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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
26/63

25 夜更けにみんなで晩ご飯(1)

 国原さんが帰っていったのは、それからさらに一時間ほどもしてからだった。


 あのあと国原さんが説明したのは、裕希くんの自傷癖についてだった。国原さんの話では、裕希くんはいつも気分の乱高下が激しくて、時にはちょっとした失敗で大荒れして、自分で自分を傷つけてしまうということだった。それも繰り返し、繰り返し。一緒にいるときはどこかに連れ出してみたり楽しいことを計画したり、とにかく気を紛らわせるようにしてきたけれども、ずっと一緒にいるわけにはいかず、最近はだんだんエスカレートしてきていて、どこか頭の隅では危機感はあったけれども、仕事の忙しさにかまけて深く考えるのを後回しにしてきたのだという。

 つまり国原さんの主張は、裕希くんの身体についた傷はすべて裕希くんが自分でつけたもので、国原さんは職場でビンタしたこと以外は、一切手を出していない、ってことだと思う。

 手首を切ったこと以外の裕希くんの傷について、莫さんはお京さんから何かを聞いているとも聞いていないとも一切言わなかったけれども、話の流れから、莫さんが知っている可能性について国原さんは考えて、予防線を張ってきたみたいだった。


 けど、かおりちゃんの話から聞いた感じでは、殴られたあとみたいな青あざもあったそうだし、裕希くんが自傷したのだと言い張るのは無理があるんじゃないかな? 国原さんの言い訳のような説明を聞きながら、あたしは心の中でそう突っ込み入れてたけど、莫さんはそれに関しては何も言い返さなかった。


 そもそも国原さんは裕希くんがかおりちゃんと浮気したんじゃないかと疑っていて、それが原因で暴力が始まった。大体のいさきさつをかおりちゃんからそう聞いていたから、国原さんがかおりちゃんとのことに一切触れもないのも、なんとなく気持ちが悪かった。


 国原さんはとにかく裕希くんのことが心配なのだと、それだけを繰り返し訴えた。


「お預かりいただいているあいだに、また手首を切るようなことにでもなったら、どれだけ多大なご迷惑をおかけすることになるかわかりません。このまま俺が帰ってしまうと、取り返しのつかないことになるのではと、どうしても気がかりでしかたがないのです」

「だとしても、とにかくきょうはお引き取りください。明日、改めて連絡させていただきます」


 そろそろ言いたいことも言い尽くして、不毛なそのやり取りの繰り返しになりかかったころだった。

 ジーンズのポケットに突っ込んだままのあたしの携帯が、突然鳴り出したの。呼び出しメロディは梓から。メールの着信音は誰から来ても同じにしてるけど、電話の呼び出し音は、梓からってすぐにわかるように変えてるの。


 どうしよう。


 あたし、内心めちゃくちゃ慌てたけど、動けないし電話に出ることも、切ることもできない。電話が鳴りだしたのが不自然なら、勝手に切れちゃうのも不自然だ。

 冷や汗をかきながら固まってたら、すぐに司くんが落ち着いた声で対処してくれた。


「あっ、わりい。カバン、キッチンに置きっぱなしだったわ」


 司くんはそういいながら、スタスタ歩いてきてキッチンの隅にしゃがみこんでるあたしに向かって、身をかがめた。

 司くんが無言で手を差し出したので、あたし、お尻のポケットから携帯を取り出して司くんの手のひらに乗せる。

 司くん、画面のテロップから梓だってわかったみたいで、立ち上がりながら通話ボタンを押して、勝手に電話に出てしまう。


「ああ、あずさねーちゃん? 悪いんだけど、いまちょっと込み入った状況でさ。あとで掛けなおすから、一旦切っていいかな?」


 それだけいうと、司くんは本当に電話を切ってしまった。けど、呼び出し音は、すぐにもう一鳴り始める。司くんはもう一度通話ボタンを押した。


「そっち、なんか緊急なの? うん……うん……いや、いま莫さんとこ。ごめん、いるけどちょっと代われない。あとで説明するから待ってて。うん、そう。え? そうじゃないけど……うん……うん。ええ? 来んの? ねーちゃんが? きょうこれから? いま雨と風がすごいんだけど。いや、ちょっと待っててよ。ていうか、いま来客対応中なんだよ。いま来られても莫さん困ると思う。ほんとあとで掛けなおすから。ほんと納得いくよう一から全部説明できるから。ていうか、来るなら後で駅まで迎えに行くから。ちょっとだけ待ってて。頼む、アズちゃん」


