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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
25/63

24 襲来者(3)

 コーヒーを飲みながら、国原さんは再び口を開く。


「小宮山さん、ご好意はありがたいのですが、どうかそれは、遠慮させてください。ひとつにはやはり、ご迷惑をおかけするわけにはいかないというのがあります。小宮山さんにそこまでしていただくいわれはありませんし。もうひとつはこれもお恥ずかしい話ですが、俺としては、プライベートの時間に裕希があなたのそばにいるとなると、気が気ではなくなります。無論あなたにとってあれはまったくそういった対象ではないと笑われるかもしれません。惚れた欲目と呆れられもするでしょうし、あなたが、怠惰で飲んだくれのなりそこないのニートのようなあれを預かると言ってくださるのは、まったくの親切心からだとわかっているつもりでもいます。それでも俺としては、あれがあなたのそばにいることを思うと心中穏やかではない。実を申しますと、こうしてご迷惑を顧みずこんな夜分に押しかけてきてしまったのも、とても平静ではいられず、やもたてもたまらなくなってのことなんです。……いや、ここまでご迷惑をおかけしておいて、自分勝手だと腹を立てられてもしかたがないような言い分ですが……」

「いえ、裕希くんはとても魅力的ですよ」


 軽い調子で莫さんはそう答えた。


「国原さんが気が気でないとおっしゃるのも、頷けます。だが、今の裕希くんの不安定な精神状態に付け込むような真似はしません。それはお約束します」


 黙っている国原さんに、莫さんは続けてこう言った。


「では、こういうのはどうでしょう。とりあえずきょうはおひきとりいただいて、明日にでもまた話し合いに来ていただくというのは。私と2人きりではあなたが不安だとおっしゃるなら、そこの菅生にも今夜は泊まってもらいます。それからひとつだけお断りしておきますが、私が裕希くんをお預かりしているのは積極的な親切心からというわけでは特になく、藤永に頼まれたからです。私も仕事中で、詳しい事情を聞く時間はありませんでしたが、きょうはあなたの元にもどすなと頼まれました」

「それは!」


 莫さんが、お京さんの名前を出したとたん、国原さんはちょっと強い声の調子になって言った。


「藤永は、何か誤解しているんです!」

「詳しい話は私は聞いていません」


 そう、莫さんは繰り返した。


「ですが、藤永は裕希くんから話を聞いて、そう判断したのだと私は考えます。藤永があなたのことを誤解しているのだとしたら、あなたは裕希くんから誤解されていることにもなりはしないですか」

「裕希に会わせてください」


 切迫した声の調子で国原さんが叫ぶ。


「裕希が俺を誤解しているのなら、それでもしも戻るつもりがないというのなら、話をさせて、どうかその誤解を解かせてください」

「彼は手首を切るほど思いつめていた」


 静かな声で莫さんは言った。


「それが何かの誤解に端を発したものなら、そんなに性急にならないほうがよいと思います。裕希くんは疲れている。きょうはそっとしておいてあげてください。あなたが来たことだけ、彼には伝えておきます」


 返事の代わりに、ばんっ!と、ガラスの机を手のひらで叩く音。ガシャン、と陶器の器が跳ね踊る音が響く。


「ふざけるなっ!」


 一転して激昂した声で、国原さんは叫ぶ。


「人に無断で大事な恋人を攫っていって、詳しい事情は聞いていないけれども会わせられないだと? 部外者でしかない藤永のいうことをうのみにして、偏ったものの見方で判断して、人をばかにするのもいいかげんにしてくれ。留守中に裕希が手首を切ったと聞いて、俺が心配しないとでも思っているのか? 何も無理やり連れて帰ろうと言っているわけじゃない。心配だから一目様子をみて、話だけでも聞きたいと言っているんじゃないか。そこまでつらい思いをさせていたと聞いたらなおのこと、顔だけでも見て、何をそんなに思いつめていたのか、会って確かめたい、知らずに傷つけていたのならば全部話してもらって謝りたい、そう思うのが悪いことなのか? お願いだ、小宮山さん。裕希に一目会わせてくれ」


 苛立った調子の声が、途中から切々と訴えかける声に変わる。

 あたしはといえば、必死の国原さんの声の調子を聞いていたら、なんだか少し可哀想な気もしてきたんだけど、対する莫さんの口調は極めて冷静で、全然心を動かされた様子じゃなかった。


「今のあなたに、裕希くんと落ち着いて話ができるとは到底思えません。あなたがそんな様子では、裕希くんの言い分を引き出すのではなく、尋問になるのは目に見えています。繰り返しますが、裕希くんは疲れています。怪我のことだけではありません。自分を見失って混乱している。そういうとき、あなたがご自分の考えや気持ちを一方的に押し付けることが、彼にとってプラスになるとも思えません」

