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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
27/63

26 夜更けにみんなで晩ご飯(2)

 夕食を食べるには遅すぎる時間だったにも関わらず、ソファセットのガラスのテーブルには、がっつり系の大皿料理が四皿も並んだ。ポテトサラダ、温野菜やソーセージなんかの豪快な盛り合わせ、それに大量の野菜と肉とを一緒に炒め合わせたチャーハン、電子レンジを使って作ったキッシュに似た卵料理。莫さんが作ってたポテトサラダだけは見た目が綺麗っていうか繊細な感じで、あとの3つはとても武骨な適当料理、って感じ。特に野菜の切り方とかね。


 そんなにたくさんだれが食べるんだろうと思ったけど、遅い時間でも結構みんな食が進むのね。裕希くんも思ったより元気そう。大盛りに盛られた取り皿を司くんから受け取って、おとなしく料理を口に運んでる。


 途中、お京さんがシャワーから戻ってきて食事に加わった。司くんは、それまで座ってた長椅子のあたしの隣をお京さんに譲って、テーブル脇の床に直に腰を下ろしてしまう。莫さんはカウンターのところに置いてあったスチール椅子をソファの脇まで持ってきてそれに座ってる。裕希くんとかおりちゃんはそれぞれ一人掛けのソファを使ってる。

 ちなみに昼間の莫さんの蛮行(?)は結局司くんが暴露して、莫さん速攻お京さんに叱られてた。


「あんたが身体を張って守ちゃんを止めてくれたことはいいのよ。それはむしろ感謝するわ。守ちゃんがなんにも危機感持たずにそのまま2丁目あたりにフラフラ出かけて最悪の相手にひっかかってひどい目に遭うより100倍マシだもの。でもね、莫、お店の風紀を乱してはダメよ。あんた以前言ってたじゃない。ハッテン場みたいに身体目的のやつらが集まるだけの場所にはしたくないって。ディープな目的を持たないやつらでも適当に雑談して気軽に息抜きできてホッとできる場所にしたいんだって。気をつけてたって規律が崩れるのは一瞬なのよ。あんたは店長なんだから人一倍気をつけなきゃ」


 叱られてはいたけど司くんが予想したのとは違った理由だった。莫さん神妙にお京さんのお説教を聞いていた。京平は相変わらず手厳しい、なんて漏らしてたけど。


「あんたはいつも脇が甘いのよ。危なっかしいったらありゃしないわ!」


 そしてお京さん、駄目押しのようにこう言った。


「いいこと? たとえ客のだれがあんたのケツ触ってこようともあんただけは客のケツ触り返しちゃダメなのよ。わかってるわね?」


 それ、どういう状況を想定しているんだろう?


 かおりちゃんは司くんとバイクの話をしてた。ヤマハの何とかっていう型式のものがどうとかホンダだとどうだとかそんな話。確か兄貴のバイクはホンダだったっけかなあ。兄貴も排気量400ccに乗ってたんだよ。けど型式までは覚えていないし、あたしは話には入っていけない。

 お京さんにもバイクのことはよく分からなかったみたいで、裕希くんに対して車の免許は持ってるの?なんて話を振ってた。裕希くん、免許はあるけどペーパーなんだって。司くんと同じだね。近頃の若い子はどうして免許持ってても自分の車持たないのかしら、なんてお京さんぶつぶつ言ってた。この辺に住んでたら車持ってなくても特に不自由しないからだと思うけど。車って維持費もかかるし。


 みんながわいわいおしゃべりしながら食べてる横で、あたし、みんなほど食欲がなくて、自分の取り皿のブロッコリーをちびちびかじってた。そうしたら莫さんがそれに気づいて、リンゴジュースがあるけど飲むかい? って聞いてくれた。


「鞠乃さんには遅すぎる時間で悪かったね。私たちは職業柄、遅い時間の食事には慣れてるからね」


 莫さんはそう言って、飲みきりサイズの缶に入った混濁タイプの100パーセントジュースをグラスについで渡してくれる。


「ありがとうございます。あの、遅いから食べられないってわけじゃないんです。なんかさっきの人と莫さんが会話してるの聞いてて圧倒されちゃったっていうか……」

「つーか、まりのちゃん、さっきはなんであんなとこにいたの?」


 司くんが横からそうツッコんでくる。


「キッチンの隅っこにうずくまってた鞠乃ちゃんみたとき、ホラー映画のワンシーンみたいで、正直ギョッとしたんだけど。ドッペルゲンガー? 幻覚? 座敷童?って、俺、叫びそうになったわ」

