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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第三章 月曜日
29/63

28 月の出た深夜(1)

 どこかで話し声がしていた。ゆっくりと意識が浮上していく。いつの間にか、眠ってしまっていたみたいだった。話し声は、莫さんと司くんの2人分。あたし、横になったまま、一度目を開けた。さっきまであたしとお京さんが座ってた、やわらかな皮張りの長椅子の上だった。気づけば軽くて暖かな羽根布団を肩まですっぽりとかけてもらってる。

 リビングの明かりは消してあったけれど、足元のキッチンの方は明るくて、声もそちらから聞こえてくる。テーブルの向かいのソファにはもう、誰もいない。

 外の嵐はいつの間にかやんでいて、静かだった。司くんと莫さんの声を聞きながら、もう一度あたし、うとうとしてしまう。


 さっきまでみんなでリビングのソファーの周りに集まって、明日のことを相談していた。

 国原さんに仕事を辞めることを告げてから去るか、そんなの全部ぶっちぎってとにかく逃げちゃうかについてだけど、集まった人全員が後者の方がいいんじゃないかって意見だった。ただし雇用契約書とかを盾にとられて揉める可能性もあるから、弁護士さんに間に入ってもらうことを、莫さんが提案した。

 弁護士さんの費用についてだけど、ワニさんが主催してるミーティングのメンバーで立ち上げている共同基金っていうのがあるんだって。世の中には、男女間で問題が起きた場合に適用される、例えば福祉だったりNPO法人だったりの、いろんなセーフティネットがあったりする。そこから零れ落ちてしまうゲイの人たちのために立ち上げた仕組みなんだって。裕希くんのケースはその趣旨にぴったり当てはまるらしい。

 さっき莫さんが電話して、DVシェルターみたいなものに心当たりがないか、ワニさんに問い合わせたら、シェルターはわからないけど共同基金の趣旨にちょうど当てはまるから、そちらでは協力できるんじゃないかって言われたんだって。裕希くんはいまはメンバーじゃないけど、これからメンバーに参加すればいいって。今後どこかにちゃんと再就職したら、そのあとで定期的に出資していく必要があるって話だけど。

 お京さんと莫さんの2人が保証人になれば大丈夫って話だった。お京さんはそれぐらいだったらわざわざワニさんたちに頼まなくても自分でお金を出せるっていったけど、良好な人間関係のためにはなるべくお互い個人的な借金はしない方がよいから、裕希くんがいいなら基金を使わせてもらおうよ、って莫さんが言って、裕希くんはうなずいた。

 裕希くん、貯金はほとんどないんだって。住み込みの分の家賃取られてたし、でなくとも見習い美容師のお給料ってびっくりするほど少ないの。だから弁護士費用の他に、当面のアパート代も立て替えてもらう必要があるかもしれないって。

 住むところについては、できればだれか頼れるひとがいればいいんだけど、どうにも心当たりが思いつかないってことだった。


「そういえば、さ」


 と、司くんの声がする。キッチンサイドがカウンターになっていて、そこに背の高いスチール椅子が3つほど置いてあったから、2人はそっちに座っているみたい。目を開けて起き上がらなきゃだけど、眠いしかったるいなあ。


「莫さん今日は飲まないの? 水割りとか、時々寝る前に飲んでるじゃん」

「明日早朝から運転するかもしれないからね。こちらから連絡するとは言ったが、明日も国原さんが朝一で押しかけて来る可能性があるから、裕希くん──斉藤さんもだが、早々に場所を移してもらった方がいいだろう」

「それなんだけどさ、ヒロのことは俺にまかせといてよ。明日は──ってもう今日だけど──晴れるみたいだし、バイクで連れてくから」


 司くん、さっきまで裕希くんのこと、さんづけで呼んでたのに、いつの間にかヒロって呼び捨てにしてる。あたしが眠ってた間に仲良くなったのかな?