 司くん、もう一度通話を切った。それから、そのままお尻のポケットに携帯をねじ込んで持って行ってしまう。動くことも話しかけることもできないあたしは、なす術もなくそれを見送った。

 あたしの携帯に司くんが出て、梓、きっと驚いてる。そして、これは割とマズい状況かもしれないことに思い当たる。ここはきのう梓がたった一人で訪ねてきたという莫さんの家で、あたしの携帯に出たのは梓がやっと再会できたばかりの弟の司くん。梓の大切なテリトリーにあたしが土足で踏み込んだみたいに思われないかしら。

 電話の向こうで梓、何が何だかわからなくてやきもきしてるんじゃないかしら。一旦気になりだすと、雪崩のような勢いで、すごい心配になってくる。


 けど、そのあと国原さんがあきらめたように引き下がったのは、繰り返しかかってきた梓からの電話のおかげだったのかもしれない。(そのあとも2回着信があったみたいだった。司くんはマナーモードに切り替えてもうシカトしてたけど)

 なんか国原さん、ふいに集中力が切れたみたいになって、わかりました。でしたらきょうのところはおいとまします、裕希のこと、どうぞよろしくお願いします、っていって帰っていったの。

 過ぎ去った嵐、といった感じだった。


 あたし、途中ちょっと国原さんに同情しかかったりもしたけど、長い時間、あの人が繰り返し話す言葉や説明している内容を聞いているうちに、やっぱり全体的におかしいっていうか不穏な感じの人のような印象に変わっていった。

 だって国原さん、裕希くんのことを大事な恋人なんていいながらその一方で、あらゆる言葉を使って延々とディスりつづけていたんだもの。

 ニート、出来損ない、でくの坊、だらしない、いいかげんで責任感がない、酔っ払い、自堕落、卑屈、性根がねじ曲がってる………裕希くんをけなす言葉に関しては、国原さんは無限に思いつくことができるみたいだった。

 相手に対してそんなネガティブなことばかり考えながらつきあい続けるって、本来だったらすごくしんどいことで、あんまり人には言いたくないような気持ちじゃないかと思うの。でも国原さんは全然そんな感じじゃなくて、すごく雄弁に、そしてとってもナチュラルに、裕希くんのダメなところを繰り返し口にした。そこが変っていうか、ちょっと異常な気がしたの。


 国原さんが帰ったあと、司くんは即座に梓に電話を掛け返した。もちろんあたしの携帯でじゃないよ。自分の携帯でね。あたしのはあのあとすぐに返してくれた。

 ここに至るまでのややこしい状況を司くんが面倒がらずにきちんと説明してくれたおかげで、梓は納得してくれたみたいだった。後でメールが来て、きょうは来るのはやめて家にいることにしたって言ってた。あたし、ちょっとほっとした。雨も風も相変わらず大きな音を立ててるから、いま外に出るのはやっぱり危ないもの。歩いてたら看板とかが飛んできそう。

 ただ、梓がこっちに来る気を失ったのは、いまここにいるのが司くんと莫さんとあたしの3人じゃなくて、お京さんの同僚だった裕希くんや、兄貴の同窓生のかおりちゃんもいるって知ったからだとも思う。大勢の人がいるところが梓は苦手だものね。

 きょうあたしが莫さんのうちに泊まることになったことについて、梓がどう思ったかはやっぱり気になってたけど、メールでそんなこと聞けないから、今度会ったときに何となく話題にしてみようと考えた。梓が電話を掛けてきた用事についても、なんだったかをメールで尋ねたら、メールだと文面うまくまとまらないから今度会ったときに話します、という返事が来た。なんの話だったんだろう?