「ごめんね、司くん。それと電話が鳴ったときフォローしてくれて助かったよ」


 座敷童は余計なんじゃないかと思ったけど、聞き流すことにする。それよりもいまは、裕希くんのことだものね。あたし、さっきの状況を手短に説明した。


「ぼんやりしてて、逃げ遅れちゃって、とっさに隠れてたの。どんな人なのか気になって、キッチンのモニターに映ってたから思わず覗き込んで見てたら部屋を出ていくのが間に合わなくなっちゃって。それで、莫さんとあの人の会話、全部聞いてしまっておなか一杯になってしまったっていうか……」


 なんとなくだけど、国原さん、という名前を口にしづらいのは、裕希くんがそばで聞いてるから。なんだか名前を口にするのすら、禍々しくてよくないんじゃないかって気分になってしまう。なんていうのか名前を言ってはいけないあの人、みたいな感じ。

 けど裕希くんにはあたしのそんな気分は伝わってなかったみたい。あたしの言葉を聞いた裕希くん、顔を上げてすぐさま聞いてきた。


「国原さん、なんて言ってたんですか?」

「裕希くんたちからはこちらの会話は聞こえなかったのかい?」


 莫さんにそう聞き返されて、裕希くんとかおりちゃんは、それぞれ首を横に振る。


「あたしたち、息をひそめて物音も立てないようにして、すごく静かにしていたんですけど、それでもリビングの会話は聞き取れませんでした」

「国原さんは、君をどうしても連れて帰りたかったようだったね。とにかく一目会わせてくれって、ずいぶん食い下がってきた」

「会わせたら最後、そのまま強引に連れて帰りそうだったよなあ」


 莫さんと司くんが、それぞれそう答えた。


「国原さん、怒って怒鳴ったりはしませんでしたか?」

「いや、彼は始終冷静だったよ」


 そう答えた莫さんに、司くんが聞き返す。


「一瞬だけ、激昂してテーブルどかん、ってやってなかったっけ?」

「いや、あのときも彼は冷静だったと私は思う。目がこちらの反応を読もうとする、感情のない目だったからね。こっちが動じてないと見て取って、即座に対処法を変えてきた様子だった」


 ちょっと待って。

 いまの莫さんの言葉が怖すぎる。それって、さっき国原さんが声を荒げて怒鳴ってたことも、そのあとの切羽詰まった声の調子も、全部演技だったってこと?

 裕希くんの隣でかおりちゃんがそっと身震いしたのが目に入った。


「もう一つ──これは推測で、確信があるわけではないんだが──彼は、裕希くん、君と斉藤さんの仲を本気で疑っているわけではないと思ったよ。疑っている、ということにしておいたほうが都合がよいからそうしているだけなのでは、と思ったのだが」


 あたし、思わず莫さんの顔を見た。国原さんはすごく疑り深くて、人のいないところでかおりちゃんのことを泥棒猫とか性悪女とか言って散々ののしってたって聞いたばかりなのに、それが本気でないって、どういうこと?


「裕希くんが不実な恋人である方が、国原さんにとって都合がいいということだ。彼自身は何一つ悪くなくて、裕希くんだけが悪いという面目が立つからね。とはいえ、国原さんがどのぐらい自覚があって意識的にそれをしているかはわからないが」


 莫さんあたしの表情を見て、そう説明してくれた。そうしたら、お京さんが同意した。


「あっ、あたしもそれ、ひょっとしたらそうかもしれないと思う」


 シャワーを浴びたお京さん、ゆったりとしたオーキッドのシルクのシャツに、ラメの入ったシルバーグレーのロングカーディガンをはおってる。濃紺の7分丈のパンツはやっぱりこれも女物の服なんだろうな。素足の足の指にはやっぱりラメの入ったパールホワイトのペディキュアがぷるぷるに光ってる。