「大学はどうするんだい? 休むのか?」

「まだ教養課程だし、1日ぐらい大丈夫。というか、そもそも世間では祝日の振り替え休日だからね。大学自体なんで開いてるのかってのが不思議なぐらいでさ。明日は半分ぐらいのコマが休講になってる。それにもう連れてくって約束しちまったよ。病院行って、それから山岡さんの事務所を訪ねればいいんだっけか?」

「山岡の事務所はまあまあ遠いぞ」

「江戸川区だっけ? 都内だしまあ大丈夫だろ。それにヒロには気分転換にもなるんじゃね?」

「鞠乃さんはどうするんだ?」

「んじゃ鞠乃ちゃんとかおりさんを駅の立駐まで送るの、莫さんに頼んでいい? それか、車貸してもらって早朝俺が送っていくよ。ヒロと出かける前にちょこっとさ。立駐は朝でも開いてるだろ? 24時間営業のとこだよな? 鞠乃ちゃんはともかく、かおりさんは万が一にでも国原に見られないようにしないと面倒くさいことになるもんな」

「明日、斉藤さんは朝早くにここを出て名古屋にあるお父さんの実家に一旦寄るといっていたから、鞠乃さんだけはちゃんと送り届けた方がいいと思うんだが。私はタオにはむしろ鞠乃さんのほうを任せたいんだがね」


 ちょうどお彼岸だから、かおりちゃんの両親がお墓参りのために帰省しているはずだから、明日両親が東京に戻ってくる前に向こうで合流するつもりだと、さっきかおりちゃんは話してた。夜が明ける前に出発するから、鞠乃ちゃんはまだ寝ててね、なんてかおりちゃん、言ってたの。

 ていうか、莫さん、あたし、かおりちゃんのついでに最寄り駅まで送ってもらえたら、そこから電車で帰るよ。帰るっていうか、明日、あたしたちの学校も開いてるの。だから明日は直接学校に行くから。早朝でも全然大丈夫。運動部の朝練の人たちがいるから、結構早くから学校には入れるんだよ。

 もしもあたしが寝過ごしたとしても、かおりちゃんがもう出ちゃってたら、ここは駅近だし歩いて行けるからなんにも問題ない。


「いや別にいいだろ。鞠乃ちゃん両足で歩けるし、自分で帰れるって」


 うんうん、司くんの言う通り。あたし、自分の足で歩いて帰れる。


「しかし今回鞠乃さんにはちょっと悪いことをしたというか、都合で呼んで、来てもらっておいて、鞠乃さんが入っていけないような話題をみんなで延々と続けてたわけだからね。少し疎外感があったのではないかと思うんだ。だから帰りははいさようなら、ってちょっとそっけなさすぎるっていうか、礼儀にもかなっていないとも思うんだが」

「莫さん気にし過ぎじゃね? 鞠乃ちゃんは特に意見をさしはさむ必要がないと思ったから黙ってただけで、疎外感とかは別にないと思うよ?」

「だったらいいんだが……」

「俺、ちょっと話をしただけで鞠乃ちゃんのこと、わかった気になるのは確かに不遜なんだけどさ。けど、やっぱ少しわかるっていうか、あの子の行動原理はそこじゃないと思う。鞠乃ちゃん、多分ひたすらヒロのこと心配してやきもきしてただけだと思うよ。確かに若い女の一部には自分中心っていうか、自分が人の関心を引いていないと拗ねたり気分を害したりするタイプもいるにはいるけど、別にそれが女子の典型的な思考パターンってわけじゃないから。鞠乃ちゃんが寝ちゃったのは別に退屈だったからじゃなくて、多分、疲れすぎてたせいだと思う。ガチできょう引っ張り回し過ぎたんだよ。まあ、それに関しては俺が悪いんだけど」


 いや引っ張り回したの司くんのせいじゃないよね? ランチに誘ってきたのも守さんと会うのに喫茶店に残ってくれって頼んできたのもお京さんだし、たまたま来てたクマさんたちと話し込んじゃったのはあたしのせいだし、莫さんちへのお泊りはかおりちゃんにお願いされたからだし。あと、バイクでの小旅行は楽しかったよ。司くんのお父さんと千鶴さんの離婚事情を知ってしまうというオプションつきだったけど。思い返せば、確かに今日はイベント満載の忙しい一日だった。