 あたしの方もきのう梓が莫さんを訪ねてきたときのことが、ほんとは気になってて聞きたかった。梓は莫さんを好きになってしまったの? それとも全然違う理由でここに来たの? でもそれについてあたしから話を振るのはやりにくいっていうか、結局明日あったときも、あたしにの方からは話題にできないんだろうなって、何となく思う。梓が話してくれる前に莫さんから告白の件を聞いたっていうのがね、やっぱりなんだか切り出しにくい。

 あっ、司くんからつきあって、って言われたことは、なるべく早く報告したほうがいいよね。ほかの人の耳から入ると気まずいもの。最悪司くんが自分から言っちゃいそうだし。


 司くんが梓に説明してくれている間に、莫さんはお京さんに連絡して、経過報告をした。喫茶店に集まってくれてた人たちがずいぶん前に解散してからもお京さん、ずっと連絡を待ってて、なかなか電話がかかってこないのでずいぶんやきもきしていたらしい。追い返すのに時間がかかりすぎだといって、莫さんお叱りをうけたみたい。でもそれ莫さんのせいじゃないよね。国原さんがすっごいしぶとく粘ってたせいだもの。

 お京さん、これからこっちに来るって。莫さんは車で迎えに行くって言ったけど、タクシー呼ぶからいいんだって。その方が早いからって。


 遅い時間になっちゃったけど、そのあと司くんがキッチンに入ってみんなの夕食づくりの続きにとりかかった。冷蔵庫からいろんな食材を勝手に出して、さっき莫さんが作りかけてた食材と適当に合わせて自分流に調理してしまう。ポテトサラダだけはもう出来上がってて皿に盛るだけだったけど、キノコのオムレツかなんかになる予定だったものは、さらに卵の量を増やして小麦粉も入れて、巨大なキッシュもどきに変貌した。本当はキノコのオムレツも、あとは焼くだけだったっぽかったからそのまま焼いた方がおいしく仕上がるんじゃないかとあたし思ったけど、口をさしはさむだけの隙もなくあっという間に豪快に司くんはアレンジを加えてしまった。まあ量はこっちの方がはるかにあるよね。

 司くんはほかに二種類の大皿料理を作った。まりのちゃん手伝って、って司くんに言われて、あたし、司くんの横でインゲンのヘタを取ったり、タマネギの皮を剝いたり、調味料を量ったりした。

 莫さんはキッチンカウンターのところで、ほかにもあちこちに電話をかけてた。山岡さんという弁護士さんとはちょっと長いこと話をしてて、これからのことを相談してたみたいだった。もしかしたら山岡さんの事務所に正式に依頼するかも、って感じの話。


 莫さんとその弁護士さんが話をしている間にお京さんが到着した。お京さんは到着してすぐ、シャワーを浴びに行ってしまう。喫茶店に長い時間いたせいで、髪にタバコのにおいが移ってるのが気になるんだって。

 かおりちゃんと裕希くんは、莫さんがドアをノックして国原さんが帰ったことを伝えたあと、ちょっとしてからリビングに出てきて、ソファに座って話し込んでる。かおりちゃんは最初、キッチンで一緒に手伝いたそうにしてたけど、司くんが、それよりあっちで一緒にいてあげてよ、と促したら、うなずいてソファに戻っていった。


 傍から見ていても、かおりちゃんと裕希くんの2人は、ふつうに仲良しに見える。莫さんやほかの人に対してはちょっとおどおどして見える裕希くんも、かおりちゃんに対しては自然な表情でリラックスできるみたい。2人のその様子を見ていると、国原さんが嫉妬したっていう気持ち、ちょっとだけわかる気がした。雇用主と従業員って関係は、それだけで距離があるから。従業員同士みたいに気安くなれないものだもの。

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