「アイツはヒロくんが周囲の他の誰かと言葉を交わすことがそもそも気に入らなくて、とにかくイチャモンつけたいんだと思うわ。ヒロくんがかおりちゃんだとかの同僚や周りの人に相談することも気に入らないからやめさせたいけど、理由もなく周囲との交流を禁じるのは説得力がなさすぎるから、浮気って言葉を持ち出してかおりちゃんたちから遠ざけようとしているんだと思う」

「さっきも言ったことだが、国原さんが自覚してそうしているのではなく無自覚でそうしている可能性もあると思うよ。人は見たいものだけを見てしまうし、信じたいものだけを信じてしまうものだからね」

「それって独占欲が歪んだ形で出ちまったってこと?」


 そう尋ねた司くんに向かって、かおりちゃんが不満げに言った。


「独占欲でヒロくんを周りの人たちから遮断して閉じ込めるみたいにしてるとしても、百歩譲ってヒロくんのこと大切にしてるっていうのならまだしも、あの人全然そんなんじゃないから。オーナーはヒロくんのこと絶対褒めないし、仕事でもめちゃめちゃ厳しいし、とにかくスパルタでさ」

「仕事に厳しいことそのものは悪いことじゃないんだけどねえ」


 お京さんは少しうつむいて、マニキュアを塗った手の指を広げて確認するようにかざしながら考え込むように言った。


「あたしはアイツが嫌いだけど、仕事の腕だけは確かだと思うのよ。協会本部でやってる勉強会にも必ず出席してるしトレンドもしっかりチェックして把握してるし」

「あたし、オーナーの仕事に対する姿勢の話をしてるわけじゃありません」


 かおりちゃんはなおも不満げに言い募る。


「お京さんは知らないでしょうけど、ヒロくんオーナーとつきあい出してから、だんだん自信を無くしていって、内気になって、声も小さくなって、気力もなくしていって……。それを見ててあたし、どうして国原が、ヒロくんのこと根性なしだのすぐにめげるダメなやつだのといいながらも、まるで人一倍強い意志で挑んでくる人を鍛えるみたいにスパルタな態度を崩さないのか、ほんとに不思議で仕方がなかったんです。ヒロくんいつもターゲットにされて名指しで叱られて、あたし、見てられなかった。国原は、ヒロくんによくなってほしいから、成長してほしいから心を鬼にして叱ってるんだ、なんて言ってたけど、あたし、内心オーナーはヒロくんのこと、つぶれてほしいと願っているんじゃないかとすら疑ってた。だって、相手のことを心が弱い人だってほんとに思っているんだったら、強い態度は相手を委縮させるだけだし、実際ヒロくん委縮しちゃってたし。お店でも、お客さんに対しても、だんだん笑顔がなくなって無表情になっていく一方で……。ただ、ほかのスタッフとか──特にサトミとかはオーナーに怒鳴られないように必死になって仕事して、仕事終わってからも残って練習して練習して、カット技術とかもずいぶん上達したみたいでしたけど」

「まあ、相手を本気で鍛えようとして意図せず逆につぶしてしまうことは、実際はなきもしにあらずだとは思うよ。とはいえ、どうも斉藤さんの話を聞いた感じだと、国原さんはお店をまとめるためのスケープゴートとして、裕希くんを利用していたような感じだね」


 あたし、裕希くんの様子が気になって、ちらりとそちらを見た。さっきから国原さんを評する莫さんの言葉が、ちょっと強いような気がするの。えーと、お京さんやかおりちゃんも、国原さんのことを悪く思ってるのは伝わるんだけど、お京さんの場合は嫌悪感が、かおりちゃんにとっては恐怖感が前に出てきてて、そういった気持ちでものを言ってるって印象なの。でも莫さんの言い方はもっと冷静に分析してる感じ。だから身も蓋もないっていうか、聞いてて裕希くんがしんどくならないかなあって思ってしまう。

 裕希くんは少しうつむいて両手の指を交互に重ねて組んで、みんなの話を黙って聞いていたけど、ちょっとしてからぼそぼそとした小さい声で言った。


「やっぱり国原さん、俺のこと利用してただけ、だったんでしょうか?」


 ほらやっぱり。莫さんの言ったこと、裕希くん気にしちゃってる。

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