 それと莫さん、あたし疎外感とか別になかったよ。座敷童かって言っていじってこようとした司くんをスルーしたのもあたしの方で、かまってもらってる場合じゃないって思ったからだし。

 裕希くんを助けるためにみんなで集まったんだから、裕希くんの助けになる行動をみんなで優先して決めていくのがベストだもの。そんなことで気分を害したりしないよ。そんなの当然だ。といって、あたしは特に何ができるわけでもないから、せめて邪魔にはならないように、明日はそのまま学校へ行く予定だけど。

 起きて言わなきゃ。眠いけど起きなきゃ。

 目をしばしばさせながら身を起こそうとして、いや、やっぱり眠い、もう少し、なんてうだうだ考えてたら、莫さんが言った。


「タオ、君はそれでいいのか? 鞠乃さんのこと、気になってるんだろう?」

「ああ?」


 司くん、気の抜けたような、ちょっと間抜けな返事になる。それを聞きながらあたし、ああ、やっぱりお京さんだけじゃなくて、莫さんにも誤解されちゃってるなあ、と考えた。梓に振られたあたしが雨に降られながら座り込んじゃってた日、司くんはあたしの手を引いて、莫さんとお京さんのいる喫茶店に連れて行ってくれた。あの日からお京さんや莫さんの中であたしは、司くんにとって特別な女の子、みたいに思われちゃってる。

 おまけにきょう、司くんはあたしに、つきあって、って言ったことを莫さんに話しちゃってるものね。司くんとしては軽い気持ちだったんだろうけど、莫さんはそう取らなかったんだろうな。


「押せるときに押しておかないと、次の機会ってなかなか難しいんじゃないかな。送って行って話をつないで、うまく次に会う約束を取りつけるんだよ」

「いや、俺一回振られてるし、そんなグイグイ行けねーって」

「あからさまにデートに誘うとかは難しくても、理由は適当につくればいい。何か──なんでもいいから何かの相談に乗ってほしいって持ちかけるとか、今度お姉さんと込み入った話をするときにちょっと立ち会ってほしい、だとか。これは京平が離れがたい相手を引き留めておくときによく使う手だが」


 それまさにきょう、お京さんにあたしが言われたやつだ。星野さんの弟さんと話をするときに立ち会ってほしいって。立会人2名、司くん他1名希望(だれでもよい)ってわけじゃなくて、お京さん、あたしともう少し話がしたかったってこと?

 いや、でも今回のは違うよね? だって、あの思い込みの強そうな守さんと一対一で対話するのをできれば避けたいってお京さんが思うのは当然って気がするもの。

 ていうか莫さん、やけにブッシュしてくるっていうかけしかけてる感があるなあ。


「莫さん、気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、鞠乃ちゃんのことはもう俺、切り替えていこうと思ってるから」

「いくら何でもあきらめるの早すぎじゃないか? 振られたっていっても、知り合ったばかりでつきあいたいっていう性急さが鞠乃さんは気に入らなかっただけなんだろう? だったらゆっくりお互いを知っていけば、仕切り直しできるはずだ」

「あきらめるっていうか──」


 司くんは考えて言葉を選びながら、ゆっくりと言った。


「俺は、鞠乃ちゃんにとって心地のよい距離っていうのを取りたい。それこそ俺が主体じゃなくて、気持ちを押しつけるんじゃなくてさ」


 あっ、これはちょっと嬉しい。友だちでいいって言ってくれた司くんの言葉が本心だってわかるから。でもあたしが目が覚めてるの2人とも気づいてないみたいだし、早く起き上がらなきゃまた盗み聞きになっちゃうなあ。

 まだ横になったままそう思ってたら莫さん、司くんに聞き返した。


「けど好きなんだろう?」

「好きだよ」


 司くん、食い気味にそう返事する。

 って、え?

 えーと、司くん????

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