? 明日学校に行ったらすぐに梓と相談してみるけど、多分梓は行くっていうと思います。水曜日に再会してから梓は司くんと会えてないから。ほんとうは夕べこっちに来たかったみたいだったし。実際台風でなかったら来てたかもだし。司くん、レンタカー借りたら最寄りの駅で拾ってくれる?」


 突然思いついたみたいに軽い調子で話を振ってきた莫さんだけど、あたし、気づいちゃった。信用ないとかどうとかじゃなくて、莫さんは司くんが心配なんだね。あたしは明日ついて行って、その平島さんが司くんに過剰なモーションかけてこないように牽制したらいいんだよね?

 さっきあたしが寝てたときに言ってた、何か理由をつけて司くんとあたしが会う約束をつくる、みたいな理由も頭をかすめたけど、莫さんの心配そうな顔を見ると、そっちよりも対平島さんの方が理由としては大きそうだとも思う。それに、切り替えていくって言ってた司くんに、それ以上のおせっかいを焼く必要もないだろうし。

 梓とあたしは明日の午前中、学校の図書館で一緒に課題に取り組む予定にしてる。この際だから明日梓に事情を話して梓にも協力してもらおう。


「ええ?」


 司くん、いまいち状況が飲み込めてないって顔で、莫さんとあたしの顔を見比べてる。


「鞠乃ちゃん、来んの?」

「うん。多分。梓が行きたくないって言わない限り。駄目かな?」

「てことは、あす俺ヒロとアズちゃんと鞠乃ちゃん3人の命を預かって運転すんの? やべーじゃん」

「車自体には乗りなれてなくとも、君はバイクであちこち走ってるから大丈夫だろう。でももう休んだほうがいいね。寝不足は運転の敵だから」

「なんかまだ話したりねーんだけど、久しぶり過ぎて」

「明日かおりさんは4時起きらしいよ? 夜が明ける前にここを出るって」


 莫さんの説明を聞きながらあたし、莫さんもいつの間にかかおりちゃんのこと、名前で呼ぶようになったんだなって、割とどうでもいいことに気づいた。


「それ、莫さんの方がやべーな、超寝不足になる」


 司くんは時計にちらりと目をやり、しゃーない、寝るか、といって立ち上がった。

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