「考えを……押し付けるつもりはありません」


 苦しげな口調に戻って、国原さんは言った。


「失礼。つい取り乱して……。聞いてください、小宮山さん。俺の中にも迷いはありました。その……裕希に対して厳しくしすぎじゃないかと。けれども甘やかすのは結局あれのためにならないと。あれにはもともとだらしのないところがあったから、ちゃんとした美容師になってほしくて、公私混合してほしくなくて、職場ではことさら辛く当たっていた面もあるかと思います。でも決してあれを憎く思っていたからじゃない。それを一言言いたいんです。裕希が、自分はこの職に向いていないんじゃないかとこぼしていたときも、何を甘えたことを言っているんだとまともに取り合おうとしませんでした。まじめに話を聞いてやらなかった俺が悪かったと反省もしています。手首を切ったと聞いて、裕希に高望みしすぎていたことにも気づきました。もう俺は、裕希が生きていてくれさえすればいい。ちゃんとしてほしいとか、立派になれとか、そういうことはもう全部二の次だ。だからせめて、今はそれを伝えて帰りたいんです」

「国原さん、あなたのお気持ちはわかりました。ですが、きょうはそういう話も、裕希くんには直接は言わない方がいいと私は判断します」

「それはなぜですか?」


 国原さん、莫さんに食い下がる。


「肝心なのは、あなたがどう考えているかということではなく、裕希くんがどうしたいのかを自分でじっくり考えて結論を出すことだと思うからです」

「生きていてくれてよかったと、伝えるだけでもダメだとおっしゃるのですか?」

「あなたがそう言っていたことは、伝えておきます」


 そう繰り返す莫さんの声は、まったく動じていない。


「きょうのところはどうぞ、おひきとりください」

「なぜですか? なぜ、ちょっと顔を見たいというそれだけのことを、そこまで頑なに拒まれるのですか? 藤永に何を言われたんですか? 裕希は藤永に何を話したのですか? 裕希は俺とは会いたくないと言っているんですか? 納得のできる説明をしてください。でなければいくら帰れと言われても、このまま帰るわけにはいかない」


 そう言い募る国原さんに、莫さんは短く答えた。


「あなたが裕希くんに、暴力をふるっていると聞きました」

「俺が? 裕希に?」


 愕然としたような国原さんの声。


「ちょっ……ちょっと待ってください。どうしてそんな話になるんですか? 藤永からそう聞いたんですか? 誤解です。それはまったくの誤解です」

「では、お心当たりはないと?」


 少し考えて、国原さんはこう答えた。


「もしかして、あれが言った言葉を藤永が、違った風に捉えたかどうかしたんじゃないでしょうか。その……普段からあれは従業員としての勤務態度があまりにも悪く、以前空けてはいけない穴を空けて、他のメンバーに大きな迷惑をかけてしまったことがありまして、そのときは皆に示しもつかないということもあり、思わず手を上げてしまったということがありました。叱咤激励のつもりもありました。ただ、皆の前でぶたれたことが、あれには大きなショックだったようで、かえって落ち込んでしまった。もとからあれは、気分にむらが大きく浮き沈みが激しく、些細な失敗でめげて自暴自棄になってしまうようなところがあります。そのへんは扱いが非常に難しい面倒なやつで、普段から気をつけて接するようにはしているのですが、その一方で従業員全体に対する責任もありますから、あまり特別扱いするわけにもいかない。いや、本当なら、即刻クビにしてしまうべきなのでしょうが……」

「勤務態度が悪いというのは、無断欠勤ですか?」

「うちは一応職場の二階が家屋となっていますから、まったく出てこないということは少ない方なのですが、遅刻はしょっちゅうです」

「それはお困りでしょうね」

「皆に迷惑をかける、ほんとうにしょうもないやつですが、かえってそんなだから俺としては放っとけない。あんなにルーズでは他で働き口を見つけるのも見つけられたとしてもその仕事を続けるのも至難の業ではないかと思うと、なんとかうちで勤まるのなら、現状のまま……うちをやめさせたら、それこそ本当の引きこもりになって家から一歩も出なくなってしまうのではないかと心配で……」

「出勤さえすれば、仕事はちゃんとこなしているのですか?」

「いえ、それがしゅっちゅう休むものですから、技術の習得もなかなか……この春一緒に見習いで入った女の子と較べても、どんどん差が開いていく一方で……」

「それでは国原さんとしても、このままではよくない、なんとかしなければならないとお考えではないのですか?」


 相変わらずの静かな口調で、莫さんはそう言った。


「おっしゃるとおりです」


 国原さんは頷いたみたいだった。


「しかし、そう考えて、あせりすぎたのだとも思います。俺一人があせって、空回りしていたのかもしれない。今後は無理に他のスタッフと同じペースで働かず、あれができるペースでやっていくということも考えていきたいと思います」

「では、今はあせるのがかえってよくないとお考えなのですね。でしたら、ここでも性急にならず、1日待ってあげてください。今は疲れて眠っているのかもしれませんし、起きていたとしてもあなたが訪ねてこられたことを知っていて彼が出てこないのだとしたら、1人で考えをまとめたいのかもしれません。あすはうちも休業日ですので、こちらから改めて連絡させていただきます」


 今度はずいぶん長い間、国原さんは黙っていた。

 沈黙の中、びゅうびゅうと吹き荒れる風の音だけが響きわたる。


「小宮山さん、やはりあなたは何か誤解しておられる」


 沈黙を破って、国原さんは再び口を開いた。

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